私が貴方を諦めるまでのお話
ちょっと可哀想かもしれないです…
私、それでも貴方が好きですわ。
私は公爵令嬢、アナスタジア・トゥールーズ。我が国の王太子、クリストフ・ド・ブルボン殿下の婚約者候補ですわ。あら、何故貴族学院に通う歳になっても婚約者ではなく婚約者候補か?それは、私が病弱だからです。私は、皆からお美しいとも、気品が溢れ出るとも、才女とも呼ばれておりますが、いかんせん身体が丈夫ではないのです。王妃として相応しい方ではあるが、あのお身体では…、と言われて、今も婚約者候補止まりですわ。しかし、私はこの婚約を成立させるため、隣国の貴族学院に留学をして参りました。留学先の要人とコネを作って、我が国の王妃により相応しい人間となって、身体も少しだけ丈夫になって、我が国の貴族学院に戻ってきたのです。国王陛下も、きっと私とクリス様の婚約を認めてくださるでしょう。
…と、思っていたのですが。
「国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく。アナスタジア・トゥールーズ、ただいま戻って参りました」
「おお、アナスタジア。よく来た」
国王陛下はニコニコと微笑んでくださいます。
「隣国はどうだった?」
「はい。とても有意義な時間になりました。より深く隣国を理解できたと思います。また、人脈を広げることも出来ました」
「そうかそうか。お前には期待しているぞ」
「はい、国王陛下。それでその…」
「なんだ?」
「クリス様との婚約の件は…」
「…おお、そうだった。お前には申し訳ないのだがな」
「…え?」
「クリスに、貴族学院で恋人が出来たらしい」
「…今、なんと?」
「クリスに、伯爵令嬢の恋人が出来た。お前には申し訳ないが、お互い本気らしくてな」
「な…」
「お前のことはあくまでも『婚約者候補』に過ぎない。私はレナを心から愛しているし、他の人と結婚させる気なら王位は継がない、と言われてな…側妃にする気はないかと聞いたが、王妃に迎えると聞き分けがなくてな…。第二王子か、せめて従兄弟でもいればわがままを言うなと言えたんだが、あいつは唯一の正統な王位継承者。出奔されては困るのだ。私からはもう何も言えぬ」
「…。まあ、そうでしたの。確かに私はあくまでも婚約者『候補』。別にクリス様はなにも悪くはありませんわ。もちろん、恋人さんも」
「すまんな」
「ええ。ですけれど、私がクリス様のお心を取り戻そうとするのも、私の自由ですわよね?」
「…ああ。だが不毛かもしれないぞ」
「構いませんわ」
そうして私は、傷心しながらも貴族学院に戻りました。
「きゃー!アナスタジア様ー!」
「未来の王妃様が戻られたぞ!」
「おかえりなさいませ!アナスタジア様!」
「外野が騒がしいな…アニア様、大丈夫ですか?黙らせましょうか?」
「いいえ、いいの。皆私の帰りを待っていてくれたのですもの」
「はい、失礼致しました」
この子はアル。アラン・セギュール。伯爵令息で、私の護衛兼侍従。同い年の護衛がいた方がいいだろうとのお父様のお気遣いで、私のものになったのです。
「アニア」
「まあ!クリス様!お久しぶりですわ。ご機嫌麗しゅう」
「ああ。留学の間、体調を崩したりしなかったか?」
「大丈夫ですわ。ちょっとだけ丈夫になりましたのよ。クリス様もお元気そうでなによりですわ」
「ああ。レナのおかげだ」
「レナ…。ああ、恋人さんのことですわね?」
「そうだ。彼女はとても優しくて、素晴らしい人だ」
「まあ、そうですの…」
「君を長い間婚約者候補として縛り付けてしまってすまなかったな。君も良い人を見つけて欲しい」
「うふふ。ありがとうございます、クリス様。ですが心配はご無用ですわ」
だって、恋人さんには愛人になってもらって、私が王妃に、彼女には側妃になってもらいますもの。
「そうか。アニア、君の幸せを心から願っている」
「ありがとうございます、クリス様。…あら、もうこんな時間。失礼致しますわ、クリス様」
「ああ。またな」
そうして久々のクリス様との会話は終わりました。
「アナスタジア様が戻られたのだ、クリス様も目を覚ましてくださるだろう」
「伯爵令嬢が公爵令嬢に勝てるわけありませんわ」
「エレナ様も身の程を知って、自ら身を引くか、愛人の立場になられればいいのですけれど」
「あらあら。エレナ様はとても可愛らしい方なのに、随分な言われようね。私は、将来共にクリス様を支え合う同士として、仲良くしたいのに」
「仕方がありません。俺とアニア様が居ない間に、恋人なんかになっていた泥棒猫ですから」
