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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.5 < chapter.10 >

 将門の離脱から数分後、タケミカヅチの前に青田と緑川の姿は無かった。貴雅が安全圏まで退避したと判断し、タケミカヅチ自身が二人の実体化を解いたのだ。

 けれどもそれと同時に、タケミカヅチの身体を操る黒牡丹はわずかに残った枝葉を触手のように使い、スカイツリーを駆け上り始めた。

「クソ! 今度は何を……!」

 黒牡丹の行動が読めない。これまでの挙動から推察する限り、タケミカヅチの意思を汲み取って、彼自身が抑制している何らかの願望、もしくは欲求を実行に移すつもりなのだろうが──。

「頼む……頼むから、世間様に顔向けできんようなことだけは、どうか……!」

 大和の神は人に寄り添い、その心身を守護するために存在する。そのため情緒や思考パターンが人間に近く、人間同様、自身が無意識下に抱く願望と欲求は上手く把握できないものなのだ。もしもそういった情動が掘り出されてしまった場合、何をしでかすか分からない。最悪の場合、明日からあだ名が『おちんちん大明神』や『ド変態ダンサー』、『全裸マン』になる可能性すら存在する。

 タケミカヅチの心配をよそに、黒牡丹はあっという間にゲイン塔先端に到達した。そこにいるのは天邪鬼と犬神である。

「ハッ! 最高すぎるにも程があんだろ! 武器もねえのにラスボスとご対面ってか? ま、いいぜ。掛かって来いよバ鹿島。俺たちが相手になってやるぜ……っ!」

「と、天邪鬼は言っているが、俺は戦わないからな」

「はあ!? 犬神!? なんで、おま……っ!」

「その必要が無い」

「なに言……あ!?」

 黒牡丹は目にもとまらぬ速度で天邪鬼に迫り、その手からヴォーカルマイクを奪い取っていた。そしてタケミカヅチ本人の意思を無視し、言霊を紡ぐ。


「来るがいい。我が背負おう、この国の『穢れ』のすべてを」


 刹那、空が割れた。スカイツリーを中心に構築されていた『聖域』が、タケミカヅチの力によって強制解除されたのだ。

 次の瞬間、墨田区上空に立ち込めていた雨雲は一瞬にして消滅。差し込む光が大気中の水分子に乱反射し、まるで空間全体が光を放つかのように、あたり一帯が虹色の光に包まれた。

 が、それはほんの数秒だった。まばゆい光の向こうから、真っ黒な『穢れ』が迫りくる。

「なん……だよ! この大きさ!」

「まるで津波……いや、それ以上か……」

 黒い大波は高さ数百メートル。けれど実体は無い。地上の人間たちは押し寄せる『穢れ』の大波に気付かず、停電・断水の続く中、八月の暑さにへたり込んでいた。そんな彼らの苛立ちや不快感すらも吸い上げて、全方位から押し寄せた『穢れ』はタケミカヅチへと流れ込む。

