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今日もジェニファーが庭いじりに精を出していたところへ、ひどく慌てた様子のケイトが現れる。急ぎすぎて息を吸うことを忘れていたらしく、ジェニファーのもとまで来る頃には顔を真っ赤にしていた。


そのひどい有様にジェニファーは一抹の不安を抱く。ケイトがこうやって急いでやってくる時は大体自分の趣味に時間をあてられなくなる。急いでスコップやバケツを手に持つと、研究室に向かうために足にぐっと力を入れて走り去ろうとする。


しかし、その腕をがっちりホールドされる。ケイトが目をギラッと光らせる。ジェニファーは内心冷や汗を垂らしながら、いやいやと首を横に振る。



「ケ、ケイト・・・・」


「お嬢様・・・さぁ・・・・今すぐ・・・・」


「い、いや・・・・・」


「今すぐお着替えしますよ・・・・!」



どこから呼び出したのか、複数の女性使用人に羽交い締めにされる。そしてそのまま自室まで持ち運ばれると、いつものように湯船にどっぷりと浸される。今日は何やら湯にオイルを混ぜているようで、ふんわりと薔薇の香りが鼻に届く。


それは湯船だけでなく、シャンプーやボディーソープにも含まれているようで全身薔薇の匂いに包まれる。入念に爪の間も洗われ、湯を頭からかけられると使用人たちにタオルを押し付けるように拭かれていく。いつもならごしごしと束子(たわし)で鍋の底を洗うように力強く拭かれるのに今日は優しい。その優しさが怖い。


ジェニファーは素っ裸のまま部屋へと運ばれる。ケイトが手をオイルでべっとりと光らせた状態でこちらに両手を広げている。何を今からされるんだと怖くなったジェニファーがバスローブを持って逃げようとするが、再び使用人たちに腕を掴まれてしまう。



「お嬢様・・・・・」


「・・・ケ、ケイト・・・・・」


「御覚悟・・・・・!」



ジェニファーの断末魔が屋敷に響いた。


全身薔薇の匂いに包まれ、ジェニファーは今年の流行色だという薄紫のワンピースを着せられる。丸襟のついたその胸元にケイトがブローチをつける。スペンサー家の血を引く者を表す紋章が描かれており、何か式典や催し物がある際にしかつけないとても高価なものだ。


一体何が今から始まるんだ。とケイトを見ていれば、次はヘアセットを行うのか口元にピンやヘアゴムを咥えながらジェニファーの髪に触れる。耳の上から編み込みをしていき、後頭部までそれを続けるときゅ、とまとめていく。それをもう片方作り、後頭部で一つにすると丸まった髪を隠すようにバレッタがつけられた。もみあげの部分はわざとゆるめられ、前髪は左右に分けずにそのまま下ろすらしい。



「はい、清楚ですね」


「ケイト、いい加減教えてください。これから何があるんですか?」


「それは馬車に乗ってからお伝えします」


「(どこかに出かけるのか・・・・)」



しかしいつも以上の入念な仕上げにジェニファーは首を傾げる。ケイトに化粧をされている間も、父や兄が何か表彰されるようなことをしたのか、父の領地を抜き打ちで大臣が調査しに来たのかなど考えるが、どうにも腑に落ちない。


なぜって、ここまで良い香りで包まれているからだ。


なんだろう、嫌な予感がする。しかしここまで支度が済まされてしまうと今更狸寝入りをするなどできない。ジェニファーは大きなため息をつきながら、腕を引いて立ち上がらせるケイトをじとっとした目で見つめる。



「ケイト・・・・あまり乗り気ではありません」


「どうぞ乗り掛かった船ですから存分に船旅をお楽しみください」


「意味が分かりません」


「さぁっ、そろそろ到着するでしょうから向かいますよ」


「・・・・・・」



ケイトに腕を引かれ、渋々自室を出る。そして一階まで降りるとジョージがエントランスで待っていた。


ジェニファーに気づくと、ジョージが深々とお辞儀をする。それに手を振って応えればケイトに「お嬢様がすることじゃない」と叱られた。いいじゃないか、誰が見ているわけでもないのだから。


エントランスから外に出る。そこには、おそらくウィリアムのだろう馬車があった。馭者がジェニファーに気付き、帽子をとって挨拶をする。


なるほど、ウィリアム様か。とジェニファーは納得する。だからあれだけ入念に手入れをされたわけだ。いや、しかしいつも以上だったような気がする。


そこで、ジェニファーは普段から馬車に乗って現れるウィリアムがいないことに気づいた。きょろきょろとあたりを見回すと、その仕草に馭者がにこりと笑った。



「お屋敷でお待ちですので、どうぞお乗りください」


「お屋敷・・・・・?」


「はい。あれ、聞いていませんか?」


「・・・・・・・」



聞いていないということは、聞かされていないということだ。そこでケイトを振り返る。するとケイトが胸の前で手を合わせながらにっこりと嬉しそうに微笑んだ。



「本日、ウィリアム様のお屋敷で小さなお茶会が開かれるそうです」


「・・・お、・・・お茶か・・・・」



お茶会など一つも楽しくない貴族の嗜みだとジェニファーは思っている。お茶会ともなればお嬢様がわんさかいるはずだ。ウィリアムが主催のお茶会ならば、お嬢様が参加しないはずがない。


嫌だ。知らないお嬢様と通じ合わない会話をするなんて。ジェニファーは首を横に振って今すぐ屋敷に戻ろうとする。しかしケイトが腕を掴み、そしてジョージが両手を広げ通せんぼすることで妨害する。


馭者も参加するつもりなのか、じりじりと詰め寄られる。



「お嬢様、ウィリアム様がお待ちなので・・・私も早くお連れしないといけません・・・・」


「お嬢様っ!さっさと覚悟を決めて馬車に乗ってください!」


「(いやだぁぁぁ・・・・・・・)」



結局ケイトに馬車へ押し込まれ、馭者がささっと馬車の上に乗ると馬へ鞭を打って素早く走り出してしまう。そして納品完了とばかりにジョージとケイトが嬉しそうに手を振って見送る。



「(・・・・覚えていろ・・・・特にケイト・・・!)」



ジェニファーは窓枠をぎゅう、と壊さん勢いで握り締めながら二人を恨んだ。


そして見えてきた大きな屋敷に、表情を暗くした。



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