「あらあら。うふふ、アルは本当にエレナ様が嫌いなのね。でも意地悪しちゃだめよ?」
「…。承知しました」
そして放課後、私はエレナ・ナミュール様に声をかけました。
「ご機嫌よう、エレナ様」
「…!ご、ご機嫌よう、アナスタジア様!」
「あら、そんなに緊張しないで大丈夫よ。少しお話をしましょう?」
「は、はい!」
「私の私室でもいいかしら」
「はいぃ…」
あらあら、可愛らしいお方。
「大丈夫。責めるつもりはないのよ。さあ、移動しましょう」
私は寮の私の私室にエレナ様を通しました。
「アル、エレナ様にお茶とお茶菓子を」
「承知致しました」
「えっと…ありがとうございます」
「いいえ、気にしないで。…ところで、エレナ様」
「はい!」
「私と、お友達になってくれませんか?」
「…今、なんと?」
「私とお友達になって欲しいの」
「い、いいんですか!?」
「ええ、もちろん。将来、共にクリス様を支え合う同士ですもの。仲良くしましょう?」
「…そ、それは」
「私は王妃、貴女は側妃。お互いに、クリス様にとってとても大切な存在になると思うの」
「…えっと」
「まさか、貴女まで自分が王妃になれるなんて思い上がってはいないでしょう?」
「…っ!」
「うふふ。仲良くしましょうね、エレナ様」
「は、はい…アナスタジア様…」
こうして私は、エレナ様とお友達になりました。
ー…
「アニア」
「あら、クリス様。どうされましたの?」
「レナとお友達になってくれたそうだな」
「ええ、その通りですわ」
「ありがとう。レナはなぜか最近孤立しているようでな。君のような優しい人が側にいてくれると助かる」
「あら。うふふ」
自分のせいで孤立してしまったとは思い至らないのですね。純粋なお方。でも、そういうところも好きですわ。
「そうだわ。これからエレナ様とお茶会をしますの。クリス様もどうかしら?」
「そうか。是非参加させてもらおう」
「うふふ。ええ」
クリス様と、エレナ様との約束の場所に向かう。
「まあ、見て!アナスタジア様とクリストフ殿下よ!」
「二人で並んで歩いているとお似合いね!」
「はー…お二人ともお美しい…」
「…君と私はそんな仲ではないというのに」
「…あら、うふふ。エレナ様に嫉妬の目が向かうよりマシですわ」
「嫉妬か。確かに一理ある。レナはとても可愛らしいから…」
「ええ、とても可愛らしいお方ですわ」
そうしてエレナ様と約束したガゼボにクリス様と二人で並んで到着した。先に来ていたエレナ様はとても悲しそうな顔をされた。
「クリス様…なんで…」
「レナ。実はさっきそこで、アニアとレナがお茶会をすると聞いてな、私も参加させてもらおうと思って」
「クリス様…」
「うふふ。エレナ様、いいかしら?」
「も、もちろんです…」
「まあ!見て、図々しくもクリストフ殿下とアナスタジア様とのお茶会に伯爵令嬢が居座っているわ!」
「なんて面の皮が厚いのかしら!」
「アナスタジア様からクリストフ殿下を取ろうとする卑しい泥棒猫め!」
「…外野が騒がしいな。私が注意して来よう」
「い、いいんです、クリス様!」
「うふふ。きっとみんな、エレナ様の可愛らしさに嫉妬しているんですわ。言いたい奴には言わせておけ、ですわ」
「…。そ、そうか。君たちがそう言うのなら…」
「アナスタジア様、せっかくのクリストフ殿下とのお茶会の席にエレナ様を呼ぶなんて、なんてお優しいのかしら」
「やはり将来の側妃として扱っていらっしゃるのね」
「それに比べてエレナ様ときたら…」
そうして三人で仲の睦まじさをアピールしたのでした。
ー…
「大変だ!アナスタジア様がお倒れになられた!」
「アラン様が保健室にお運びになられたが、大丈夫なのか!?」
「だが、クリストフ殿下がお見舞いに行かれたらしいぞ!」
「それで少しは元気になられるといいのだけど…」
「きっと留学先から帰って来られて、環境の変化に疲れた上、エレナ様とクリストフ殿下のことがあってストレスで…」
「なんて嘆かわしい…」
「…私、また倒れてしまったのね」
「アニア、無理をするな。身体を起こす必要はない」
クリス様が起き上がった私をそっと保健室のベッドにまた寝かせる。
「私、一体どうして…」
「急な発熱だ。…どうして倒れるまで頑張るんだ」
「だって、私…」
「心配をさせないでくれ…」
近くの椅子に腰掛けて、私の手をそっと握ってくれるクリス様。どうして、こんなに優しくしてくださるのに浮気なんてしたのですか。
「クリス様…」
「…どうした」
「好きですわ」
「…え?」
「私、クリス様を愛しています」
