御所にて
勝頼だと!襖が開いて平伏している漢が顔を上げて、秀吉を見て一瞬ニヤっとして真顔に戻った。
「はっ、仰せの通りでございます。今、武田が抑えました城を関白様の軍に攻められております。そこには足利義昭公もいらっしゃいます」
「秀吉。勝頼は兵を引いてくれと言っておるが。そうそう、昨日勝頼を征夷大将軍に任じた。関白と将軍でこの国を平和に治めてもらいたい」
え、何言ってんのこの人?この展開は予想していなかった秀吉は言葉に詰まった。頭の中で秀吉同士の会話が始まった。
『どうするのだ?親王に言われては戦はできないぞ』
『弱気ですね。何のために関白になったのです?親王などただのお飾り。今だけいい顔をしていればいいのです。この場は適当に収めて、どうせもう戦は始まってます。官兵衛は上手くやるでしょう。多少でも武田の戦力を削ってくれれば良し。もう少しすれば毛利の水軍が駿河湾を襲う準備もできます。まあここは適当にいつもの口八丁でお願いしますよ』
なるほど。では、その作戦で。
「親王様。それは言いがかりでございます。今我が軍が攻めているのはつい先日までそれがしの居城だった長浜城です。織田家の内紛を鎮めるために北の庄へ出陣していたところ、そこの武田殿に奪われました。その城を取り返そうとたまたま足利義昭殿と協力しただけでございます。親王様の仰せであれば、この関白。すぐにでも兵を引きましょう」
「勝頼。関白はこう申しておるがどうだ?」
「恐悦至極にございます。親王様のお取り計らいで戦が無くなる。これこそ日の本のあるべき姿でございます」
「ところで親王様。足利義昭の征夷大将軍はまだ解任はしておりませんがよろしいのですか?」
近衛前久が親王の勝手な振る舞いに怒り気味に口を挟んだ。何が征夷大将軍だ、そんなに簡単に決められてたまるか!
「過去には天皇が二人いた時代もあるしな。それに足利家にはもう力はあるまい。関白よ、どう思う?そなたは本気で足利義昭を立てるのか?」
と、親王は近衛を相手にしない。
「足利義昭公はそれがしを頼って参りましたゆえお味方しただけでございます。親王様のおっしゃるように何の力もございません。ここのいる武田勝頼殿が将軍になられたのであればこの秀吉、関白として勝頼殿と戦のない平和な世にすべく勤めて参ります」
親王との面会は終わり、別室に近衛前久、羽柴改め豊臣秀吉、勝頼が揃った。近衛前久が怒り気味に口火を切った。
「お初にお目にかかる。太閤である」
「武田の勝頼でございます。親王様より征夷大将軍を任じられました。これからよしなにお願い申し上げます」
「どうやったのだ?この近衛を差し置いて将軍位になるなどあり得んわ」
「どうやったも何も。親王様とお話をしておりましたら将軍に相応しいのはこの勝頼だと仰られ、ささっと決まった次第」
秀吉は二人の会話が頭に入らなかった。もう一人の自分との会話に忙しかった。
「関白殿。どうされるつもりだ。聞いていた話と違うぞ。足利義昭を傀儡にして太閤と関白で世を治めるのではなかったのか?」
「太閤様。すでに時は動いております。思うようにいかないのが世の常。今となってはこの秀吉と勝頼殿で天下を治めるしかありますまい。太閤様はご隠居下されまし。もちろん一生遊んで暮らせるだけの援助は致します」
「謀ったな、秀吉。最初から勝頼と組んでおったのか?」
「太閤様。それは誤解です。関白様もこの勝頼がここにいる事は知りませんでした。逆にこの勝頼も今日、ここで皆様にお会いするとはつゆ知らず」
近衛前久は心底困った。想定外にも程がある。頼るは秀吉か勝頼か?そもそも信長を殺すように仕向けたのは朝廷の意思だった。それに秀吉が便乗し、瞬く間に織田家を制圧した。ここまではほぼ読み通りだ。まさか東日本を武田が制圧しようとは、そして将軍位になど想像できるわけがない。
