大阪の夜
夜になった。大阪城は松明が焚かれ城の周りは明るい。東側の戦闘は暗くて敵も味方もわからなくなり自然と皆自陣へ引いて行った。本多正信はその隙に敵に忍びや兵を紛れ込ませた。
ところが、武田軍は兵が引くなり信平軍では名胡桃城主の鈴木主水が点呼を取り始めた。
「鈴木一班、整列。番号を言って次の者の顔を確認。敵が紛れ込んでいたら即座に殺せ」
「1、2、4、5、…………」
番号が飛んでいるのは死傷者だ。点呼が終わった後は班毎に休息をとるようになっていてフラフラしている者はいない。この点呼は信平軍だけでなく武田軍全てで行われていた。
点呼は続いている。紛れ込んだ忍びは仕方なく次の数字を言うしかなかった。
「15、16………」
点呼が止まった。
「おい、16はわしじゃ。何者だ?」
途中に紛れ込もうとした本多正信配下の者はことごとく炙り出され処刑された。一部の忍びはそれを見て暗闇に紛れて脱出し本多正信へ報告した。
「見事なり。となると頼みは風魔小太郎のみだがどこへ行ったのか?」
本多正信は黒田官兵衛と毛利輝元の陣へ向かった。
武田軍の点呼を定着させたのは真田軍だ。昌幸、源三郎、幸村の陣で行われていたのが各軍へ広まり自然と行うようになっていた。風魔、甲賀の度重なる様々な攻撃に対して予防策としては非常に効果的だった。元々は勝頼がまだ家督を継ぐ前に、真田昌幸に教えたのが始まりだ。集団行動の統率について昌幸と議論している時に、ふと修学旅行で違うバスに乗ってしまい大騒ぎになった事を思い出して点呼と顔の確認を義務付けたらどうかと提案したところ、そのまま真田軍に定着するようになったのだ。
武田軍の損害は大きかった。真田信綱が大怪我、結城勝昌死亡、総大将武田信勝は軽症だが自らが弟にとどめを刺す事になりショックは隠せない。お市の状況も不明だ。ただ兵の損傷はさほど多くはない、死傷者5000名といったところか。
信勝のところに服部半蔵が現れた。
「上様。半蔵でございます。大御所のご指示と状況の説明に参りました」
「半蔵。大義である。信豊殿と昌幸も呼びたいのだが待てるか?」
「すでに配下の者が本陣へ来ていただくように向かっております。上杉様と信平様の陣は遠いゆえ、甚三郎が大御所の名代として伺っております」
伊賀の甚三郎。元々は家康子飼いの忍びで諏訪の秘密基地を調べに行き囚われ、勝頼に助けられた。家康の死後、勝頼に忠誠を誓っている。一時期お市の護衛もしていた。
「そうか。では皆が参ってから聞く事にしよう。それまで休め。誰か、半蔵に湯漬けを」
信勝は幼少から川根の伊賀村で修行をしてきた、その関係で伊賀の者とは仲が良く扱いを大事にしている。伊賀者もそれをわかっていて必要以上に信勝には近付こうとしない。なんせ相手は天下の征夷大将軍なのだ。
信勝陣では、武田信豊、真田昌幸、本多忠勝、織田信忠が半蔵から。信平陣では蘆名幸村、上杉景勝、直江兼続、山上道及が甚三郎から報告を受けていた。
「お市様は海軍によって救出されましたが、海に落ちその後高熱を発し寝込んでおられます。海軍の働きにより例の龍が活躍し、西側では2万の兵を討ち取りましたが龍は一機を残し全滅しました。大御所はお幸殿達を引き連れて大阪城へ攻め入る用意をしておられます。それと大御所が皆様に小龍王の補充と弾薬の補充を持ってこられています。今、伊賀者が各陣へ運んでおります」
「お市様が無事だったのは何よりだ。大御所は城へ突入する気なのか?佐々殿はどうした?」
信勝は佐々成政の動きを気にしていた。一日中戦で戦況が見えていない。この1日で東側だけでも色々な事が起きすぎていた。
「佐々様は城の正門近くに陣取っておられます。今日は動かずじっとされていました。それと愛話勝での会話が大阪城でも聞かれている可能性があるそうです。そのため今後は使わぬようにとのご指示でした。東側ですが、前田慶次郎様が風魔小太郎と戦われましたが双方怪我をしており、現在は2人とも行方が知れません。例の大凧に乗っていたのが小太郎です」
「あの空から落ちてきた凧か。あれに乗っていただと!」
昌幸が叫んだ。凧に乗るなんて事が出来るのか?ならば、
「半蔵。その凧はどこに隠してあったのだ。我らの後ろから上がったのではないか?糸の先は大阪城なのか?」
「凧は真田様の陣の後ろに隠してありました。城を囲む我らを想定して準備していたと思われます」
「風魔め。他には無いのか?あの小太郎の事だ、二の矢、三の矢があるぞ」
「調べさせておりますがまだ見つかっておりません」
信勝は凧の話から話題を変えた。
「それで半蔵。大御所の作戦を教えてくれ」
半蔵は勝頼の案を話し始めた。
敵陣では、加藤清正、宇喜多秀家、毛利輝元、福島政則、細川忠興、黒田官兵衛、そして本多正信が軍議を開いていた。正信は
「この作戦でどうでしょう。今日は一進一退、このままでは皆様も面白くないでしょう」
毛利輝元は、
「危うくはないのか?このまま長期戦になれば消耗は敵の方が激しいはず」
「それが毛利様。武田は何年も前からこの戦の準備をしていたようで、先に兵糧が尽きるのは我らです。それに海を取られており、水軍を使って物資を運搬され続けられては勝ち目がございません」
正信は実態を説明した。のんびりしている余裕はないのだ。
軍議はもめたが正信案に決まった。決行は明朝だ。
そんな中、夜中に動き出す者達がいた。




