お市の奮起
清水港に着いた九州遠征組は駿府へ戻った。高城兄弟は真田信尹の護衛兼情報収集役で九州に残っている。
真田昌幸は勝頼へ報告の為城へ向かい、お幸は配下の船員と武田商店に九州名産を運び込んだ。そこには怪我をした紅と黄与がいた。
「あんた達どうしたの?造船所にいなくていいの?」
「実は……」
紅と黄与は、造船所に北条の忍び、風魔忍者が攻めてきた事。撃退はしたが、楓が死んだ事を話した。
お幸はその場にしゃがみ込んで暫く動けなかった。楓は子供の頃からの親友でありライバルでもあった。
死ぬときは一緒だと思っていたのに。
その日から三日間、お幸は宿の部屋から出てこなかった。
七日後、豪華な籠に護衛を連れたご一行が造船所を訪れた。助さんと桃、紫乃が何事かと表に出たところ籠から女性が降りてきた。
「すいません。楓殿のお墓はどこでしょうか?」
お市である。護衛の中にはお幸もいた。何でこうなったかというと三日前に遡る。
最近勝頼の元気がない。話しかけても上の空なのだ。真田昌幸を呼んで聞いてみても的を得ない。ただ昌幸から城下の武田商店へ行けばわかるかもと言われ、こっそり城を出てお忍びで訪れた。
お市は城から出た事はあったが、普段は籠で移動するため、城下町を歩くのは初めてだ。
城下は賑わいを見せていた。呉服屋、食べ物屋、魚屋、八百屋、どの店も活気に溢れ多くの人が買い物をしている。
「え、これアーケード? ウッソでしょ、1576年のマリリンじゃないアーケードってなにこれ?マジですか。」
そう、駿府の城下町の中央部には長さ100mほどのアーケードがあり、天井はガラス張りになっている。そのため中は明るく冬でも暖かい、雨も平気で珍しさから人気スポットになっている。
勝頼のこだわりでいつもの無茶な要求だったが、城下町担当は長坂釣閑だったのが幸いした。勝頼が子供の頃から仕えていたため、ガラスの加工が出来る事を知っていたのと昔馴染みの助さんが造船所にいたので、頼んでガラス細工を手伝ってもらった。
ちなみに何でアーケードかというと、前世の美濃流が恵と初デートをした場所がアーケード商店街だったのである。そのつまらないこだわりにお市は全く気づかなかった。
そのアーケードの出口に武田商店はあった。
武田商店、そこにはかつよりんZの他に、九州や四国、関東の名産品が並んでいた。本来なら現地まで行かなければ買うことのできない珍しい品物に客が群がっていた。
すごく流行ってる。お屋形様のアイデアね。やっぱり私の選んだ人だわ、絶対頭いいと思ってた。
お市は店の中に入り商品を試しに手に取ってみた。すると可愛い女性の店員が話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。今日は何をお探しですか?」
店員は紅だった。お市はこの店員、只者ではない、勝頼の女か!と思いカマをかけた。
「すごく賑わってますね。ここが武田のお屋形様の息がかかったお店というのは本当ですか?」
「よくご存知で。この武田商店はお屋形様の直営店になります」
「お屋形様もこの店にいらっしゃるのかしら?」
「ここに来ることはないですよ。ご指示は店長へされてるみたいです」
と。その時、店にお幸が入ってきた。
「あ、お幸さん。気分はどうですか?」
「良くはないけどいい加減復活しないとお屋形様に怒られそう。まだ帰ってから会ってないし。」
また新しい女?会話にお市が割り込んだ。
「貴女が店長ですか。はじめまして。市と申します」
「???? お市様? どうしてここに。紅、奥の部屋へご案内して」
奥の部屋ではお市が上座に座り、店長のあずみ、お幸、紅が下座に控えた。
「ようこそおいでいただきました。店長のあずみでございます。お屋形様とは25年にもなりますか、諏訪の頃から大変お世話になっております」
「お幸と申します。店長と同じでお屋形様に25年お仕えしております。以前は護衛としてお近くにおりましたが今は別の役目をいいつかっております」
「紅と申します。お幸さんの後輩で戦にも出ておりましたが、怪我を致しこの店で働いております」
お市はこの連中は何?戦で怪我を、女なのに? もしかしてくノ一なの? 忍びなら色々知ってるかもと思い聞いてみた。
「今日ここを訪れたのはお屋形様の事で聞きたい事があって参りました。最近お屋形様が何か変なのです。上の空というか、覇気がない。他の女の事でも考えているのかとも思いましたがその割には元気がない。何か知っている事はありませんか?」
3人は返答に困った。楓の死、どう考えても勝頼の元気がない原因はそれだろう。楓の存在をお市様は知らないだろうし勝頼が話してない事を言うのも不味い。黙っていると、
「お幸さん。お屋形様の子供の頃の話をしていただけませんか?どんな子供だったのでしょう?」
お幸は仕方なく、子供の頃から頭が良く、不思議な事を言い、無理な要求をし、ただできた物はみな素晴らしかったと話した。
「信勝殿は雪姫の子ですよね。他に女はどうでした?」
3人無言。お幸はこれはヤバイかもと冷や汗がダラダラ出てきた。その時紅が緊張に耐えられなくなり
「私はお屋形様と何度か戦場でご一緒しましたが、口説かれた事はないですよ。私はですけど」
「では、他に口説かれた方がいるのですか、お幸さんはご存知では?」
こりゃダメだ、とあずみが助け舟を出した。
「お屋形様に元気がないのは、子供の頃から苦楽を共にしてきた伊那忍びの楓というものが先の戦闘で亡くなったからだと思われます。ここにいるお幸と楓はお屋形様がご結婚なさるまでお側についていました」
そんな事が。忍びが死んだだけであんなに落ち込むのはおかしい。そうか、若い時の。
「お幸さん。お屋形様がお世話になったのですね。今のお屋形様があるのも皆様に助けられてだと思います。これからも助けてくださいね」
と言いつつ、お市の顔は怖かった。
お市は楓の死に様を詳しく聞き自分の知らないところで大変な事が起きていたのを知った。私は何?女神さまは言った。お屋形様を助けるのは私ではないの?私の役目は、私にできる事は何?
しばらく話しこんだ後、城へ戻った。
「お屋形様、お話が」
「なんだ?あらたまって」
「楓さんの事だけど」
「ぶっ!!」
勝頼は全て話した。子供の頃から今まで、楓とお幸に世話になった事。伊那忍びに鍛えられて今の自分がある事、戦場で使う新兵器の事、アーケードを想い出のこだわりで作った事も。
お市は未来の知識は私にもある、相談して、助けるからと言いつつ楓に何か報いたいと考えていた。勝頼に一つの提案をし、抵抗されたが押し切った。そして、墓参りに行く事にした。
「楓さん。お屋形様をお守りいただきありがとうございました。安らかにお眠り下さい」
お墓にお参りしてから控えている皆に向かって言った。
「楓さんの働きを称え、小型艦の名前を武沙威 から巡洋艦 楓 に変更します。お屋形様には許可を得ています。それとこれからは度々私もここへ来ますから」
開発チームにお市が加わることになった。