白米
「美味しいご飯がたべたいんじゃ!」
「ミツクニ君、突然どうしましたか?」
「美味しい白ご飯がたべたいんじゃ!」
「ああ、この世界のお米は美味しくないですからね。白ご飯で食べられる代物ではありませんね。」
「白米が恋しいよう。」
「つまりは、農業に手を出そうということですか?ミツクニ君のチートは農業には向いていないと思いますが。」
「応用すれば何とかなるでしょ。ということでハヤシ君。アイデアください!」
「ミツクニ君・・・。」
ミツクニは生産系チートを二つ持っている。一つは、「図解・明解・魔法陣辞典」。膨大な量の魔法陣が図解された辞典だが、ミツクニにしか見えない。この世界の人間が把握していないような魔法陣も多数収録されており、ミツクニの魔道具知識の源泉となっている。もう一つは、「匠の手」。ミツクニの手は、あらゆる物を自由自在に加工することができる。微細な加工もお手の物で、複雑な魔法陣を極小サイズで刻むことができる。この二つのチート能力により自由自在に魔道具を生み出すことができるのだが、お頭が残念なので上手く生かすことができていない。直接的には農業に向いた能力でもないため、美味しいお米作りは難しいだろう。
だが、いつものガラクタとは違って白米には価値がある。何かアイデアを考えてあげよう。
「稲の品種改良が必要になりますね。品種改良は偶発的にできた異常種を育てたり、異なる種同士を掛け合わせたりすると聞いたことがあります。何にせよ先ずは稲を育てないと始まりませんね。」
「それでは美味しいお米ができるまでに何十年もかかってしまうよ。何かもっと早く出来る方法は無いの?」
「そうですね。スモールライトとビッグライトとタイム風呂敷があれば品種改良も早くできるかもしれません。」
「ハヤシ君!無茶苦茶言うね!タイム風呂敷みたいな時間操作は憧れるけど、僕の「図解・明解・魔法陣辞典」にもそれっぽいものは載ってないんだよ。」
「そうすると、遺伝子組換えですか。「匠の手」で直接遺伝子を弄れないのですか?」
「遺伝子なんて見えないので弄りようがないよ。」
「それでは視点を変えましょう。美味しい米を育てるのではなく、今ある米を加工して美味しくするのです。」
「そんなことできるの?」
「それにはまず、この世界の米について考える必要があります。私も食べたことがありますが、黄色くて匂いが強く、不味いと感じました。あまりの不味さにスラム街の住民の食事と認識されています。不味さの原因の一つは精米技術の未熟さにあるのではないでしょうか。もっとしっかり糠層を取り除けば美味しくなるかもしれません。」
「精米機を作れば美味しいご飯が食べられるのか!」
「いえ、そんなに簡単ではありません。粒の大きさや色も揃っていません。これは育成状態がバラバラなためと思われます。」
「農家さんに収穫時期を指導しないといけないの?」
「ミツクニ君。この街に米農家はいません。あれは野生の物です。」
「ええ!野生なの!?」
「はい。農家でも何でもない素人が見つけて刈ってきたものですから、育成状態はバラバラなのです。これについては、理想は自分で農園を拓くことですね。次点で、自身で育成状態の良い野生種を収穫することですか。」
「農園を拓くのは大変だよね。となると自分で刈ってくるのか。」
「将来的に米の安定供給を目指すなら農園も必要でしょうが、とりあえずは良さそうな野生種を私が探して収穫してきましょう。ミツクニ君はその間に、脱穀、乾燥、精米に適した道具の開発をお願いします。」
この世界の食糧事情は量の点では悪くは無い。スラム民も飢え死にすることは少ない。というのも、自然の恵みが豊富だからだ。森に行けば木の実や野草が簡単に見つかる。動物も多く、狩りの技術さえあれば肉も手に入る。そして、取っても取ってもいつの間にかまた増えている。
だが街の外にはモンスターが出没して人間を襲う。食料を得ようと森に行けばモンスターに襲われるのだ。この世界では餓死が少ない代わりにモンスターに殺される人が多いのだ。
米も野生で生えているため刈ってくることができる。不思議なことに、季節に関係ない。この街周辺が日本で言う秋と春を交互に繰り返すような気候なのだが、森には一年中作物が実っている。そんな気候で米が育つのかとも思うが、種が違うとしか言いようがないだろう。そもそも世界が違うのだ。
ということでモンスターさえ避けられれば、米の入手はそれほど難しくは無い。
私もミツクニとは違うチート能力を持っている。それは「ゲート」という能力だ。離れた2点の空間を繋ぐゲートを開く能力で、ゲートをくぐれば一瞬で遠い距離を移動できる。この能力があるのでモンスターに遭遇しても簡単に逃げることができる。
