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ポンコツ生産系チーターの助手  作者: 助手の助手
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バイブレーションソード

「できた!苦節10年つ」


「まだ転生してから3年ですよね。」


「いにっ、・・・苦節10日、ついにあの伝説の武器が完成したのだよ。ワトソン君。」


「誰がワトソンですか。あなたはホームズか。」


「いやいや、僕には名探偵よりも発明王の名こそが相応しい。エジソンかゲンナイか。うん?ゲンナイいいね。これからはゲンナイと呼んでくれたまえ。」


「それで、ミウラミツクニさん。その剣が完成品ですか。」


「あ、うん。そう。」


 この水卜光国ミウラミツクニという男は自分のフルネームが嫌いなようで、フルネームで呼ばれると一気に気分が盛り下がる。調子に乗ってウザい時にはフルネームで呼ぶようにしている。


ミツクニは直ぐに気を取り直すと、右手に持った剣を高々と抱え上げて解説を始めた。


「この剣こそが生産系チートの基本にして至高の武器、バイブレーションソードだ!剣は材質を良質な物に変えていくことで威力を上げるのがファンタジーの基本だ。しかし、このバイブレーションソードは普通の剣と変わらない材質で安価に制作できるのに、刃を高速振動させることで切れ味だけを究極に高めることができる、革命的な武器なのだよ!ふっふっふっ。見ていたまえ。実演しよう。」


 ミツクニが剣の刃の根元に刻まれた魔法陣に触れると、魔法陣が淡い光を発しだした。見た目はそれ以外に変化はない。魔法陣はそれに触れて魔力を注入することで効果を発揮する。本来、魔法陣は光らなくても効果を発揮するのだが、ミツクニは必ず魔法陣に光る効果を追加する。その理由は起動していることが分かるようにという実用的な理由ではなく、その方が格好いいと思っているからだ。


「ふっふっふっ。見ても分からないだろうが、これでこの刃は高速振動しているのだよ。見て分からないのにすごいっていうのも格好いいだろう。」


次にミツクニは試し切り用に木の棒を取り出すと、それにゆっくりと剣の刃を押し当てた。すると何の抵抗も無いかのようにスーっと刃が木の棒に入っていき、なんともあっさりと木の棒を切断した。ほとんど力を入れた様子が無い。


「どうだね、ハヤシ君。バイブレーションソードの切れ味は素晴らしいだろう。」


 林敬ハヤシケイ。私の名前だ。この世界に来てからは鑑定するとカタカナ表記で現れるので、「ハヤシケイ」がこの世界での私の正式名称と言ってよいのだろう。苗字と名前の区切りはこの世界に来てから無くなった。区切り位置を間違えて変換すると「早死刑」になってしまうので、フルネームは言わずにハヤシと名乗るようにしている。ミツクニにもそう呼ばせている。


「そうですね。素晴らしい切れ味です。」


「それでは早速実践で試すとしよう。」




 私とミツクニは同時期にこの世界に転生した。元の世界では知り合いでは無かったが、こちらの世界に転生してから出会い、同じ境遇ということで協力関係を築いている。

ミツクニは元の世界ではオタクに分類されるだろう。異世界転生物のネット小説などを読み漁っていたようで、自分が異世界転生しても悲嘆せずに、寧ろ歓喜していたようだ。だが転生後の暮らしは厳しかったようで、私と出会った頃はスラムで最底辺の生活をしており、今にも死にそうな状態だった。

 私もミツクニも同じ事故により元の世界では死んでいる。自分のことなので死亡を確認できてはいないが、あの状況ではまず間違いなく死んだだろう。だから元の世界に戻りたいなどとは考えていない。運よくこの世界で新たな体と生命を貰えたのだから、素直に第2の人生を楽しもうと思っている。だが、元の世界のことを話せる相手というのは貴重だ。だから例え少し抜けたところのあるミツクニの様な人物でも、友人として大切にしていきたいと思っている。

 そんなミツクニは転生するときに「生産系チートを下さい!」と頼んだそうだ。そして貰った能力とオタク知識を活かして今は新たな魔道具を開発している。私は生活力の無いミツクニを金銭的に支えてやっているので、スポンサーの様な立ち位置だ。もしくはパトロン。だがミツクニは助手か何かと勘違いしているようだ。




 そんなミツクニに着いて行き、街を守る外壁を潜り、街の外に出た。この世界は、街の外には人を襲うモンスターが出没する恐ろしい世界だ。ミツクニが持つ剣も、この世界の人々にはモンスターと戦うために必要な物と認知されており、持ち歩いていても誰も見咎めたりはしない。平和だった元の世界であれば持ち歩いているだけで銃刀法違反として即通報されたことだろう。


「モンスターさ~ん。出ておいで~。」


ミツクニが間の抜けた声でモンスターを呼んでいる。もちろん呼んだら出てくるということはないのだが、早く剣の効果を試したくて仕方がないのだろう。ミツクニの間の抜けた声を聞きながらモンスターを探して街から離れていく。

