そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.5 < chapter.12 >
幾度目とも知れぬ形勢の反転と攻撃の応酬を経て、巨人と巨大ロボは動くに動けぬ膠着状態へと突入していた。
タケミカヅチは攻防のさなかに剣を取り落とし、今は徒手である。掌を合わせる格好で巨人の手を掴み、腕の動きを封じたまま、ゼロ距離で睨み合う。
力が拮抗している以上、強引に動こうとすれば隙を見せることとなる。どちらも迂闊に動くことができず、相手の出方を待つ格好だ。
(さて……どうする? 剣を拾うにも、まずはこの手を振りほどかねばならんが……)
敵の注意を逸らすべく、武神たちが背面、側面からの攻撃を試みている。が、なにしろスカイツリーを超える大きさの巨人だ。破魔矢も雷も効いてはいるのだが、多少の攻撃では体勢を崩すところまで持っていけない。何か一つ、決め手となるようなキッカケがあれば──タケミカヅチがそう考えたときだった。
巨人の首が伸びた。
「なっ……!?」
驚いて身を躱そうとしたが、両手はしっかりと掴まれている。真正面から顔面に噛みつかれ、タケミカヅチは体勢を崩した。
度重なる攻撃を受け、巨人の体内でなんらかの変化があったのだろう。巨人はもはや巨人でなく、人とも獣とも形容しがたい、不格好な何かになり果てていた。
これまでは人の身体に準じた関節や筋肉の概念に則っていたが、今はそれすらない。四方八方に伸ばされる無数の腕、グニャグニャと波打つように動く足だったもの、腹や背中だった場所にまで目や口が出現し、それらの器官は無意味に過剰な動きを見せはじめる。
「く……ここにきてパワーアップか……っ!?」
必死に離脱を試みるタケミカヅチ。けれども十数本に増えた腕はタケミカヅチの腕を、脚を、首を掴んで離さない。腹部の大口はガチガチと歯を噛み鳴らし、力任せに引き寄せて食らいつこうとしている。
「この……ぐあああぁぁぁーっ!?」
触手のような腕に抱え込まれ、脇腹に噛みつかれた。武者型ロボット・チェスター弌式に変身しているため、金属装甲が容易く噛み抜かれることはない。が、この怪物は大きさに比例して、とんでもない顎の力を持っていた。歯と歯に挟み込まれた箇所が少しずつ、メキメキと不穏な音を立てて歪んでいく。
「マ、マズい……このままでは……!」
これは本物のロボットではなく、あくまでもタケミカヅチが変身した姿である。今はまだどうにか耐えているが、脇腹を噛み潰されたら、さすがに無事ではいられないだろう。変身が解けるだけならば良いが、最悪の場合、脇腹から臓物がはみ出す大惨事になりかねない。
「クソ! 離せ! 離……があああああぁぁぁぁぁーっ!?」
脇腹の装甲の一部が引き剥がされた。生身においては、皮膚とその下の肉を力任せに引き千切られた状態に等しい。
襲い来る激痛に悲鳴を上げながらも力の限りに怪物を押し戻し、どうにか僅かな距離を取る。けれどもそれは次の動作に繋がらない。すぐに攻撃ないし防御に移行するには、タケミカヅチの負ったダメージは大きすぎた。
神々の必死の援護も虚しく、タケミカヅチは再び怪物に抱え込まれてしまった。
「ぐ……あっ……が……はっ!」
容赦ない噛みつき攻撃にさらされ、見る間に弱っていくタケミカヅチ。日本最強の武神が一方的に攻撃される様を見せつけられては、神々もこの敵の力、ひいてはこれを生み出した災厄・コロナ禍の大きさを痛感せざるを得なかった。総司令のアマテラスも、ここは一旦引き、態勢の立て直しを図るべきではないかと考えた。
その時だった。
「待たしたなあああぁぁぁーっ!」
あたり一帯に響き渡るフツヌシの声。それと同時に巻き起こる巨大な竜巻。スパイシーな芳香を漂わすその竜巻は、町を破壊することなく怪物だけを掬い上げるように宙へとさらい、空中で怪物の巨体を翻弄し続ける。
「な、なんだあの竜巻は!」
「インドだ! インド料理屋の匂いがするぞ!」