このままでは今まで暗躍してきた意味がない。この近衛が天下を牛耳る事、それこそがあるべき姿のはずだ。
「で、秀吉よ。軍は本当に引くのか?」
「一応早馬は立てますが。もう戦は始まっているでしょう。どうなることか、だろう、勝頼殿?」
「関白様の軍が仕掛けてくるまでは手を出さぬよう厳命しております。仕掛けられれば当然やり返します。早馬が間に合う事を祈るばかりです」
秀吉は秀吉と頭の中で相談した。まずは西日本を制圧する事。水軍を強化し武田の本拠地の駿河を直接攻める準備を今以上に行う事。大阪城の築城を急ぐ事。国友村に武田軍の情報を出来るだけ集めて、勝頼の変な武器に対抗する何かを作り出す事。準備が出来るまでは武田をうまく立てて決戦には及ばない事、を当面の方針とした。大阪城には本多正信が行っている。あいつ上手く使うことだ。
近衛がなにかいい手はないかと考えながら勝頼に聞いた。
「で、足利義昭はどうする、勝頼殿?」
「前の将軍様には今までの労を労い、一万石を与えて優雅にお過ごし頂ければと思います。何処にするかは関白様と相談の上決めさせていただければと存じます」
「秀吉、それで良いか?」
「宜しいかと。生きていればですが。それより勝頼殿。勝頼殿は戦のない世と仰せられた。今は武田が日の本の半分を治めているという事で良いのか?」
「御意」
「その領地を関白に差し出してくれ。国は関白が治める」
「それはお断り致す。征夷大将軍であるこの武田勝頼が日の本を治め、朝廷を立てつつ政治を行なって参ります」
「西日本は余が治めている。日の本を二つに割るのか?」
「戦が無くなるのであればそれで良いかと」
本音と建て前のぶつかり合い、狐とタヌキの騙し合い、お互いにこの野郎ぶっ潰してやると思いながら口でジャブを打ち合う展開が続いた。聞いていてつまらない前田慶次郎が口を出した。
「いつまでそんなくだらない話を続けるのです。帰りましょう。ついでに築城中の大坂城を見ていきませんか?」
「そなたは利家のところの者ではないか?なぜここにいる?」
「色々ありましてな。今は勝頼様に養って頂いております。武田にいる方が面白いのです。で、関白様。大阪城は見ても構いませぬか?」
「まだ中には入れぬぞ、外濠の外から見ていけ」
慶次郎のチャチャのお陰で話が終わり解散となった。秀吉はそのまま大阪城に向かった。結局近衛前久は蚊帳の外に追いやられてしまった。
勝頼は船で大阪に入りそこから京へきた。護衛の兵二百は大阪に待機しており京へは三十名しか連れてきていない。ただし、周辺には伊賀者が警戒しつつ陰ながら護衛している。
「慶次郎。大阪城へは行かんぞ。すでに工事に武田の者を紛れ込ませておる。遠目に見るだけにする」
「わかっております。あれは陽動です。仕掛けてくるでしょうから。まあこの高城殿がいれば百人力ですから安心していられますな」
高さんと慶次郎は大阪に向かう途中で模擬戦を行なっていた。高さんは武闘家としての腕をさらに上げていて、槍を持つ慶次郎を素手で圧倒した。1対1では銃で撃たれない限りは負けないであろう。
途中で数回襲われたが、全て撃退した。銃で狙撃しようとしていた兵は伊賀者に討たれ、接近戦ではこちらに分があった。勝頼はリボルバー雪風をぶっ放し、潜んでいる敵には桜花散撃を改造した携帯用簡易手榴弾 行先霊界 を使い殲滅した。それでも向かってきた兵は、慶次郎の朱槍、高さんの各種武器、勝頼の斬鉄剣、鬼切丸の餌食となった。
何回か勝頼のところまで兵を通してしまい、焦った慶次郎だったが、焦って損したと思うくらい勝頼は強かった。慶次郎は思わず聞いてしまった。
「大殿と高城殿はどっちが強い?」
「俺に決まってんだろ!」
「私に決まってます!」
二人同時に答えたので皆爆笑だった。勝頼は冷静に考えて素手なら勝てねえな、そういえば真剣白刃取り出来るようになったって言ってたな、あ、刀持っても負けるかも。