まさかの!?
食料集めその道中、孤児を多く見る区画があった。
ほぼ円形に出来ているこの街は南北に外へ通じる門があり、北側の門の近くには商業地区。東には住民が暮らす住宅地区。西に俺が根城にしている廃墟や手付かずの建物、作り掛けで放置されている建物やナニカがあった形跡のある跡地が多数ある人気の少ない区画。西南西から東北東には川が流れており街の中心を避けるように湾曲した流れをしている。
南東に武器の鍛造や宝石の細工などが行われている工業地区。ドワーフが多く見られるが大体酔っ払っていて近づくと怪力で追い払ってくる。
南側から南西にかけては路地裏が無くなり警備も厳しく一つ一つが豪勢な建物が立ち並ぶ金持ち区画。うっかり入り込むと問答無用で逮捕される。南にある門も遠目でぼんやりと確認できただけだった。
俺が動けるのは警備が厳しい中央と南側以外の場所。そして孤児をよく見たのは北東、商業地区と住宅地区の間だった。
俺より小さい子供が汚い布を体に巻いて打ち捨てられるように小道に倒れていた。
この街に住む人はそれらが見えないが如く無関心だった。
その様子を傍から見ていたが心にやるせない思いでいっぱいになったが自分の事だけで精一杯である自分が彼らを助けようと動かない時点で俺も同罪なんだろう。
通りがかった通行人がそこに誰かが居るとは思わない様子でその孤児を蹴り飛ばした。通行人もその事に驚いていたものの、孤児だと分かった瞬間には気にかける事なく立ち去った。
蹴られた衝撃で布がずれてその姿を見せた。頬は痩せこけ目も窪み唇は柔らかさが微塵も感じられない程にひび割れ薄黒くなっていた。
胴体は言うまでもなく骨と皮だけ、まるでミイラの様で僅かに胸が上下している事から生きているようでその事に一息ついた。
そこで気づいた。無意識のうちにその孤児に近寄っている事に。
大丈夫か?、と声をかけようとしている自分に。ゾクリと背筋が凍る様な感覚に襲われ踵を返してその場から逃げる様に足を早めた。まるで、いやその孤児から逃げる為に。
ハァハァ……っふぅ
俺は自分が唯一安心出来る住処へと帰ってきていた。
気づいたからだ。何に?
俺にあの孤児は救えないと。
例えば俺が持っていた食糧を与えたとしよう。しかし雀の涙程しかない食糧では飢えを満たすのは勿論一時凌ぎにもならない。
疲弊しているのは体だけでなく勿論顎も内臓、胃袋も含む。そうなるとそもそもまともに食べる事すら難しい。
そうなると俺がしようとした事は苦しみを長くする行為なのではないか。
だから逃げた。目を背けて。見ないように聞こえないように。
ガタガタッ
こけた時の様な急な浮遊感と一拍遅れてくる危機感。
寝入って直ぐに起こる現象。
気持ちよく寝ていた訳でもないがそれでも、睡眠が邪魔された感覚に不快感を感じるのは仕方ないと思う。
不機嫌な気分を転換させようと昨日手に入れた珍しい果実を食べようと冷蔵庫から取り出す。
洋梨の様な楕円を描くこの果実、昨日の入手した時点では実を守る為かハリネズミの如く棘が無数に生えていた。それが今ではツルリとした姿をしている。勿論ピンセットで一本一本を引き抜いたからだが。
抜いた穴からは果汁が染み出て甘い香りが鼻腔を満たす。我慢出来ずにかぶりつく。
噛んだ先から果汁が溢れ出し、顎を伝い服の胸元に染みと甘い香りを付けた。
梨の様なしゃりしゃりとした食感に酸味も苦味も感じない高級メロンの様な純粋な甘さが至福の時を生み出す。
ここ一年で食べた中で群を抜いて美味いのは間違いなくこの果実だった。
正しく俺はこの果実に夢中になっていた。ここに俺以外がいる事もすっかり忘れて。
「―――――――」
「ん?」
そこに居たのは灰色の髪の女の子。片目を覆うウルフカットの髪型から覗く赤色の瞳。あどけない顔立ちはなりを潜め怒りの化身となっていた。しかし表情とは裏腹に半開きの口からは涎が垂れていた。
「すまん、食っちった」
「――――――――――――――――――――――――」
手を合わせて平謝りをするが中々怒りが収まらないのか小言が続く。そして少女が俺の胸元を指さす。
「ああ、ごめん通訳切ってたわ」
そう言ってポケットから取り出したのは幾何学模様を刻んである首飾りを首に巻いた。
「ウルハひどい。あしたたべようってウルハがいったのに」
「すまん、本当にすまん。甘い香りの誘惑に抗えなかった」
浮気のバレた夫のように頭を下げて許しを乞い願う。
「トゲぬいたのわたしなのに」
うぐっ
「じょうほうもってきたのわたしなのに」
ぐはっ
「ウルハめだつからぬすんできたのもわたしなのに」
……。
「いいだろう明日はお前の宝探しを手伝ってやる。それだけじゃない、オーパスのオッサンにも話を付けておこう」
大盤振る舞いである。しかし全面的に悪いのは俺である。しかもその作戦中俺がしてたのは陽動のみ。それも目立つ様に歩いていただけの簡単なお仕事だった。
それなのに功労者を置いてつまみ食いしたのは許されざる行為である。逆なら絶対許さない。だからこその大盤振る舞いである。勿論、他にも好みの食材を用意するとかも考えている。
「……ならゆるす」
どうやら許してくれるらしい。
下げていた頭を上げると怒りの化身は消え天使とみまごう可憐な少女がいた。
「それと、おまえじゃない。なまえでよんで、ウルハがつけたなまえで」
「ごめんセレネ」
「……ん」
一年前には想像もつかなかっただろう。あの時は助ける選択肢を選べなかった非力な俺が小さな女の子を助けるなんて。
「こっちに来て明日で一年か。長い様で短いな」
という訳でここまでがプロローグです。
既に心折れかけてるけど頑張るよ。
紆余曲折したけどようやくスタートラインに立てた。という訳でまだまだお付き合い下さいませ。
ガタガタ=入眠時ミオクローヌスでベッドが軋んだ音。
セレネ左目がなんとなく隠れる感じです。