驚く神々の前に颯爽と現れたのは、全身タイツの不審者集団──もとい、戦隊ヒーロー風コスチュームの一団だった。センターに陣取るフツヌシはインド人を右に、天邪鬼と犬神、平将門を左に配し、後ろにも複数名の人間と神的存在、二足歩行のインドゾウや大小さまざまな神獣たちを引き連れていた。その面々を見て、大和の神々は幾度目とも知れぬ驚愕顔で口々に疑問を投げかける。
「フッくん今日はなにやらかす気!?」
「そのゾウの人、インドの神様だよね!?」
「てゆーか、あの、後ろの羽根の生えた人って、もしかして……っ!」
神々の問いに、フツヌシは自信満々に応じる。
「イカレた仲間を紹介するゼェェェーッ! ガネーシャさんと、彼の英霊たちぃぃぃー!」
ドドン! という謎の効果音に視線を向ければ、いつの間にやら、フツヌシに付き従う霊獣たちが太鼓や鈴、アコーディオンとバンジョー、タンバリンに笛、ブブゼラやメガホンを手にしていた。賑やかな登場SEに囃し立てられ、二足歩行のゾウとインド人は陽気なダンスで進み出る。そして笑顔で手拍子を求めるようなジェスチャーを見せると、雰囲気に呑まれやすい日本神たちは、おもわずリズムに合わせて手拍子を打ってしまった。国民性というヤツは、こういう時にこそ滲み出てしまうものである。
ガネーシャとインド人英霊たちはおもむろに一台のオートバイを取り出し、次々にそれに乗り込んでいく。
一台のバイクに十数名が曲乗りするその様を見て、大和の神々はハッとした。
この英霊たちは、インド陸軍の将校たちだ。
しかし、軍事パレードのお馴染み演目を披露するインド人英霊たちが、なぜ原色カラフルなヒーローコスチュームで現れたのか。理由を考えると嫌な予感しかしないが、神々に熟考するほどの時間は与えられなかった。フツヌシは畳みかけるように人物紹介を続行する。
「お次はこいつらだ! ゲームや漫画で大人気! 超有名武闘派大天使、ウリエル! と、そのバディの誓來ちゃん!」
優雅な仕草で進み出たのは純白の翼の大天使である。彼は大和の神々を一瞥すると、バディの少女と頷き合い、まったく同時に、ピタリと同じフォームで光の弓を構えた。
「「天にまします我らが父よ。光を知らぬ哀れな獣に、正しき道を示したまえ」」
同時に放たれる光の矢。二本の矢は吸い込まれるように怪物の体に突き刺さり、数秒の間を置いたのち、怪物を破裂させた。
まさか一発で決着がついてしまったのかと驚く神々だが、生憎、そう簡単な敵ではない。飛散した断片と瘴気はすぐに再集結し、正体不明の怪物ではなく、最初に出現した『巨人の姿』に戻ってしまった。
「……人の形が本来あるべき正しい姿か。しかし、光の矢で浄化できない闇の巨人とは……ますます分からない敵だ」
「へぇ~? ウリエルにも分からない事があるのね」
「世の中のすべてを掌握することなど出来ないのさ。分かったと思った瞬間に、分からないことが倍に増える」
「なにそれ、全然分かんない」
「今はそれでいい。そのうち分かるようになって、もっと難しい問題に頭を使うようになる。人間とはそういうものだ」
「はぁ~。もういい。アンタって、なんでいつもそういう勿体ぶった言い方しかできないのよ。もっとスパッと言い切りなさいよ」
「一言二言で言い切れるほど、すべての物事は単純じゃない。だからこそ世界は面白い」
「イ~ミ~分~か~ん~な~い~っ! ねえ、貴雅君。こいつの言う事イミ分かる?」
「う~んと、ほら、たぶんアレだよ! 分かんねえボタンは片っ端から押せってことじゃない! そしたらどのボタンのせいで何が起こったのか、全然分かんないじゃん? 分かんないこと増えまくりになるよ!」
「うっわ、それ激ヤバ~。絶対面白いヤツじゃ~ん」
「何か違う気がするが……まあ、君たちが納得するならばそれでいい……のか?」
小学生二名とウリエルの怪しい会話の最中にも、フツヌシと霊獣たちのマイペースすぎる人物紹介は続いている。今は天邪鬼、犬神、平将門の紹介を終え、マーチングドラム担当の狛犬が勿体ぶったドラムロールを披露しているところだ。
