第9話 少女と足止めの雨
レーネちゃんに貸してもらった魔法のランプをテーブルに置いて、日記帳を開く。
アイリスさんとミリーちゃんはもうベッドですやすや眠っている。レーネちゃんは黙々とベッドで難しそうな本を読んでいて、部屋はすごく静か。私は羽ペンを握って、まっさらな日記帳と向かい合う。
緊張する……。
新しい日記帳に書くのもどきどきするし、羽ペン使うのもどきどきする。思い切ってなにか書き出さないと。深呼吸をしてから羽ペンの先にインクをつけて日記帳の一ページ目に置く。
まずは日付を書いて。今日あった出来事は、えっと……国王陛下がサプライズでやって来て、それで……お供のみんなを紹介されて、すぐにみんなと旅に出ることになって、それからジェイクさんは私への忠誠心がすごくて、と……。
書き出すと案外すらすら書ける。それにしても知らない言葉が普通に書けるのって不思議な感覚。話せたり読めたりするのは慣れたんだけどな。
うん。書けた。私も寝よう。インクが乾くまで日記帳に挟まってた紙を乗せておいて、羽ペンとインクをしまって。レーネちゃんに魔法のランプを返してっと。
アイリスさんとミリーちゃんを起さないように小声でレーネちゃんに話しかけた。
「レーネ、ランプを貸してくれてありがとう」
「どういたしまして」
「先に休ませてもらうわね」
「そう。あたしはもう少し本を読んでいたいわ。明かりをつけていてもいいかしら」
「もちろんいいわ。おやすみなさい」
「おやすみなさい、サラ」
私はレーネちゃんの隣のベッドで横になる。考えないといけないことは山ほどあるけど、今日はいろいろあって疲れたから明日考えよう。
目を閉じただけで、すうーっと意識が遠くなっていく――
『サラさん、サラさんっ!』
――ん?
『私ですよっ!』
誰?
『ええっ!? まさか忘れてるんですか!? 私ですよ、私っ! ほら私ですっ!』
あっ! あの女の子……?
『たぶんそうです、お久しぶりですっ! 近々たっぷり時間が取れそうなのでまた会いに来ますねっ! そのときにゆっくりいろいろと説明をさせていただきますっ!』
えっ! もしかして私がなんでこうなってるのか説明してくれるってこと!? 今じゃダメなの!?
『今じゃだめなんですよっ! こう見えて私、め――っちゃ忙しいんですっ! こう見えてっ! それではっ!』
「待って!」
がばっと起きて呼び止めた。でもそれっきりだった。
「大丈夫なの? サラ?」
レーネちゃんに心配そうに聞かれる。
「ご、ごめんなさい。驚かせたわね。大丈夫よ」
「なにかあったら遠慮せず言ってちょうだい」
「ええ、ありがとう」
そう答えて、私はベッドに横になった。
さっきのあの女の子の声……、私がサラ王女になる前の日の夜に聞こえた声と同じだった……。私、あの女の子とどこかで会って話したような気がする……。
どうにか思い出そうとしたけどやっぱり思い出せなかった。あきらめて目を閉じても、あの女の子の声は聞こえてこなかった。
ざあざあ降りの雨の音が聞こえる。
すごい雨……。こういう日は会社に行きたくないな……。傘差して歩いても絶対ベッタベタになるもん。まだ時計鳴ってないけど早めに起きて早めに家を出た方がいいかも。
そう思って、眠いけどしぶしぶ起きることにした。
「サラさん、おはようございます!」
「……」
ん? あ、ミリーちゃん! 今めちゃめちゃ寝ぼけてた!
「おはよう」
王女モードに切り替えてしっかり挨拶。
「あのっ! 昨晩は申し訳ありませんでした! 気づいたら寝てしまっていて……」
言ってしゅんとするミリーちゃん。
昨日、お風呂から帰って来たあと、荷物を片づけながらミリーちゃん寝ちゃって。それでアイリスさんがベッドまで連れて行ったんだよね。
「別に私より早く寝ていいし、そういう日もあるから気にしなくていいわ」
「そう……ですか? わかりました!」
すっかり元気になった様子でミリーちゃんは頷いた。
「もうみんなはご飯を食べたのかしら?」
「まだよ」
聞いた瞬間にレーネちゃんが答えてくれた。お腹へってるのかな。ちょっと言葉にトゲが……。
「おはよう、サラちゃん! 早くご飯食べに行こ~!」
アイリスさんはもうご飯を食べに行く準備万端。あ、もうみんな着替え終わってる!
「ええ、すぐに支度をするわ」
明日からミリーちゃんが起きるときに起こしてもらえるように頼んでおこう。私は手早く上着を羽織って、みんなと一階の食堂に下りた。
朝食はパンとスープとグレーポフルーツジュースだった。飲んだらやっぱりグレープフルーツジュースだった。みんなが食べ終わりそうなころ、ジェイクさんが話しかけてきた。
「ササササラさん」
またすごい噛み方……。ちょっとおもしろくなってきたかも……。
咳払いをしてからジェイクさんは聞いてきた。
「本日はひどい雨ですので、出発は見送るということでよろしいでしょうか?」
「ええ、そうね」
私は首を縦に振った。この雨で旅に出るのはムリだよね。一日足止めってなると、宿代とか食事代とか増えちゃうけど仕方ないか……。
ジェイクさんが続けて聞いてきた。
「この暇に、竜狩りギルドの登録を済ませたいのですが、外出のお許しをいただけませんでしょうか?」
「……」
竜狩り? ギルド? 登録?
「少し待ってもらってもいいかしら?」
どうしよう。一つもわかんない。こういうときは一つずつ整理して考えていかないと。
えっと。竜は、ドラゴンでモンスターだから……、やっぱりドラゴンはいるんだ。いったんドラゴンはこの世界にいるとして。竜狩りギルドはたぶんドラゴンを狩る団体だよね。で、なんでジェイクさんは竜狩りギルドに登録したいんだろう?
「なるほどね。竜狩りギルドに登録すれば、携帯できる武器の幅が広がるわね。それに、狩った竜を換金すれば旅のお金の足しになるわ」
疑問に思っていたことをレーネちゃんが説明してくれた。ジェイクさんは頷く。
「そういうことだ。この小さくて軽い剣ではプレートアーマーのように、全身を覆い尽くすような鎧を装備されてしまったら歯が立たないからな。もっと大きくて重い打撃武器も携帯する必要があると考えている」
物騒……。でも私もなんとなく理解できた。ギルドに登録すると強い武器が持てて、おまけにお金も稼げるってことだね。
「ということで、サラさん、竜狩りギルドにまいってよろしいでしょうか?」
「ええ、そういうことなら」
「我が儘をお許しくださってありがとうございます。日没までには必ず宿に戻ってまいります」
「わかったわ、気をつけてね」
朝食のあと、ジェイクさんは雨よけにマントを羽織って、ひとり竜狩りギルドに出掛けていった。私たちは宿の部屋で思い思いに過ごした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。第10話以降は、毎週土曜日に投稿していきます!




