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第16話 少年と鍛冶

「邪魔だーーーー!」


 人を避けながら大通りの真ん中を男の子が走ってくる。どんどん近づいてくる。その男の子のずっと後ろを走るおじさんが叫ぶ。


「泥棒だーー! 俺のっ、俺の剣がっ! 捕まえてくれーー!」


 ど、泥棒!?


「サラさん、すみませんがこれを持っていてくれますか? 抜き身の剣を持って走るのは危ないので止めてきます!」

「えっ、ええ」


 パンの袋を私に渡してミリーちゃんは大通りの真ん中に立った。


「だ、大丈夫なの?」 

「安心してください、怪我はさせませんっ!」


 いやそうじゃなくて。ミリーちゃんが怪我をしないか心配したんだよ……!


 ミリーちゃんはニコリとしてから男の子に目を向ける。もう四、五メートルくらいしかない――


「邪魔だどけーー! 剣に当たっても知らねーー」

「せいっ!」

 

 気合いを入れた次の瞬間、ミリーちゃんの拳が男の子のみぞおちに入った。痛そうな鈍い音がした。


「ぐふっ……」


 カラン、と剣が地面に落ちた。倒れそうになった男の子を支えてミリーちゃんはガッツポーズを決めた。


 すごい、全然心配しなくてよかった! なんか一瞬スローモーションに見えたような。


「おお~~!」 


 大通りがわあっと沸いた。私が剣を拾うと、ぜえぜえと息を切らしながら、がっしりした体格のおじさんがやって来た。息とオールバックの髪を整えてから、


「嬢ちゃんたち、助かったぜ!」


 二カっと笑って言った。


「どういたしまして!」


 片手で軽く男の子を抱えながらミリーちゃんは嬉しそうに答える。

 ミリーちゃんって力持ちだなあ。あ、そうだ。


「これはあなたのものですか?」

「おうよ! 俺が打った俺の剣よ!」

「どうぞ」


 一応確認を取ってから、拾った剣をおじさんに渡した。


「ありがとよ! こんななまくらな剣が世に出ちまったら恥ずかしくて鍛冶を続けられなくなるとこだったぜ! 持っていくならもっといい剣を持っていけよな、たく!」 

「そういうものなんですね……」

「おうよ!」 


 おじさんは、伸びている男の子の方に視線を移す。


「その様子じゃあしばらく起きそうにねえな。嬢ちゃんが素手でやったのか?」

「はい!」

 

 頷くミリーちゃんにおじさんはニカっと笑って、


「たいしたもんだ、ウチにいいナックルがあるんだが買っていくか? 安くするぜ!」

「ありがとうございます! でも私にはトンファーがあるので」

「そうか嬢ちゃんはトンファー使いか! 珍しいな! 俺もトンファーはいい武器だと思うぜ! おっと、ぼやぼやしてっと次の客が来ちまう。俺はこの剣が取り戻せて満足だからよ、あとは頼んだぜ、嬢ちゃんたち!」

「あ、ちょっと!」


 呼びとめたけど、おじさんは踵を返して走っていった――と思ったら振り返った。


「俺は武器専門の鍛冶、オーぜンだ! 武器のことでなにかあったら俺を頼ってくれ! あとそいつが起きたら謝りに来いって言っといてくれ! 店はあの辺にあるからよ! じゃあな!」


 言いおわると踵を返しておじさん――オーゼンさんは走っていった。


 行っちゃったよ……。


「よいしょ」


 掛け声が聞こえて振り返ると、ミリーちゃんが男の子を道の隅っこに寝かせていた。ボロっとした服を着てやせた男の子は、ぴくりとも動かない。急に不安になって聞いた。


「その子、大丈夫かしら?」

「気を失っただけだと思います! 起こしますね!」


 ミリーちゃんは男の子をぺしぺし叩いた。すると、


「うわっ!? 俺なんで寝てんだっ!?」 


 男の子はがばっと起き上がって思い出したみたいに、お腹を押さえた。


「いっ、てて……! あっ、剣は!?」

「持ち主に返しましたよ」

「なっ!? え、じゃあ俺はお前に倒されたっていうのか……!?」


 驚いた様子で男の子はミリーちゃんのことをじっと見る。


「どうして剣を盗ったんですか?」

 

 ミリーちゃんが優しく聞くと男の子は観念したような顔で答えた。


「……剣の練習をして竜狩りの試験を受けたかったんだ」

「そうだったんですね。でも残念ですがあなたの年では竜狩りギルドには入れないと思いますよ」


 そう言うミリーちゃんに男の子は首をぶんぶん横に振った。それから、すごく悔しそうに話しだした。


「……昨日竜狩りギルドにふらっと来たやつは、ギルドマスターに剣の腕を認められて下級と中級を飛び越えて上級の竜狩りになったんだ――」


 ん? ジェイクさんのことかな?


