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第15話 大神殿のパン工房

「旅行を楽しんでください、か……」


 あなたは剣を振るうんです、なんて言われたら楽しめるものも楽しめないよ……。とりあえず今日の夜は試しに『夢交換』をやってみようっと。えっと、知りたいことを三回頭に思い浮かべればいいんだっけ。なんか流れ星にお願い事をするみたい、そんなことを考えていると、

 

「サラさん、お待たせしました!」 


 通路の方からミリーちゃんの元気な声が聞こえてきた。振り向いて私は首を傾げた。


 ミリーちゃん白っぽくなってない? 髪とか肩とか。白っぽいっていうか粉っぽい?


「さっきの物音は、ハイマンさん、えっと、名物神官おじいさんが小麦粉の袋を落とした音でした!」

 

 物音のこと忘れてた……。けっこう大きな音だったけど小麦粉の袋を落とした音だったんだ。王女モードに切り替えて、


「そうだったの。ありがとう、お疲れさま」

「はい! でもすみません、小麦粉の片づけを手伝っていたら時間がかかってしまいました……」

「そんなにかかっていなかったと思うわ。少し失礼していいかしら、小麦粉がついているの」


 私はミリーちゃんの髪と肩についた小麦粉を手でさっさっと払った。

 

「あっ、ありがとうございます! あの、話し声が聞こえましたがサラさんの他にどなたかいらっしゃいましたか?」

「え!? いえ! 私だけだったわ」

「そうですか、空耳だったんですね」


 言いながらミリーちゃんは首を傾げた。

 よかった、なにもないところに向かってしゃべってるところは見られてなかったみたい。

 ミリーちゃんはぽんと手を叩いた。


「そうでした! 小麦粉の片づけを手伝ったお礼に、ハイマンさんがパンとハーブティーをごちそうしてくれるそうなのですが、どうしましょう?」

「お邪魔じゃないかしら?」

「ぜひとのことで、実はもうパンとハーブティーの準備に行ってしまって……」

「そうなの。それなら頂いていきましょうか」

「はいっ! こちらです!」


 ミリーちゃんはハイマンさんの待つ部屋へと案内してくれた。入ると、部屋はちょっと粉っぽかった。


「ほっほ。初めましてかの。わしは神官のハイマンといってな。ささ、そこに座ってくだされ」


 優しい笑顔で名物神官おじいさん――ハイマンさんが迎え入れてくれた。白い眉毛と白い髭がふさふさでサンタクロースみたいで可愛い。


「私はサラです、失礼します」


 私も名前だけ言って椅子に座る。身分を隠して旅をするってみんなで決めたから、サトースは言わない方がいいよね。


「ハーブティー持ってくるからの」


 そう言ってハイマンさんは隣の部屋に入っていった。


「おいしそうですね!」

「ええ」


 ミリーちゃんに相づちを打ってテーブルの上を見る。パンがたくさん乗ったお皿が五枚。お皿ごとにパンの種類が違うみたい。ちょっとお腹空いてるし、パン食べられるの嬉しい。


「待たせたの。さあどんどん召し上がってくだされ」


 ハイマンさんはハーブティーをテーブルに並べると向かいの席に座った。


「あの、どのくらい頂いていいのでしょうか?」


 ミリーちゃんがそう聞くと、ハイマンさんはぐっと身を乗り出した。


「遠慮せずどんどん召し上がってくだされ。実は、五皿とも新作の甘いパンなのじゃが、試食をしてもらう予定だったウチの神官たちが甘いパンはもう食べられないと言って逃げだしての。困っておったのじゃ。代わりに五皿とも試食してくれんかの?」

「はい、ぜひ!」

「ほっほ。助かるの」


 やった、遠慮せずたくさん食べてよさそう。

 