森に入り野生の稲を探した。黄金色となり、実の詰まった穂の重みで頭を垂れたものを探して刈り取っていった。モンスターが居ればゲートで逃げた。モンスターが居なくてもゲートで移動時間を短縮し、最高効率で稲を集めた。
「ミツクニ君、稲を集めて来ましたよ。」
「早過ぎるよ、ハヤシ君!まだこっちは何も準備できてないから!」
「では直ぐに準備してください。まずは脱穀からですね。」
「むむむ。直ぐにか。ここは回転式脱穀機だな。足踏み式なら楽だろうし、簡単にできるぞ。」
ミツクニは材料を「匠の手」で自在に加工することができる。常人なら作ることが難しい物でも、イメージさえ固まっていれば容易く作れてしまう。早速、回転式脱穀機ができあがった。自転車のペダルを漕ぐ要領で脱穀機を回転させ、そこに稲穂を突っ込めば脱穀される。実際にやってみながら微調整して完成した。脱穀機は人力の機械式となった。
続いて乾燥。乾燥は早過ぎると米が割れるのだが、「要するに、組織を破壊せずに水分だけ奪えばよいのでござろう。」と言うとミツクニが「図解・明解・魔法陣辞典」を開いて、置いてあった箱に魔法陣を描いた。乾燥機は魔道具となった。
次は籾摺り機を開発する。馬車の時に開発したゴム製タイヤを流用し、二つのタイヤの間で籾を摺って籾殻と玄米を分離する。更に風で籾殻だけを飛ばして玄米だけを回収する構造だ。二つのタイヤの幅や回転速度、風速などを調整して完成させた。籾摺り機は機械と魔道具の融合したものとなった。
異常な速さで進んでいた米の加工も、ここでとん挫した。
「明らかに米でない物や質の悪そうな米が混じっているね。」
ミツクニの言う通り、できた玄米の中には異物が混入している。このままでは「美味しいご飯」はできない。
「私も詳しくは分かりませんが、恐らく元も世界でも選別作業はあったのでしょう。まさか手作業とは思えませんので、何らかの機械的手法で実現できるはずです。」
「AIで自動判定して異物を取り除くのかな。専用のゴーレムとか作ればいけるかな。」
「いえ、AI何て無い時代から工業的手法によって何とかしていたはずです。思いつく方法としては、篩などでしょうか。玄米から異物を取り除くのではなくて、この中から確実に玄米である物だけを取り出すと考えたらどうでしょうか。多少玄米が廃棄側に周ってもしかたないでしょう。」
「篩って、均一な網目のあれだよね?」
「もちろん。」
「「匠の手」なら出来るには出来るけど、大変だよ?」
なるほど。手作業で網目を作るとなると大変だろう。だがそこは。
「頑張ってください。」
ミツクニが頑張れば済むことだ。
篩の作成は思ったよりも大変だったようで、完成までに10日もかかった。だが完成した5層構造の篩により玄米の選別には成功した。
「流石ミツクニ君。やればできますね。」
「ハヤシ君が辞めさせてくれなかったんじゃないか!」
「一度始めたからには完成させましょう。美味しい白米が食べたいのでしょう?」
「言い出したのは僕だけど、何だか今回はハヤシ君の方がやる気じゃない?」
「そうですかね。私も元、白米を愛する日本人ではありますから、やる気があることを否定はしません。さあ、完成させますよ。次は精米です。」
「精米ってどうすればいいの?」
「米の表面を削るイメージですね。削った後は、削れカスと米を分離するのにまた篩に掛ける必要がありますね。」
「また篩!?もう嫌だぁ~。」
泣き出したミツクニの尻を叩いて3日で精米機を完成させた。
ついに食べられる段階に辿り着いた。炊飯器は無いので鍋で炊いた白米をミツクニ特製の茶碗に盛り付ける。
「臭いは大分マシになりましたね。見た目もよくなりました。後は味ですね。それでは早速試食しましょう。」
「いただきます!はむはむ、うほっ!美味しいでござるよ!!」
「うーん。口に入れるとまだ臭いが気になりますね。それと少しまとまりが悪いですね。」
「そうですかな?十分では?」
「やはり水田から作るべきでしょうか。それには農地を確保しなければいけませんね。ですがこの街は農業が全く行われていませんので、農地を作る許可は得られそうもありませんね。農業に理解があり水田を作るのに向いた街に移住するか、いっそ自分の領地を持った方がよいかもしれませんね。」
「ハ、ハヤシ殿!話が大きくなり過ぎでござるよ!たかが白米で領地を持とうなどとは拙者でも考えないでござる!!」
「たかが白米?」
「い、いや、失言でござった!白米は大切でござる!」
「そうですね。引き続き改良していきましょう。」
「ハヤシ殿のキャラがいつもと違い過ぎるでござる~ぅ~。」