ダラララララ──と滑らかに打ち鳴らされていたドラムの音が不意に止み、タンッ! と締めの一音が打たれると──。
「最強神機、グラン・ジングウオー!」
高らかに叫んだ次の瞬間、フツヌシの姿が消え、代わりに二体目の巨大ロボットが出現した。当然のことながら、本当に巨大ロボットを持ってきたわけではない。フツヌシが変身・巨大化しているだけで、一般人には見えない霊的な存在だ。
このグラン・ジングウオーというロボットは、昨年度に放送されていたヒーロー戦隊番組、『神様戦隊ジングウジャー』に登場する最終決戦ロボットである。日本神道の神々や神社、郷土の伝統文化をモチーフにした作品で、子供や外国人にも分かりやすく参拝マナーや年中行事を解説する内容であったため、想定視聴者層を大きく外れる保守層・高齢者にも人気を博した。テレビシリーズの放送は終えているものの、あまりの人気ぶりに現在もコミカライズが三シリーズ、小説版が四シリーズ刊行されており、現在上映中の夏映画のほかに、今冬と来春に二本の新作映画公開が決まっている。特撮戦隊モノとしては異例のモンスターヒット番組である。
グラン・ジングウオーの登場に続いて、事前に申し合わせていたのか、ガネーシャとウリエルも姿を変える。
「神獣戦機、タンクガネーシャ!」
「神聖光機、ヴァーミリアンホーク!」
ガネーシャが変身したのは水陸両用戦車をベースにした機体で、ゾウの耳がついた可愛らしいデザインとなっている。これはジングウジャーの前年に放送されていた『神獣戦隊ミシカリオン』に登場したロボットで、最終的には他七体の神獣ロボットと合体し、超絶合体ロボ・ミシカルビースト・ベビーモスになる。が、この場にその他のロボットはいないので、現状はちょっと大きめな水陸両用戦車でしかない。
対してウリエルのほうは、非常に複雑なデザインの深紅の戦闘用ロボット──否、神聖光機に変身した。こちらは深夜枠に放送されている成人向けアニメで、数百年後の未来が舞台のSF作品だ。宇宙進出を果たした人類が太陽系外で人型知的生命体と遭遇。その知的生命体が古代ヘブライ語に非常に近い言語を用いていたことから、人類は彼らとの対話に成功。するとなんと、彼らは世界から追放された堕天使アザゼルの子孫だという。だがこちらの宇宙船名が『ウリエルIV』と知った途端、その人型知的生命体は突如敵意を剥き出しにし、使者を殺害。そのまま人類と人型知的生命体は、長きに渡る宇宙戦争へと突入する──というシナリオだ。
神話とSFがリンクしたストーリー展開はSFファンのみならずファンタジーファン層をも取り込み、アニメは大ヒット。各シーズンの間に劇場版、オリジナルビデオ作品、ネット配信限定シリーズ、アニメ雑誌の付録DVDオリジナルなどを挟み、現在は一作目の放送開始から三十八年、二十四作目に突入している。戦闘用ロボットを『神聖光機』と呼称し、『BP』と表記するのがファンの間での常識である。うっかり「あのロボット」などと言えば熱心なオタク諸兄に小一時間ほど説教をされるので、絶対に踏んではいけない地雷として有名だ。
その神聖光機の中でも、ウリエルが変身したヴァーミリアンホークは初代シリーズでは主人公ヒムロ・レイジの敵として登場。二~四作目では人類陣営が鹵獲・改修して味方陣営の機として活躍し、四作目のあとに公開された劇場版では奪い返され、再び敵サイドの機体として登場する。この機の生体スキャン及び精神感応システムがどちらの陣営のパイロットにも使用可能であることから、パイロットたちは相手が『野蛮で狂暴な敵』などではなく、対話可能な『同じ人類』なのではないかと思い始めて──という、理解と対話の象徴のような機体である。本物の大天使が変身するにはもってこいの機体だった。
グラン・ジングウオーには犬神と天邪鬼が、タンクガネーシャにはインド陸軍の英霊たちが、ヴァーミリアンホークには誓來が乗り込み、ヴァーミリアンホークの肩に貴雅と将門がしがみつく。
「僕とガネーシャさんが巨人を止める! ウリエル君はその間に、チェスター弌式にパイロットを届けて!」