「いただきます!」


 ミリーちゃんと私はパンに手を伸ばした。一口ちぎって食べると、ほんのりとしたパンの甘さとクルミの香ばしさが口の中に広がって幸せな気持ちになった。




「どのパンが一番おいしかったかの?」


 食べおわるとハイマンさんはすぐに聞いてきた。

 クルミパンも他のパンもおいしかったけど、決めた。


「ブルーベリージャムパンが一番おいしかったです」

「私もブルーペリージャムパンが一番おいしかったです!」


 私のあとにミリーちゃんが続いた。

 そっかあ。この世界ではベリーはペリーなんだね。


「わしのイチオシもブルーペリージャムパンじゃ。お主らとは中々気が合うかもしれんの」


 そう言ってハイマンさんはほっほと笑った。


「では明日、多めに出す新作のパンはブルーペリージャムパンにするかの。あとでブルーペリージャムを自分で買い付けに行くかの」


 小さな紙にささっと羽ペンを走らせた。それからハイマンさんはミリーちゃんに言った。


「ところで話は変わるがの、最上位の『筋力の加護』を持っておる、お嬢さんの力を見込んで頼みたいことがあるのじゃが」


 最上位の『筋力の加護』……初めて聞いた。そういう加護があるんだ。『夢交換』で加護についての記憶も見ておこうっと。

 ミリーちゃんは胸を張ってハイマンさんに言った。


「私ですか? サラさんも同じ加護を持っていますよ! それどころかサラさんはほとんどのっ…………ますよっ!」


 最後もごもごした! そっか。「ほとんどの加護を持ってますよ!」て全部言っちゃうと、私が王女ってバレちゃうと思ったのかな。

 不安げな顔でミリーちゃんがちらちら見てくる。大丈夫だよって顔をして見返してみたけど伝わってなさそう。気持ちを伝えるのって難しい……。

 ハイマンさんは、もごもごしたところを聞き返さずに話を進めてくれた。


「ほっほ。かなり珍しい加護じゃがの。まさか二人とも持っておるとは。頼みというのは、その力でパンの生地を捏ねてもらいたいのじゃ」


 パンを捏ねるのってそんなに力いったかな?


「このとおり、わしの腰は痛んでおっての。もう力が入らんのじゃ。お願いじゃ捏ねてくれんかの」


 申し訳なさそうに言ってハイマンさんは腰をさすった。

 腰痛そうだし、ごちそうになったし、パン生地を捏ねるのはちょっと楽しそうだし、うん。

 

「ミリー、手伝っていきましょうか」

「はい!」

 

 ハイマンさんのパン工房でパン生地を大量に捏ねることになった。




「本当にこんなに頂いていいんですか?」


 大神殿の門の前で、パンでパンパンの袋を抱えてミリーちゃんがハイマンさんに聞いた。


「気にせず持っていってくだされ。お主らが大量に捏ねてくれたパン生地のおかげで、新作のパンを大量に作れるからの。それのお礼じゃ」

「ありがとうございます! サラさん、しばらくおやつには困らないですね!」

「ええ」

 

 笑顔で言うミリーちゃんに頷く。それにしても本当にあんなに焼くのかな。テーブルの上に乗った大量のパン生地が頭に浮かぶ。


「ウチの神官たちは非力じゃから大量にパン生地を捏ねるのも嫌がっての。助かったわい。ほっほ」

「お力になれてよかったです。そろそろ行きましょうか、ミリー」

「はい!」


 ハイマンさんはほっほと笑って、


「お主らの行く先に幸多からんことを。無事に戻られて元気な顔を見せてくだされ」


「はい!」 

「はい、必ず!」


 私とミリーちゃんは元気よく返事をした。門の前まで見送りに来てくれたハイマンさんに手を振りながら、私たちは大神殿をあとにした。


「久しぶりにハイマンさんに会えて神様にお祈りができて、本当によかったです!」


 すごく嬉しそう。ミリーちゃん、大神殿を出る前に真剣な顔で祈ってたもんね。祭壇の後ろの壁に大きな半月の模様があったけど、あれが信仰する宗教のシンボルマークなのかな。

 

「けっこう時間が経ってしまいましたね。レーネさんがそろそろ宿に戻ってくるかもしれません」


 ミリーちゃんはきれいに晴れた空を眩しそうに見上げた。


「そうね。宿に書き置きと伝言は残したけれど、私たちがいないとびっくりするかもしれないから急ぎましょうか」

「はい!」


 帰りは寄り道せずに宿に向うことにした。途中、通りが騒がしくなって後ろを振り返ると、


「どけどけーーーー!」


 剣を持って必死に走る中学生くらいの男の子が私たちに迫っていた。


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