久しぶりの里美
お市が造船所に行く二日前の夜の事。
「小武沙威 の立場がない、あー小武沙威 」
「お屋形様。往生際が悪いですよ。楓殿の名前にすると決めた事ではありませんか」
「そうなのだがな。楓に変えることには異議はない。ただなあ、小……」
「武沙威 から子供みたいな船が出てきてでしょ。子供子供ってうるさいのです。子供作る事も出来ないくせに」
「いや、他の嫁とは,ぶほっ!」
枕が飛んできた。直撃である。
勝頼が名前にこだわったのには理由がある。この小舟、世界初のモーターボートなのだ。格さんが五年かけて開発したガソリンエンジンを搭載している。やっとできたガソリンエンジン。
大して速度も出ないし、航続距離も1kmくらいだが、世界初なのである。
名前を考えた時に浮かんだのがあのシーンである。
「お屋形様、まさか大気圏突入とか変な事考えて、え、もしかしてそっち?」
「いや、そっちは開発中。小舟はただのモーターボートだよ」
「開発中。本当に?」
お市の目が輝いた。そう、お市も理系なのである。しかも海が好きーー、なのである。
「お屋形様、その開発、このお市に是非にやらせていただきたく」
「え、何言ってんの。ダメでしょそんなの。この時代の奥方様が普通そんな事しないでしょ」
「古いなあ、昭和かよ」
「今は天正だよ、もっと古いは。それにあそこは風魔に場所が割れてる、危ないぞ」
「それをそのまま放っておくようなお屋形様ではないですよね?ところで私が行くはずだった大学覚えていらっしゃいますか?」
「確か、あ! 俺が落ちた東京○科大学」
「そう、これでもリケジョなのですよ。お屋形様みたいに要領は良くありませんが、勉強はしてましたよ。だいぶ忘れてますが。任せていただけませんか?」
勝頼は少し考えさせろと言って床に入った。
翌日、古府中から里美さんがやってきた。茜から駿府の城下町がすごいのでたまには旅に出てみては?と勧められて、久し振りに馬に乗ってかっこよく登場したのである。
「これが屋根付き商店街ってやつ?相変わらず勝っちゃんは面白い物作るわね」
里美は武田商店へ寄ってから城へ挨拶に行った。
「里美様。お久しぶりでございます。お変わりはありませぬか?」
「甲斐の温泉でのんびりと過ごしてますよ。生活費も充分に頂いておりますし。そう言えば結婚されたとか。」
「織田信長の娘を正妻に、妹を側室にしたよ。正妻は妊娠中だ」
「ふーん、あの勝っちゃんがねえ、偉くなったもんだ。」
「やめてくださいよ。師匠ですので逆らえませんがこれでも5カ国の太守なんですから。」
「お子さんは?」
勝頼の子供だが、嫡男の信勝、次男の勝親、娘に貞姫、章姫、そして茶々と初がいる。
「連れ子もいるのね。まだ少ないわね、もっと励みなさい」
お市が挨拶に現れた。
「お市でございます。里美様の事はお屋形様から伺っております。騎馬のお師匠様でいらっしゃるとか」
「田舎者ゆえ、馬くらいしかやる事がなかったのですよ。しかしお市さんは美しいはねえ。お屋形様、励まないと」
「励んでますよ。あ、そうだ。聞いてくださいよ、お市がね、あ、しまった」
相談する相手を間違えた。この人は家にいるタイプじゃなかった。
結局里美とお市は意気投合し勝頼は抵抗できず、お市は造船所に通う事になった。
翌月、お幸は戦艦清水に乗り、巡洋艦楓とともに輸送船の護衛として九州へ向かった。豊後の国にできた武田商店に商品を運ぶ名目で九州に移り住む兵を載せている。
真田信尹は、大友宗麟に気に入られ、豊後の国の中に二百石の土地を貰った。武田の家臣と知っていて大友は録を与えたのである。当然勝頼の許可も取っている。
そのため相応の兵を砥石の真田信綱、浜松の真田昌幸から譲り受けたのである。九州真田家の誕生である。
高城兄弟はそのまま信尹に仕えることになった。
お幸はそのまま武田商店の店長を務めるよう命令されていた。武田忍びの九州の長に任命されたのである。
服部半蔵配下の伊賀忍びも従える事になる。
お市が焼きもちを焼いて追い出した、、、、訳ではない。勝頼が前々から考えていた作戦であった。
そう、武田の九州制圧の拠点である。
その頃、上杉謙信は織田信長との同盟を一方的に破談にした。織田が越中に進出してきたのである。今まで敵対してきた越中の一向一揆と和解し、協力して織田軍と戦うこととなった。
石山本願寺にも支援をし、再び織田包囲網を作り始めた。
織田信長は丹波、播磨にも目を向けつつ、安土城の建築もしながら雑賀を攻め降伏させ、さらに越中に目を向けた。越中で塩硝を作っていると情報が入ったのである。
武田が良質の塩硝を作っていることは知っている。いつか敵になるかもしれない勝頼だけが塩硝を作れるというのは圧倒的に不利になる。
なんとしてもその技術を盗みたかった。忍びを調査に出したがよくわからなかった。つまり攻め取るしかないということである。
翌年、上杉謙信は能登七尾城へ出陣した。それに合わせて、柴田勝家を大将に羽柴秀吉ら計三万の兵が出陣した。
信長は勝頼に援軍の要請をしたが、勝頼は兵を出さなかった。名目は北条に備えるという名目で出せないという回答をした。
そう、武田は風魔忍者の逆襲にあっていたのである。