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風魔と秀吉

風魔小太郎は北条氏政へ駿府での結末を報告した。


「お屋形様。武田の船を奪いました。二の丸の堀に置いてありますので後でご覧下さいませ。木造の船に鉄の板が貼ってあります。また、大きな鉄砲、大筒と名付けましたが七尺程の鉄の球を飛ばす武器が付いております」


「何だと。武田はそのような物を作っておるのか。直ぐに城下の鍛冶屋に見せ真似させよう」


「それとこれは想定外でございますが、」


「何だ?」


「武田勝頼の子供、信平を人質にとって参りました」


「何だと!そんな事は命じてないぞ。それでは、いや、・・・待て。」


氏政は驚いた。それでは北条は卑怯者ではないか。だが、近年織田信長がやっている事はもっと酷い。上手く利用する方法を考えはじめた。


その後氏政は小太郎と武田船に乗船し、武田水軍の技術に驚かされた。直ぐに絵図をひかせ、鍛冶屋を呼んだ。


「この羽根のような物は何だ?」


「この車を回しますとその羽根が回り船が進みます。このような船は見た事がありません。南蛮の技術ではないかと思われます」


同席していた松田憲秀に水軍の梶原景宗に小田原へ来るように指示し、この船を預ける事にした。


それを聞いた風魔小太郎はニヤリと心の中で笑った。

風魔小太郎は勝頼の子供、信平を氏政に渡し箱根の風魔の里へ帰還した。そこには、造船所攻めから戻った配下が武田の武器の恐ろしさについて話していた。

小太郎は、総勢100名まで減った風魔の民に自分が小太郎である事を明かした。そして、今後の風魔のあり方について説明した。







25年前、秀吉こと藤吉郎は尾張の実家を飛び出し、遠江、駿河を渡り歩いていた。今川義元全盛期の頃で北条、今川、武田が同盟を結び、徳川家康はまだ今川に人質になっていた。藤吉郎は将来の為に自分磨きの旅に出ていた。

遠江では今川家家臣松下之綱に仕えたが水が合わず、駿府で行商を始めた。持ち前の明るい話し方で人気が出たが地元のゴロツキにショバ代を要求され喧嘩になり、今度は小田原へ向かった。箱根の山で迷子になり、双子の子供に助けられた。助けてもらったお礼に途中の茶屋で買った団子を渡し、いつか俺が偉くなったらもっと凄いお礼をしようと言って、木下藤吉郎だと名乗った。

その後目が出ず、尾張の織田家の殿様が面白いという話を聞き尾張へ戻った。そして織田信長に仕えるようになった。

暫くして、信長に気に入られ出世を重ねた。姓を羽柴に変えた頃、双子の一人が接触してきた。


「木下藤吉郎様、今は羽柴秀吉様でしたな。私を覚えておいでで?」


「うーむ。もしやあの時の双子か。いやー、その節は世話になった。しかしどうやってここへ来た?」


「どうやってもなにも、普通に入れましたが。護衛が甘いようです。先程織田信長様も近くで見て参りました。怖いお方ですな」


「何と、忍びであったか。何処の者だ、伊賀か?」


「何故伊賀者とお思いか?」


「殿が伊賀者を使っておるのでな。それならば殿に近付けよう」


「さて、それはともかく。今日私が参ったのには理由がございます。以前お助けしたお礼を貰いに来たのです」


「ほう、今のわしなら多少のわがままは通せるぞ。望みを言うがよい」


「羽柴様の天下獲りを手伝わせて頂きたく。私は箱根を根城にする風魔の者でございます。今は北条家にお仕えしております。北条氏康様がお亡くなりになり氏政様が跡を継がれましたがおそらく北条はいずれ滅びるでしょう。跡を継がれたのが氏邦様ならばと思う事もありますが。氏政様は立派な方ですが今の戦国を生き延びるには、厳しい。広い視野で物事を見れるお方ではないのです」


「何故わしなのじゃ。我が殿ではないのか?」


「箱根でお会いした時から面白いお方だと見て参りました。信長様のやり方は危うい、いずれ何方かに脚を掬われるでしょう。風魔はそれが羽柴様だと思っております。風魔は長年北条家に仕えて参りましたが、このままでは共に滅びるでしょう。私は風魔を残したいのです。それに何やら信長様に内緒で暗躍されているご様子。まあ今日はご挨拶のみ。いずれまたお目にかかりに参ります」


そう言った瞬間、男は秀吉の視界から消えた。北条に風魔か。これも秀吉の強運のもたらすものか、と秀吉は他人事のように呟いた。







甲斐から進んだ武田軍は滝山城を落とした。武蔵の国衆が武田になびいた為、支え切れないと判断した北条氏邦は小田原まで退いた。鉢形城では大道寺政繁が奮戦していたが、滝山城落城を知り、自らの命と引き換えに兵の身の安全を交渉し城を明け渡した。武田軍の軍監、山県昌景は大道寺政繁の命は取らず捕虜として小田原まで同行させた。

小田原へ向かう最中に勝頼から伝令が来た。兵の半分を返し、備えよと。小田原へは関東の国衆を集めろという命令だった。

山県昌景は、信濃勢を戻し滝山城で武田信豊と合流した。勝頼の指示を伝え、兵の一部を甲斐から駿府へ向けた。

信豊は久しぶりの戦で燃えていたので、拍子抜けした感じで、


「お屋形様は織田に備えているのか?それでは小田原は落とせません」


「落とす気がないのでしょう。信平様をお救いしたら停戦するのでは」


「お屋形様はお怒りだったと聞いております。どうもわからん」


信豊は納得いかない感じだったが、昌景はこんな時でも冷静な勝頼に安堵していた。いつ、誰が裏切るかわからないのが戦国の世。怒りに任せては危ういと小田原へ行ったら停戦を進言するつもりだった。

関東の国衆もいつ寝返るかわからない。その時の強い方につくだけの連中だ。


上州、甲斐から出た武田軍は一部の兵を戻したが、残りの兵で小田原を目指した。



田子の浦から三島についた穴山軍は山中城を囲む北条軍に攻め込んだ。城からも兵が出てきて北条軍は挟み討ちになった。北条氏繁はこの戦で戦死したが、死ぬ前に兵を小田原へ多く逃した。




その日の夜、箱根から風魔が消えた。小田原城の巡洋艦、楓とともに。












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