「分かった。任せておけ」
巨人はタケミカヅチが変身したチェスター弌式と組み合っているため、迂闊な攻撃をすれば味方もろとも、ということになりかねない。フツヌシとガネーシャはタケミカヅチに当たらないよう、慎重に事を進めるつもりだったのだが──。
「ッシャアァァァーッ! ぶちかますゼェェェーッ! 覚悟しやがれバ鹿島ァァァーッ!」
「あ、このボタン何? 押しちゃうよ?」
「え、ちょ、ま……やめてえええぇぇぇーっ!?」
さすがは兄弟というべきか、貴雅の兄・タカアキは何のためらいも無く赤い発射ボタンを押し、『必殺コマイヌミサイル』を発射した。子供向け番組にありがちな原色に塗装されたミサイルは狙いを外し、タケミカヅチの顔面に直撃する。
「ホブワアアアアアァァァァァーッ!?」
脇腹を食い破られたり顔面にミサイルを撃ち込まれたり、軍神も色々と大変である。
だが、彼の受難はまだ終わらない。
「セイギノ、テッツイガァ、クダサレルゥ! タンクガネーシャ、トーツゲーキッ!」
インド人英霊の片言な日本語が響き渡り、宣言通り、戦車は最大速度で巨人の足に突撃した。
巨人はバランスを崩し、タケミカヅチを巻き込んで転倒。タケミカヅチを下敷きにする格好で倒れたため、巨人以上に、タケミカヅチにダメージが入っている。
「うっ……く……フッくん? なんというか、その、一人で戦うよりもピンチになっている気がするのだがっ!?」
「うん、ゴメン! 犬神と天邪鬼が僕の言うことを聞かないって点を丸ごとサッパリ忘れてたね!」
「やっぱり!」
「マジでゴメン何でもします! ンアーッ! って言うヤツ以外なら僕ガンバル!」
「そういう小ネタはいいから真面目にやってくれ! 頼むから!」
「えっ、心外だなぁ~。僕、常に全力でクソ真面目にやってるんだけど……?」
神は基本的に嘘をつかない。フツヌシは本気だ。
真面目にやってコレってヤベエな、と冷静に考えた小学生・貴雅だったが、彼がしがみつく赤い機体、ヴァーミリアンホークのウリエルもなかなかの強キャラだった。
「なるほど、さすがは我が同胞ミカエルと比肩する軍神だ。『真面目にやってくれ』とはつまり、自分もろともにこの敵を倒せ、という意味か……!」
「ウリエル? それって先週神父様がお話しされていた、自己犠牲の精神、ってヤツ?」
「その通りだよ、誓來。君は賢いね。これは己の命すらも捧げる、究極の愛の形だ。たとえここで命を落とそうとも、彼には天の扉が開かれるだろうね」
「じゃあ、撃っていいのね?」
ポチッ──と押される何かの発射ボタン。するとヴァーミリアンホークの頭・肩・胸の装甲板が開き、おびただしい数の銃弾が発射された。恐ろしいことに、単発ではなく連射である。
女子児童の無邪気なバルカン砲掃射に晒され、タケミカヅチは巨人共々、何度目かも分からない悲壮な叫び声を上げる破目になった。
「おお……誓來ちゃん、なんかヤベエ事してる……」
「なあ貴雅? あの娘っ子を嫁にするのだけは、絶対に避けるべきだぞ? いつか必ず、尻に敷かれる以上の何かが起こるに違いない……」
「でも俺、幼稚園の頃にプロポーズしちゃってるし……どうしよう、将門のオッチャン……」
「ううむ……大天使の前で誓った婚姻は取り消せぬか……」
タケミカヅチもろともの荒業ではあるが、誓來のバルカン砲掃射は巨人にある程度の打撃を与えたらしい。これ以上の被弾を避けるべく、巨人はタケミカヅチを掴んでいた手を離し、大きく後ろに跳び退いた。
この隙にタケミカヅチは落とした剣を拾い、ガネーシャとフツヌシは巨人を挟撃。ウリエルがタケミカヅチに近付き、チェスター弌式のコックピットに貴雅と将門を送り届ける。
テレビで見たのと寸分違わぬコックピットの様子に、貴雅は興奮気味に尋ねた。
「これ、ホントに俺が操縦していいの!?」
「ああ。だが、細かいことは考えなくてもいい。適当に操縦桿を動かしてくれれば大丈夫だ」