 すぐ間近でその様を見届けた二人は、本能的にゲイン塔から飛び降りていた。


 ここにいたら死ぬ。


 この現象を正確に理解することは出来なくとも、それだけは確信できた。

「犬神! このまま逃げんぞ!」

「ああ……しかし、ヤツは禍津神マガツカミにでもなる気か……?」

「知らねえよ! っと!? なんだ!?」

 ドン、とひとつ聞こえた音は、腹の底に響くような重低音だった。けれども爆発も衝撃波も生じていない。

「え……? この音……なんだ?」

 超大型の和太鼓を打ち鳴らすように、不気味な音は一定間隔で鳴り続ける。

 鳥型式神に乗ってスカイツリーから離れつつあるにもかかわらず、その音は一向に小さくならず──。

「……なあ、この音って、まさか……」

「ああ……心音……の、ようだが……」

「せーので振り向こうぜ。せーので」

「……あまり見たくないが……」

「うっせえ! この期に及んで拒否権はねえ! いっせーの……せっ!」

 と、振り向いた先に見えたのは、スカイツリーよりもはるかに巨大な漆黒の巨人の姿だった。

 後ろを向いたまま飛行を続けた二人は空中で接触し、危うく墜落しかけた。わたわたと体勢を立て直しながら、二人は速度を上げる。

「日本終了のお知らせ! 最強破壊神降臨! 犬神! お前ちょっと尻尾振って来い! 動物ラブリーパワーでゴキゲン取れればワンチャンある!」

「馬鹿か! どう見てもマガツカミの類だぞ! 意思疎通が可能とは思えん!」

「じゃあ噛みついて来いよ! お前、一応は秩序維持とかそれ系の神なんだろ!?」

「いや無理だ! さすがにあれは死ぬ!」

「だよな!」

 全力で逃げる二人。だが、そんな二人を巨大な手が追い回す。

「うっひょわあああぁぁぁーっ!?」

「このクソがアアアァァァーッ!」

 必死に逃げる二人。機動力を生かして右へ、左へと飛び回るが、なにぶん咄嗟のことである。互いをフォローし合うような連携は行えず、気付けば同じ方向へと誘導されていた。

「わ、ちょっ……犬神!」

「くっ……!?」

 空中衝突寸前で、どうにか体勢を持ち直す。が、そのために生じた数秒の遅れが致命的だった。

「「────ッ!」」

 まるで名も無い羽虫のように、二人は巨大な手によって地面へと叩き落とされた。

 不幸中の幸いだったのは、落下地点が柔らかな花壇だったこと。けれども最悪だったのは、漆黒の巨人が、その大きな足を振り上げていたこと。

 二人の眼前に巨大な足裏が迫るも、叩き落とされたダメージは大きく、身体がまるでいうことを聞かない。

 踏み潰される。

 二人がそう思ったときだった。


 何かが巨人の足を薙ぎ払った。


 転倒する巨人。その背後に、巨人とほぼ同サイズの『何か』がいる。

「……は?」

「あれ……は……?」

 よろよろと体を起こした二人が見たのは、巨大な武者型ロボットだった。

 巨大な武者型ロボットは起き上がって来た巨人に体当たりを食らわせたのち、踏み止まる巨人の腹に剣を突き刺し、その状態のままグリグリと捻る。

 武者型ロボットは悲鳴を上げる巨人を力業で押し倒し、馬乗りになって滅多刺しに。漆黒の巨人も抵抗しているようだが、パワーもスピードも桁違いだ。戦いと呼ぶには、あまりに一方的すぎる展開である。

 想定外な味方の登場に、天邪鬼と犬神は目と口を真ん丸に開けたまま、呆然とそれを見る。

「えっと……あのさ、犬神? あのロボット……あれ、ヨドバシのオモチャ売り場で見たことある気がすんだけども……」

「ああ……あれは今期の特撮ヒーロー、『武士戦隊モノノフせんたいホマレンジャー』に登場する最終決戦ロボット、『防人巨兵サキモリきょへいチェスター弌式ワン』だ。手にしているのは『必殺剣チェストソード栄光武勇丸グロリアスブレイバー』という剣で……」

「いやいやいや、チェストソードって何だよ。チェストしすぎだろアレ! 何百回ぶっ刺す気だ!?」

「何百どころではない! チェスター弌式ワンが本気を出せば、必殺技『サウザント・チェスト・アタック』で五秒の間に千回の攻撃を繰り出すぞ!」

「想像以上にチェストしてやがるな! 多いって!」

「チェスター弐式ツーに超変形すると、『ミリオン・チェスト・アタック』にグレードアップする! 百万回だぞ! 百万回!」

「桁ァーッ! その攻撃、桁数おかしいからーッ!」

「我もそう思うが、そういう設定なのだから仕方あるまい。そして、あれが現実空間に出現しているということは……」

「バ香取だな。多分、あいつの氏子に制作関係者か熱狂的ファンか、どっちかがいる」

「だろうな……」

 二人がそう話す間にも、『防人巨兵チェスター弌式ワン』は漆黒の巨人を攻撃し続けている。が、どちらも実体のない神的存在である。特撮番組のように町が破壊されることも無いし、効果音や音楽、派手な光による必殺技演出もない。淡々と行われる正義の執行は、格好良さよりもシュールさが際立つ、何とも奇妙な光景だった。

「終わった……の、か? これは……」

「そうだと良いが……いや、まだだな」

「うっわ……マジかよ……」

 漆黒の巨人は確かに攻撃を受け続けていたが、どうやらあの身体は固体よりも気体、もしくは液体に近い構造であるらしい。浄化されるのは刀身に接触した部分のみ。空いた穴はすぐに塞がり、手足を切断しても、斬られたその場で繋がってしまう。

 その上、はじめは一方的にまっていた攻撃も、徐々に防御されるようになり──。

「バ香取ィィィーッ! 情けねえトコ見せてんじゃねえぞォォォーッ!」

「さっさとそいつを斬り捨てろオオオォォォーッ! 貴様の腕ならやれるはずだアアアァァァーッ!」

 と、二人は柄にもなく、本気でフツヌシを応援した。けれどもここで、まさかの事実が発覚する。

「え~と? なんのこと? 僕、ここにいるんですけど……?」

「は?」

「なん……だと……?」

 フツヌシは二人の背後にいた。

 漆黒の巨人に叩き落とされる二人の姿を見て、今まさに、二人の救援に駆けつけたところであった。

「え? つまり、どゆこと? ここにバ香取がいるってことは……」

「あの巨大ロボを動かしているのは……?」

「ああ、あれ、タケぽんだよ。僕とタケぽん、能力的にはほぼ同じだし。自分で巨大ロボットに変身したんじゃないかな?」

「ということは、誰も乗っていないのだな?」

「だろうね」

「なるほど。だからか」

「ん? だからって、何が?」

「いや、あの番組の設定通りだとしたら、『防人巨兵サキモリきょへいチェスター弌式ワン』が無人状態で戦えるのは呼び出されてからの数分間だ。それまでに武士戦隊モノノフせんたいの誰かが搭乗して『大和魂ブレイブソウル』を注入せねば、チェスター弌式ワンは何の技も使えぬ上に、エネルギー不足で動きが鈍ってゆくのだ」

「犬神、妙に詳しくない?」

「我が器は特撮ヒーローマニアだ。本命はライダーシリーズだが、レンジャーのほうも欠かさず視聴している」

「なるほど」

 そうこうする間に、巨大な武者と黒い巨人の攻守は逆転している。やはり原作の設定通り、搭乗者無しでは本気が出せないらしい。

 三人は誰からともなく頷き合い、駆け出した。


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