服部半蔵
風魔の忍びは素早く動きながら、苦無を投げてきた。仕掛けがしてあり、ぶつかると小さく爆発した。
「火薬が仕込んである、小太刀で弾くと危ないから避けろ」
と、勝頼は叫びつつ雪風を撃ち敵を牽制した。残った3人はかなりの手練れのようで6発撃って1人の肩を撃ち抜くのが精一杯だった。
その間もお互いの苦無の投げ合いがあり、仕掛けがある分風魔が優勢になった。人数はこちらが多いのだが敵の技術の方が優っていた上に武器の差があった。
苦無を避けても仕掛けられた火薬でダメージを受ける。黄与と紅が怪我をして戦力が低下した。
と、その時風が吹いた。
「下がって!」
上空から血だらけの楓がハンググライダー 甲斐紫電 を操り、火焔瓶 『亡波呀無断』 を落とした。
風魔小太郎は突然の空からの攻撃に驚いたものの、さすがは百戦錬磨の忍びである。素早く身を交わし楓に向かって苦無を連発で投げた。
残りの2人は全身に火がつきのたうちまわっていたが、そのまま焼け死んだ。
楓は海に落下した。
「桃、紫乃、楓を!」
「それではお屋形様が」
「いいから行け!」
勝頼は楓の救出を指示し、風魔小太郎と1対1で向き合った。
「余は名乗ったのだ。名を教えてもらえないか?」
「名を申せば勝頼殿に死んでいただかねばなりませぬ。今日は引かせていただきたく」
「ここまで人の領地を荒らしておいてか。都合が良すぎないか?」
「我らがどこの者かは死者を探ればわかるでしょう。今日はいい物を見させてもらいました。空を飛ぶ道具、連発できる銃、本当は船を見にきたのですがね。またにしましょう。」
「そこまで見せて帰すと思うか」
勝頼は刀を構えた。
風魔小太郎は、今日見た情報を持って帰りたかった。これは北条にとって脅威になる。空を飛ぶ道具は風魔でも真似ができるかもしれない。
だが、勝頼を殺す命令は受けていない。引くことが最善、だが目の前の勝頼は逃してくれそうもない。怪我をさせてその間に逃げる事にするか。そう考えた一瞬の間が勝負を分けた。
勝頼の姿がぼやけた。その瞬間、小太郎の横を何かが通り過ぎた。
小太郎はその瞬間死を悟った。そして死に際に空に鳩を放った。
「頼むぞ、小太郎」
そう言って力尽きた。
ふう、陰流奥義 陽炎は初見では無敵に近いな。小太郎と言ったか?まさかな。勝頼は自分が倒したのが風魔小太郎だとは思っていなかった。
楓が陸に上げられた。すでにこと切れていた。
「私達が行った時には息がまだありました。お屋形様申し訳ありませんと言って、そのまま……」
そうか、逝ったか。もう初めて会ってから25年位たつな、よく仕えてくれた。
「まだ終わってないぞ、森に敵が残っているかもしれん。残さず殺せ」
悲しんでいる暇はなかった。森の中では、楓の部下5人が眠らされていた。敵の忍びのうち4人がなんとか這って逃げようとしていたが、桃と紫乃によってトドメをさされた。
敵の装備、所持品を集めたがどこの忍びかは今ここにいる連中ではわからなかった。見る人が見ればわかるだろうと、駿府の忍び宿に持っていく事にした。
この戦いの犠牲者
敵の忍び 20名死亡
味方 楓死亡、紅、黄与怪我により今後戦線から離脱
「桃、今後楓の代わりを務めよ。紫乃はお幸の後釜を目指せ。紅、黄与は駿府の武田商店で働け。」
駿府の城下町、その中心部に武田商店はある。そこは、駿府名物や各地の名産を売る勝頼直轄商店である。各地へ赴いた間者が仕入れてきた各地の名物、船による貿易で仕入れてきたよろず商品のお取り扱い店で、忍びとして各地で働いている者たちの家族に仕事を与えている。
その隣には宿屋があり、忍び宿も兼ねている。
怪我の影響で今まで通りの動きが難しくなった2人をそこの看板娘にあてた。
「紅も黄与も大人しくしてれば美人なんだから、沢山売ってくれよ」
勝頼に言われたなら仕方ない。まだ忍び働きができると思っていたがこれも勝頼の優しさと受け止めて、素直に受けた。
落ち着くと楓を亡くした悲しさが皆に溢れてきた。戦いは失くす物が多い、戦のない世を早く作らねばと改めて思う勝頼だった。
箱根山中。ここに風魔の里がある。道に迷う仕掛けがしてあり、普通の人間はたどり着けない。風魔の人間はここで育つため、自然と感覚が優れてくる。勝頼の造船所横の森で多数の罠をすり抜けて攻撃できたのは風魔ならではであった。
そこに一羽の鳩が飛んできた。
「これは、兄者の」
風魔小太郎は鳩から兄、小太郎の見た物を感じた。そう、風魔小太郎は双子だった。この双子はお互いの感覚を共有することができた。鳩から兄が死んだ事。武田には空から攻める武器があることをイメージとして感じた。
「武田は風魔の仇」
この日から風魔は武田を敵視し、上杉、佐竹へ向けていた諜報活動を減らし、武田へ向けた。
駿府城に茜が報告に来た。服部半蔵が甚三郎とともに会いにきてるという。丁度いいから聞いてみることにした。
部屋に入ると平伏した武士身なりの男が2人。徳姫が半蔵を知っているというので同席させた。
「服部半蔵にございます。この度はお声かけいただきありがとうございます」
徳姫が半蔵に間違い無いと目配せしてきた。
「勝頼だ。表を上げよ。お、そなたはあの時の忍びではないか。健やかであったか?」
「服部半蔵様に仕える甚三郎と申します。お屋形様には命を救っていただいたご恩がございます。それがしにご奉公させて頂きたく参上つかまりました」
半蔵は焦った。話が早すぎるだろ。しかもお前だけかよ。
「服部殿。甚三郎が暴走しているがそれはさておき、見てもらいたいものがあるのだが。」
勝頼は敵忍者の遺品を出した。これがわかるか?と問いただすと
「風魔の物でございます。伊賀、甲賀とは作りが違います。これをどこで?」
「この間襲われてな。返り討ちにはしたが、味方も失った。そうか、やはり風魔か。小太郎という者を存じておるか?」
「小太郎は風魔の棟梁でござる。その姿は秘密とされており見た者はいないと言われております」
「手強い忍びであった。死に際に小太郎と聞こえた気がしたのだが、鳩を放って死んでいったよ。あんなのが沢山いるのでは厳しいのでな。どうだ、余に仕えんか?」
風魔を返り討ちにしただと!半蔵は同じ伊賀者の佐々木綱紀から勝頼が普通じゃないと聞かされてはいたが、それほどとはと驚いた。伊賀者でも風魔と1対1では勝てない事の方が多いのである。
鳩を放った?連絡?その時はわからなかった。
駿府にくる途中、茜と甚三郎から武田に仕えるよう散々勧められその気になっていた上に、風魔の話を聞き決断した。
「服部半蔵、並びに配下の伊賀者。武田にご奉公させて頂きたくお願い申し上げます」
武田の忍び網は強化された。服部半蔵には駿府に家を与え川根に土地を与えた。この後、伊賀忍びの修行拠点に川根の山が加わった。
甚三郎は造船所の警備を命じられ、桃に風魔がどう攻めてきたを聞き罠の改善に勤しんだ。
勝頼はこっそり造船所の裏手に楓の墓を建てた。それを見ていた紫乃は墓の掃除が日課になった。