タケミカヅチはコックピット内のモニターに自分の顔を映し、まるで指令室とのやり取りのように応答した。切迫した状況であるにもかかわらず指令室オペレーターのコスチュームを再現しているあたり、さすがはオタク大国JAPANの神である。
「まずは『武士戦隊ホマレンジャー』のバトルシーンに準じて、大和魂の注入コールを!」
「分かった! そんじゃ……武士の本懐、遂げてみせようぞ! 一刀入魂! 大和魂、注入ゥゥゥーッ!!」
貴雅はテレビで見た通りのコールとモーションで、目の前のコンソールに空手チョップを極める。と、どこからともなく派手な戦闘テーマ曲が流れ、貴雅の全身から炎のような赤い光が溢れ出す。光は渦を巻くように手刀に凝縮され、チェスター弌式のコンソールパネルへと吸収されていき──。
「大和魂注入確認! チェスター弌式、本格起動! 奮い立て、大和の武士! その手で誉を掴みとれ!」
と、本来であれば指令室オペレーターが言うべきセリフを読み上げ、タケミカヅチ扮するチェスター弌式は戦装束へと変形する。折りたたまれたままだった大鎧風装甲が完全展開され、全身至る所が格好良く光り、立物と呼ばれる兜のV字装飾が「ガショーン!」という音と共に大きく派手に変形した。
装甲の展開以外は何がどう強くなるのかまったく意味不明だが、この姿は子供向け特撮番組の設定に従って強度や速度が変化する。理屈はともかく、派手に変形して光れば強いのだ。
「行け、貴雅!」
「よっしゃ! お命、頂戴!」
番組通りのセリフを口にし、貴雅は操縦桿を前に倒す。
派手な動作で刀を振り回し、それから敵に向かって走り出すチェスター弌式。フッと身を屈めるフツヌシとガネーシャを跳び越え、最上段から巨人を斬りつける。
両断される巨人。けれどもその身体は、左右それぞれが個別に再生を始める。
「え!? 二匹になっちゃったよ!?」
「そうきたか! フツヌシ! ガネーシャ! そちらは任せた!」
「合点承知の助ぇ~い!」
「ウリエル! 共に!」
「相分かった」
武神と財運神、軍神と大天使の即席タッグが組まれ、それぞれに攻撃を加えていく。
だが、巨人もやられっぱなしではなかった。フツヌシの足を払い、ウリエルを投げ飛ばし、タケミカヅチに頭突きを食らわせ、ガネーシャを横転させ──こちらが加える攻撃以上に苛烈な抵抗を見せた。大和の神々も随所で援護射撃を入れるのだが、それでもまったく足が鈍らない。
いや、それどころか──。
「……あいつ、闇が削ぎ落されるたびに強くなってない……?」
アマテラスの呟きに、お供の狐、金狐と銀狐が進み出る。
サッと用意されたのは大和の神器、神獣鏡である。
「ステータス表示! 指定範囲内の全神的存在!」
アマテラスがそう言うと神獣鏡から白銀の光が放たれ、周辺域の神々の頭上にRPGゲームのようなステータス表示が出現した。ゲーム大国日本らしく、HP、MP、状態異常などが表示されても動揺する神はいない。
「な、なんだこれは!? 鶏だと!? 純白の翼を意味するとしても、せめて天使の絵文字にしてくれ!」
「我々ノ表示ハ、カリート、ナンノ、絵文字デェスネ!?」
「ワタシ、チーズナン!」
「オマエダケズルイゾ! チーズナンオイシイ!」
「ガネーシャ様、ソノママ! 絵文字ソックリ!」
「パオン♪」
ウリエルとインド人英霊たちは驚いているが、属性表示が雑なのはデフォルト設定だ。大和の神々も、ほぼ全員が動物や食品の絵文字である。
アマテラスは気にせず表示を切り替え、巨人の詳細情報を確認した。しかし──。
「HP、MPともに不明……属性が未確定? 闇属性じゃない……?」
対象が複数属性持ちであれば、その中で最も得意とする属性のアイコンが。スキルスキャン失敗の場合は、その旨が警告マークと共に表示される。『未確定』と表示される状態について、心当たりは一つしかない。
それは、生まれる前の胎児である。
大和の神々は、ほとんど同時に同じことに思い至った。
