油断
護衛の兵が下り、信勝は城門前に立っている織田信忠の前に出た。
「信忠殿、でむかえ、ん、いや何奴?」
信勝は素早く刀を抜こうとしたが信忠の方が速く斬りかかった。間に合わん、必死に跳び下がったが肩を浅く斬られた。高城が引き続き斬ろうとする信忠の刀を籠手で弾き顔を殴りつけた。変装が剥がれ別の男の顔になった、あとでわかったが風魔の忍びが信忠になりすましていたのだった。
松姫になりすましていたのは甲賀のくノ一だった。信勝に苦無を投げつつとどめを刺そうとしたところを桃の苦無に倒れた。斬られた信勝はしゃがみ込み肩から出血し呻いている。苦無は足に刺さっていた。慶次郎が叫んだ。
「医者だ、まずは武田商店へお運びしろ」
周囲はすでに蘆名勢が警戒し、武田商店までの道は開かれている。目の前に城があるのだから城へ入りそうなものだが何かおかしいと感じ、全員が迷わず城下の武田商店を選んだ。
「武田商店に籠城する。桃殿は清洲城の様子を、ただし無理はするな。伊賀の者は周囲の警戒を。とにかく情報だ、集めろ!」
幸村の指示で一斉に動き出す配下達。それを見た昌幸は、息子の成長に喜びつつ清洲城を見た。何がどうしてこんな状況になったのか?武田方は清洲城下での怪しい動きを掴んでいなかった。
完全に油断だ。清洲城まで来る間張り詰めていた緊張感が、城下に入り偽信忠のお迎えを見て安心してしまった僅かな隙を突かれたのである。
慶次郎は悔やんだ。以前信勝に話をした通りになってしまった。何回か襲われて尾張に入ってホッとした時に討たれる、そのまんまであった。一瞬だが気を緩めてしまい信勝が前へ出る時に違和感を感じる事が出来なかった。
そんな中、桃はある女の顔が浮かんでいた。あいつだ、あいつの手引きだ。どこにいる、彩!
信勝達がまだ岐阜城に滞在している時、織田信忠をこっそり訪ねた者がいた。そう、沙沙貴彩である。彼女は元々信忠の忍びだったが、今は同門である佐々木源氏の黒田官兵衛に従っている。
信忠が部屋に一人でいるところを狙って忍び込んだ。
「お久しぶりでございます、信忠様」
「彩か。よく顔が出せたものだ、織田を、伊賀を裏切り猿についたと聞いたが。何しに来た」
「今は播磨の黒田官兵衛様の忍びとして働いております。信忠様は織田家の行く末をどうお考えでいらっしゃいますか?このまま尾張一国で満足でございますか?一時期は天下を取る勢いだった織田家が」
「それを壊したのは秀吉、あやつではないか。父上を殺したのは日向だがそれを機に織田の家臣から成り上がったのはあやつだ。山崎では猿めに殺されかけた。そしてお主も知っての通り、余は大御所に助けられた。今の織田家はな、一国で十分なのだよ。受けた恩を忘れては武士ではない」
「官兵衛様はお味方下されば美濃、伊勢を信忠様にと。関白様もお世話になった織田家にこれ以上辛い思いをさせたくないと仰っておられます」
「余を殺そうとした奴が何を言う。猿の口車には乗らん、帰れ。今なら見逃してやる」
沙沙貴はまた来ます、と言って去っていった。猿め、この信忠に従えだと!あの猿がなんで関白になれるのか。信忠は沙沙貴彩が来た事を誰にも言わなかった。昔の部下への恩情だったのだが、せめてこの時にお松に相談していれば………。
清洲城には信雄の部下だった者達もいる。織田という名に対し、今の待遇に満足していない者もいる。そういった者達が城下に出た時に甲賀の間者が接触し、少しづつだが調略していった。秀吉は調略に惜しみなく金を使った。甲賀の間者はそれをふんだんに使い、そして有事に秀吉につく事を約束した者は30名を超えた。
信勝一行が清洲城へ到着する前夜、再び沙沙貴彩が現れた。話を聞こうとしない信忠に強硬手段に出た。
信忠とお松を捕らえ監禁したのである。その夜の見張り番は全て秀吉方だった。そうなるように前もって準備していたのである。眠り薬を使い眠った信忠とお松を縛り、猿ぐつわをはめ部屋に監禁し、見張りをつけた。
朝、信忠とお松になりすました忍びがごく普通の朝を迎え、同じように朝食を取り、信勝一行を出迎えると言って城門にむかった。周囲の者達で、秀吉方でない者は入れ替わりに気付かない。
沙沙貴彩は、信勝を討つならここだと考えていた。もし、しくじっても狙撃する準備をしていた。豊臣方でも新型鉄砲の開発は進んでいる。彩は豊臣製のリボルバーを持っていて襲撃が失敗したら撃つ気でいた。だが、武田家には父が世話になり、彩自身も一時期世話になっていたことが、直接手を下す事にためらいを与えた。
信勝が斬られ倒れた時、傷が浅い事を見た彩はリボルバーを構えた、が、結局撃つことが出来ずその場を離れた。
信勝は武田商店に運び込まれた。
「いたた、不覚をとった。肩は大したことないが足の苦無だ。毒が塗ってあるだろう、毒消しはあるか?」
信勝は冷静に分析し、店員に聞いた。武田商店には格さんが開発したスーパー毒消しがあるはずだ。
「上様、こちらをお飲み下さい。毒消しでございます」
信勝は店員が差し出した薬を手に取って飲もうとした。その時、
「お待ち下さい」