「な、…なんと?」
「クリス様以外なんて考えられません。クリス様…エレナ様ではなく、私を、愛してくださいませ」
「…まさか、君が体調を崩したのは、私のせいか?」
「…」
「…そうか。すまない、アニア。私は、レナ以外は愛せない。私に出来ることは、今、こうして君の手を握ることだけだ」
「…残酷ですこと」
「すまない…」
優しい、優しすぎるクリス様の弱みに付け込むことすら出来ないほど、エレナ様はクリス様に愛されているのね。…一生懸命、周囲に私が王妃になり、エレナ様が側妃になるであろうと印象付けたり、エレナ様の株を下げ、私の評価を上げたのに、それも全部クリス様のエレナ様への愛の前には無駄なのね。ならば、せめて最後の悪あがきを。
ー…
「え?私とアナスタジア様が勝負…ですか?」
「ええ。エレナ様も、学院ではこの時期に剣術大会が開かれるのはご存知ね?」
「はい」
「私も女子の部に出場するから、貴女も出場なさい」
「え!?でも、アナスタジア様はお身体が弱いはずじゃ…」
「身体が弱いからこそ、鍛えるために剣術は嗜んでいるわ。貴女こそ大丈夫なの?」
「これでも一度は女騎士を目指したことがありますから、勝負にはなると思いますが…」
「なら決まりよ。必ず決勝まで進出しなさい。そして、決勝で私と勝負なさい」
「でも…この間だって倒れたばかりなのに…」
「貴女には関係ないわ!」
「…!すみません…」
「私が負けたら、もう貴女にもクリス様にも一切近づかないわ」
「!」
「そのかわり、私が勝ったら貴女はクリス様から身を引きなさい」
「…わかりました」
真剣な表情のエレナ様。…貴女も、クリス様を本当に愛してらっしゃるのね。
そうして、私達は必ず決勝で対戦すると約束をした。
ー…
結局、私とエレナ様は剣術大会の決勝まで勝ち上がった。
私とエレナ様は、お互いに全力を尽くして戦う。
戦いは徐々にヒートアップしていき、これがただの剣術大会であることは誰もが忘れていた。
剣術大会用の、決して切れることはない剣とはいえ、当たれば痛いし、体力だって消耗する。
「エレナ様…私、貴女が許せない。私が婚約者候補であることを知っていながら、クリス様に近付いた貴女が嫌い」
「そ、それなら私だって…あくまでも婚約者候補でしかないのに、クリス様を浮気者みたいに扱っていらっしゃる貴女が嫌いです!」
「…。ええ、そうよ。私は所詮婚約者候補だっただけの女。片思いでしかなかったこともわかってる。だからこそ、クリス様に愛された貴女が大嫌い!」
「私だって、婚約者候補だっただけなのにクリス様に特別大切にされる貴女が大嫌いです!」
「…行きますわよ!」
「行きます!」
私が一歩踏み出して、エレナ様も一歩踏み出す。私が先にエレナ様の剣に打撃を与えたけれど、エレナ様が押し返してきて、私の剣は私の手を離れて吹き飛ばされた。
「勝者、エレナ・ナミュール!」
わぁっと歓声が上がった。私の負け。私はもう、クリス様に近付けない。
「アナスタジア様…」
「大丈夫。約束は守ります。さようなら」
「アナスタジア様…!」
私は準優勝の表彰も待たずにその足で、今度ははるか遠い北の国に留学申請を出した。
ー…
「ねえ、アル」
「なんでしょうか、アニア様」
「一人で意地を張った私を、馬鹿だと笑う?」
「…アニア様」
「なにかしら?」
急に私を抱きしめるアル。え?
「アニア様は、とても素晴らしいお方です。けれど、全てを完璧にこなすなど人間には無理です。アニア様はよく頑張られました。そんなアニア様が誰かに笑われるなど、あってはならないことです。…アニア様。これからうんと幸せを見つけましょう」
「…っ!」
アルの腕の中で泣く私。それを許してくれるアル。ああ、なんだ。私を見てくれる理想の人は、もっと近くにいたんだ…。
ー…
クリス様とエレナ様が正式に婚約したと、お父様からの手紙で知った。私は、お父様にアルと婚約したいと手紙を出した。私は公爵家の一人娘。私とアルが婚約したら、アルは私の婿となり公爵家を継ぐことになる。
「これから忙しくなるわよ、アル」
「覚悟は出来ています、アニア様」
「もう。アニアと呼んで」
「…はい、アニア」
私の名前を呼んではにかんでくれるこの人が、私と生涯を共にする運命の人。クリス様を諦める時はとても辛かったけれど、今はとても幸せ。
「アニア、愛しています」
「私も大好きよ、アル」
この幸せがどうか、生涯続きますように。
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