経緯はどうあれ、あれはたしかに「男神と女神がひとつになること」で生まれた。ただし、それは普通の交わりではない。本来子を為せないはずの処女神と、同じく子を為すことを許されていない軍神とが、性交渉とは違う形で「ひとつ」になって誕生した存在だ。そこに至った経緯は大雷が『穢れ』の邪念に侵食されたことに端を発するが、その念を生み出した人間の感情は、必ずしも悪意とは限らなかった。むしろ人を思うがゆえ、愛するがゆえ、共にあることを切望したがゆえに溜まった感情の澱のようなものである。
大和の神が『神産み』を行う際の条件の一つ、男女の結びつきはクリアしている。
二つ目の条件、無償の愛も、考えようによっては十分にクリアできている。
そして何より達成が難しい三つめの条件、大和神族最高神もしくは天之御中主の許しも──。
〈そう……悲鳴でも、取り留めのない独り言でもいい。とにかく何かを喋ってもらわないことには、『言霊』は生まれませんからね。現状を打破するには、これまでにない、大きく、強い『言霊』が必要です。〉
大雷に無差別落雷を命じた際、アマテラスはそう言った。
自身の言葉を思い出し、アマテラスは引きつった笑みで巨人を見る。
「……ええ、そうね。確かに言ったわ。悲鳴でも独り言でもいい、大きく、強い『言霊』が必要……と!」
言霊の力は侮れない。何の力もない人間でも、毎日自己暗示のように同じ言葉を繰り返し、到底不可能と思われた夢を実現してしまう。今回の件では、その『言霊』を紡いだ人物が大和神族最高神・アマテラスであったのだ。アマテラスの言霊が、力を持たないはずがない。
『言霊』は発せられた。悲鳴と独り言に限りなく近い、新たな神の『産声』として。
まったくの偶然に、すべての条件は整っていたのだ。
この『新たな神』が何を司る存在か、それ以前に本当に『神』と呼べる存在なのか、この場の誰にもわからない。しかし、これだけは断言できた。この巨人の正体が何であろうと、これは、この場で倒さねばならぬ『圧倒的脅威』であると。
「……タケミカヅチ様……」
かすかにつぶやく大雷の声が、不自然なほどに鮮明に聞こえる。そのことに、神々は疑問を抱く。タケミカヅチ相手に呼び掛けた念話なら、ほかの神には聞こえないはずだ。そうでない独り言なら、なおのこと聞こえるはずがない。それがこんなに鮮明に、はっきりと聞こえたのは──。
「大雷ちゃん。なんでもいいわ。あの巨人に向かって、何か話しかけてみて?」
アマテラスの要請に、大雷は首をかしげる。
「何か、と申されましても……」
困惑気味なその声すらも、この場のすべての神々に聞こえている。周囲の神々の反応に、大雷はこの段になって初めて、自分の声がやけに鮮明に響いていると気づいた。
「こっ、これは……!? いったい、どういうことなのでしょう? わたくし、何もしておりませんのに……!」
大雷が何の力も使っていないのであれば、考えられる可能性は一つ。何かしているのは、あの巨人である。
「大雷ちゃん、よく聞きなさい。あれは貴女とタケミカヅチから生まれたもの。つまり、貴女たちの子供です。子供は両親に、何を求めますか?」
「え? それは、当然……まさか、あの巨人は……」
「ええ……その『まさか』でしょうね。あれは、貴女の声を聴こうとしている。母親が自分の名を呼び、優しく語り掛けることを望んでいるのだと思いますよ」
「で、では、タケミカヅチ様にばかり、執拗に掴みかかるのは……」
「パパと遊びたいのかもしれないわね。大きすぎるのが、ちょっと困りものだけれど……」
アマテラスの大胆予想には、大雷ばかりでなく、すべての神々が顔の筋肉をこわばらせた。
それが正しいとすれば、あれは何の考えもなく動き回り、本能的に泣いて暴れる乳幼児だ。どの程度意思の疎通が可能かもわからない。邪念に支配されて破壊衝動に突き動かされる闇堕ちより、ずっと行動予測が難しい。
大雷は動揺もあらわにおろおろと視線をさまよわせ、それから言葉を選び、そっと話しかける。
「そ……その……おイタはいけませんよ。メッ、です。いい子にしましょうね……?」
囁くように発せられた言葉。なのに誰の耳にもはっきりと届いたその言葉は、巨人の動きを変えた。