 しばらく歩くと本当にモンスターに遭遇した。幸運なことに1体だけだ。


「おお!あれに見えるは人類の敵にして恐ろしく強力なモンスター、オーガーではないか!バイブレーションソードの力試しには調度良い!」


「あれはオーガーではなくゴブリンですよ。モンスターと戦うことを生業とする者にとっては雑魚ですね。」


「むむっ。そこは気分だよ、ハヤシ君。まあいいか。ゴブリン、覚悟!とりゃ~!」


ミツクニが剣を掲げて切りかかった。

ゴブリンは人間の子供でも戦えるような、雑魚に分類される人型のモンスターだ。但し群れを形成する習性があり、群れとなった場合には一気に危険度が増す。まあ今回は運よく一体のみなので雑魚なのだが。


「ギャッ!!」


 ミツクニの剣がゴブリンの体に叩きつけられてゴブリンが悲鳴を上げた。ミツクニの狙いは甘く、ゴブリンは腕で体を庇うことに成功していた。腕に食い込んだ剣はそこで止まってしまっている。ミツクニは力で押し切ろうと剣を押し付けているが、ゴブリンだって生きようと必死だ。何とか距離を取ろうとミツクニの体を蹴ってきた。


「うわっ!」


 蹴られたミツクニはよろけて尻餅をついてしまった。モンスターとの戦闘中にあるまじき失態だ。だが剣を手放さずにしっかり持っているのはミツクニにしては上出来だろう。


「貸してください。」


 私はミツクニそばに近寄ると、その手から剣を奪い取りミツクニとゴブリンの間に立った。


「例えゴブリンと言っても油断してはいけません。細かな攻撃で着実にダメージを与えるか、一撃を狙うなら首や頭を狙いなさい。」


 そう言いながらスッとゴブリンに近付き、ゴブリンの首に剣を突き立てた。ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく息絶えた。別に私が強いわけではない。ゴブリンは1体だけであれば雑魚なのだ。それ以上にミツクニは弱かったわけだが。


「何故だ!バイブレーションソードならゴブリンくらい易々と切れる予定だったのに!」


「それについては家に戻ってから話しましょう。ここはモンスターが出る領域です。長々と話すには向きませんよ。」




 駄々っ子のように「何でだ」、「どうしてだ」、と騒ぐミツクニを引きずって帰路についた。家に帰りつく頃にはさすがのミツクニも大人しくなり、ブツブツと呟きながら失敗の原因を考え始めた。


「何でゴブリンはサクッと切れないんだよ。超音波切断機の振動条件は完璧に暗記しているし、その通りの魔法陣を作ったはずなんだ。もしかしてネット情報が間違っていたとか?いやいやそれはない。ソースは複数だし、テストでも切れ味が良いことを確認している。失敗の要素なんてどこにも無いじゃないか。物理を超越したマジカルな何かが邪魔をしているのか?ゴブリンをサクッと切るには僕のレベルが足りないとか。マジカルな何かが原因じゃあ対処しようがないじゃないか。くそっ、生産系チートに思わぬ障害がっ。」


「ミツクニさん。物理的な解釈を諦めるのは早計だと思いますよ。まずは設定した振動の条件を教えてください。振動エネルギーを算出してみましょう。」


 ミツクニから振動条件を聞き出して振動エネルギーを算出し、剣を振り回すことによる運動エネルギーと比較してみせた。すると剣を振り回すことによる運動エネルギーの方が桁違いに大きいことが分かった。それはそうだろう。ミツクニは元の世界の超音波切断機の振動条件をインターネットで調べて暗記していやたようだが、元の世界の超音波切断機は主に綺麗に切ることを目的とした工作用の技術だ。それをそのまま真似しても叩き潰すことを目的とした重量武器である剣に適用して相応しい条件であるはずがない。


「この通り、振動エネルギーは剣を振り回す運動エネルギーと比べて大分小さいことが分かります。これでは武器の威力を高めることにはならないでしょう。」


「でも試し切りでは切れ味が増したのに。」


「そうですね。熱したナイフでバターを切るかのようにすんなりと刃が入っていきました。まさにそこが落とし穴です。熱したナイフは、ナイフの熱で周辺のバターを溶かすことで全く抵抗なくバターに刃が入っていきます。ですが、熱で溶けるよりも速くナイフを動かしたらその効果は得られないのですよ。同じように超音波切断機も、ゆっくり刃を当てる場合には振動が切断能力を高めてくれることが実証されています。ですが、振動効果を得られないほど速く振り回す剣での攻撃では効果は得られません。剣を振り回すことによる力よりも高い振動エネルギーを瞬間的に与える条件ならば別でしょうが、今のままではエネルギーが不足しています。一般的な超音波切断機の振動条件は剣での攻撃用には向かないと言えるでしょう。」