「俺だって剣の腕さえ認められれば年とか階級とか関係なく竜狩りになれるはずだ!」

 

 竜狩りになるのを急いでるみたいだけど、なにか訳があるのかな。

 ミリーちゃんは男の子に力強く言った。


「では鍛冶屋さんに謝りに行きましょう!」

「は!? なんで!?」 

「あの鍛冶屋さんはリンドで、いえ、ブリート島でも名高い鍛冶屋さんです! 竜狩りになるのなら将来きっとお世話になる鍛冶屋さんです! 今すぐ謝りに行きましょう! オーゼンさん、謝りに来いって言ってましたし! 謝るのなら早い方がいいですよね、サラさん!」

「え、ええ! 早い方がいいわ」

「そういうことです!」


 ミリーちゃんは男の子の手をぱしっと取って、ずんずん歩きだした。


「わ、わかったから離せよ!」

「ダメです!」

「恥ずかしいだろっ!」

「謝ることは恥ずかしいことではないです!」

「そうじゃねえよ! 自分で行くから手を離せ、バカぢからあーー!」




「おっ! さっきの嬢ちゃんたち! ナックル見に来たのか!」


 お店の前でお客さんを見送ったばかりのオーゼンさんが私たちに気づいて声をかけてくれた。


「えっと、それとは別の用事です! この子が謝りたいそうです!」


 ミリーちゃんは後ろを向いて、男の子の背中をそっと押した。男の子は視線を泳がせながら前に出ていくと、ぺこりと頭を下げた。


「……剣を盗ってごめんなさい」

「そうか、謝りに来たのか! 偉いぞ!」


 オーゼンさんは男の子の頭をわしわしなでた。


「それにしても、なんでおまえあんななまくらを盗ったんだ? それとか、あれとか、他に盗りやすくてカッコいいのがあっただろ?」

「それは……、売り物じゃないから迷惑がかからないと思って……」

「かかるわバカやろう!」

「……ごめんなさい」

「たく! それで、盗った剣でなにをする気だったんだ?」

「……俺、剣の練習をして――」


 男の子は私たちに話したことをオーゼンさんにも話した。それを親身になって聞いていたオーゼンさんは説得するように言った。


「兵士にしとけよ。竜狩りは危ねえからな」


 男の子は、まっすぐにオーゼンさんを見て、


「危険なのは十分わかってる! でも俺は竜狩りになって早く金を稼げるようになりたいんだ! それでみんなで腹一杯ご飯を食べたいんだ!」


「……そうか、ちょっと待ってろ」


 そう言うと、オーゼンさんは店の奥に入っていった。一本剣を持って戻ってきて、


「これが竜狩りギルドの試験で使われる剣だ。ウチで打っててよ。こんな感じで刃引きしてある」


 その剣を鞘から十センチほど抜いて見せてくれた。よく見ると刃のところが丸まってる。

 オーゼンさんは剣を男の子に差し出して、


「おまえにこれを貸してやるから、竜狩りになって返しに来い!」

「えっ……」

「おまえ名前はなんていうんだ?」

「……ウィル」

「ほら持ってけ。頑張れよ、ウィル!」

「うん!」

 

 男の子――ウィル君はとびきりの笑顔で剣を受け取った。

 

 オーゼンさんいいひと! よかったよかった……! なんか涙が――


 横からそっとミリーちゃんがハンカチを渡してくれた。


 


「ごめんなさいミリー、鼻水で汚してしまって、洗って返すわね……」

「いえ、そのままでいいです! 宿に着いたらすぐ他の洗い物と一緒に洗いますので!」

「そういうわけにはいかないわ。洗い物について行きます……」

「そ、そうですか、わかりました!」


 ウィル君と別れたあと、ミリーちゃんとそんなやり取りをして、私は貸してもらったハンカチをポケットにしまった。


「宿へ急ぎましょうか」

「はい」


 ミリーちゃんと宿に向かって早足で歩く。


 今頃ウィル君は、孤児院のみんなとパンを食べてるのかな。あれだけあったら人数分あるよね。パンのこと考えてたらお腹空いてきちゃった……。


 空腹を紛らわすように黙々と歩く。宿に着くと、 

 

「いらっしゃい」


 いつもいる受付の女のひとが出迎えてくれた。私たちの顔を見ると残念そうに言った。

 

「なんだあんたたちか。そういやピンクの髪の子が今さっき帰ってきたよ。伝言は伝えておいたからね」

 

 レーネちゃん帰ってきてたんだ。さすがに間に合わなかったか。パンを捏ねたり鍛冶屋に寄ったりしたから……。

 

「伝言ありがとうございます」


 今晩の宿泊代は出掛ける前に払っておいたから、そのまま二階に上がった。部屋の扉をノックして、


「レーネ、入っていいかしら?」


 はっきりとは聞こえなかったけど、レーネちゃんの返事が聞こえた気がしたから、


「入るわね」


 そう言って私は扉を開けた。バタバタと音を立てて、レーネちゃんが振り返った。ものすごく慌てた様子だった。目が合うと、



「あ、あたし! にゃにもやましいことはしてにゃいわ!?」

「え!? そ、そうにゃの!?」


 私もつられて噛んじゃった……。


「にゃ……って、はやってるんですか?」


 後ろにいるミリーちゃんが不思議そうに聞いた。

 次の瞬間、レーネちゃんの足下にドサドサといろんなものが落ちた。


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