「ガクッ。何時か役に立つと思って暗記したのに、全くの無駄だったとは。」


「更に、ミツクニ君はゴブリンに食い込んだ剣を、何とか切断しようと力任せに押し込んでいましたね。がっちり食い込んだ上に力任せに押し込まれた状態では、剣の刃は振動できていなかったでしょう。あの状態では普通の剣と変わりませんよ。」


「それも押し付ける力に対して振動の力が不足しているということですな。エネルギーに加えて力不足となると、なるほどなるほど。そうか!もっと振動の力とエネルギーを高くしてやればいいんだ!」


「そうなのですが、それは現実的ではありません。振動エネルギーを算出したことからも分かる通り、振動はエネルギーを持っています。振動エネルギーを高めるなら、当然ながら使う魔力量は増加します。剣による攻撃の威力を高めるほどのエネルギーを得ようとするとかなりの魔力を消費することになるでしょう。大きな魔石を組み込まねばならなくなり元々のコンセプトである安価から外れてしまいます。また、振動エネルギーを上げていけばそのエネルギーは熱や音として放出されることでしょう。ブーンと音がする剣は格好悪くないですか?」


「うぐっ。たっ確かに格好悪いでござる。でも、超音波切断機の切れ味は振動の熱による溶断説というのがあったでござる。熱は持っても良いのでは。」


 追い詰められたミツクニの口調が可笑しくなってきた。ミツクニは精神状態によって妙な口調になる癖がある。だが気にせず話を続ける。


「熱に弱い物を切る場合には切れ味を増す要素に成りえますが、熱による溶断効果を狙うなら直接刃を加熱した方がよいでしょうね。狙っていた技術の本質はそこではないはずです。それに熱が持ち手に伝われば熱くて持っていることができなくなりますよ。」


「うぐっ。確かに。」


「それから、剣の威力を高めるほどの振動を与えても人間が持って居られる物なのかが疑問です。刃と柄では、刃の方が大きく重いため慣性力は強いです。柄を手で持って居なければ刃ではなく柄が振動することでしょう。つまり柄の振動を手で抑え込むことで刃が振動するのです。振動エネルギーを高めすぎると柄を持つ手にも影響がでると考えられます。」


「な、なるほど。」


「さらに言えば、そんなに強い振動を支えられる部品があるのですか?刃と柄の接続部は振動を直接受けることになります。熱も持ちやすい場所ですが、大きくはできない。振動を強くしていけば熱と振動に耐えられず接続部が破損することでしょう。」


「せ、接続部はマジカルな素材で何とかならんでござろうか。あぁ、しかしそうするとコストが。で、では、ハヤシ氏はバイブレーションソードなど嘘っぱちだというのでありますか?」


「そうとも言えません。振動させる方法が魔法陣という物理では説明がつかない力なのですから、高エネルギーの振動をしても発熱もなく、持ち手側にも振動を伝えず、部品にダメージの無いマジカルな振動が実現できるかもしれません。さらに言えば、物理だけではなくマジカルな作用により切れ味を増すということは考えられます。つまり、そもそもミツクニさんが開発すべきだった物は、物理的な振動発生器ではなく、マジカルパワーで剣が振動しながら切り味が増す何かだということです。別に異世界で元の世界の超音波切断機を再現したかったのではないでしょう?」


「おお!確かに!マジカルパワーで剣が振動しながら切り味が増す何か!確かにそれが僕の作りたかったものだ!って、あれ。それって振動する意味ないのでは。エンチャントウェポン的な武器強化魔法でいいのでは?」


「エンチャントウェポンとバイブレーションソードでは、どちらが格好いいですか?」


「バイブレーションソードだね!確かに、確かに!一理あり!無駄に振動する機能付きの武器強化魔法陣付きの剣、その名もバイブレーションソードを、僕は必ずや開発するであります!」


 自分で「無駄に振動する」と言ってしまっているが気付いているのだろうか。

 今回は違う物に誘導したが、真の意味でのバイブレーションソードもミツクニのチートなら実現可能だろう。但し魔力の浪費が激しくなると思われこの世界では実用性は低い。

魔道具を動かすには魔力が必要だ。人間の体内に内包する魔力か、魔石と呼ばれる宝石が内包する魔力を消費して魔道具を動かす。魔石は換金性が高いので、魔力を浪費すると「金」を食うのだ。

 バイブレーションソードよりも、超音波切断機の方が「金」になる。


「バイブレーションソードの開発は好きにしてよいですが、今回の技術は解体用ナイフや細工用ナイフになら使えるかもしれません。ナイフで作ってみてください。材料はこちらで用意しておきますのでよろしくお願いします。」


「任せたまえ!その程度の物で良いならパパっと作ってあげよう!」




 その後、切れ味抜群の超音波ナイフが魔道具として高値で販売され、一部で人気となりハヤシの懐を温めた。だがそんなことにミツクニは興味がない。ミツクニの興味はバイブレーションソードこと、(無駄に)振動する機能付きのエンチャントウエポンソードにこそあるのだった。


ポンコツ生産系チーター、ミツクニの迷走は続く。

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