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秀吉の足音

本多忠勝は、本陣の信忠に報告に戻った。


「天王山は敵の鉄砲の数に負け、取られました。が、どうやら弾切れの様子」


「弾切れだと。向こうには安土から奪った玉薬が山ほどあろう」


「恐らくは昨夜の雨でないかと。物見を出し、再度仕掛けたく存じます」


「お主は勝頼殿からの大事な預かり人だ。怪我をされては困る」


「この本多忠勝。未だかって戦さ場で怪我をしたことはありませぬ。それに大殿に信忠様をお助けするよういいつかっております。兵をお貸しください。必ずや天王山を奪回して見せましょうぞ」


忠勝は敵の鉄砲の様子を探る為、竹襖を用意して山を登っていった。光秀軍は鉄砲を撃ち、忠勝隊を近づけないようにしたが、弾幕が明らかに少なかった。

隙を見て忠勝隊が竹襖を放り投げ、一気に山を駆け上り光秀軍の鉄砲隊を蹂躙し、再度天王山は信忠軍が占拠した。

昨夜の雨で明智軍の玉薬は殆どが使えなくなっていた。天は明智光秀に味方をしなかったのか?



6月8日、筒井軍一万の兵が到着した。どちらにも味方できる位置に陣取った。戦は天王山を取った信忠軍が押していた。光秀軍の鉄砲はほぼ機能していない。


「ふむ、まだ秀吉様は着かないか。さてさてどうしたものか。信忠様が生きておられるのは計算外ではなかろうか。難儀なことよ。風の吹くまま行くとしよう」


筒井順慶は島左近含む重心達と相談し、強い者につき生き残る事を決めていた。羽柴秀吉からは味方するよう強く言われているし、明智光秀からも要請があった。本来の主筋である織田信忠からは従軍するよう命じられた。秀吉からも光秀からも信長、信忠共に死んだと聞かされていたが、話が違った。


筒井順慶はこれまでも強者と思われる大名に付き添い生き残ってきた。目の前の戦は筒井順慶にとって難しい局面だった。同行している島左近は、


「殿。今こそ仕掛ける時と存じます。まさに好機」


「どっちにつくのだ」


「ここで明智が勝っても秀吉が来ます。信忠様にお味方を」


筒井軍一万が信忠軍に加わった。筒井軍の先陣は島左近率いる三千、一気に押しかかり形勢は傾き始めた。

だが、明智軍は粘った。玉薬が使えないと知るや、矢を打ちかけ、槍や刀で応戦し、いわゆる善戦というやつだ。だが、時間の経過と共に戦力差が響いていく。

明智軍は勝竜寺城へ撤退した。ここまでの死傷者数、信忠、筒井軍五千、明智軍四千と数では明智軍の勝ちだが筒井軍の動きが決定的となった。


そのまま勝竜寺城を攻める体力が信忠軍には残ってなく、翌日、6月9日に攻めかかった。その間に明智の兵は逃げ出していた。


「どうした事だ。兵が減っておるぞ。」


光秀は滝川、蒲生軍と善戦し報告に来ていた左馬介に言った。


「筒井順慶が信忠についた事により当家を見限る者が出ている模様。このままでは持ちませぬ。落ちのびますようお願い申し上げます」


「逃げろと申すか。信長を殺したこのわしに逃げろだと」


「逃げるのではございません。立て直すのです。全国には武田、上杉、長宗我部など我らの味方になるかもしれない大名もいます。坂本城には800騎、亀山城にも兵を残しております。その他、京、伏見、佐和山など勢力は残っております。このままここにいては無駄死にになりますぞ。織田軍とて急造の軍、信長を失って混乱はまだこれからです。今を凌げば再起は必ず」


光秀は亀山城へ、左馬介は坂本城へ行く事にした。最悪でもどちらかは生き残ると決めて。


信忠軍は勝竜寺城を攻め落としたが、光秀はすでにいなかった。落ち武者狩りが始まった。


「逆賊、日向の首を取れ、褒美は望みのままじゃ!」


山中を探し回る信忠軍。そこに物見から羽柴軍が近づいて来ていると報告があった。


「今日は9日。父上が本能寺で亡くなったのが2日。本能寺の黒幕は秀吉なのか。こんなに早く備中から戻れる筈がない」


信忠は勝頼の言葉を思い出した。黒幕を見極めよ、か。ここの応対を間違うと死ぬな。

光秀を逃すわけにはいかない。秀吉にも備えねばならない。まずは重臣を集めた。信孝、丹羽長秀、滝川一益、蒲生親子、筒井順慶である。


「秀吉がすぐそこまで来ている。こんなに早く備中から戻れる筈がない。あらかじめ事が起きる事を知っていたとしか思えん。念のため秀吉軍の強襲に備える」


「兄上、考えすぎでは。あの猿が織田に弓引くとは思えませんが」


信孝はさほど賢くはない。信長の子でなければ大名になどなれた器ではなかった。

だが、丹羽長秀と滝川一益はお調子者の秀吉の中に潜む影を以前から不気味に感じていた。信長の死を秀吉がどう受け止めるのか。信忠に言われてみて光秀と秀吉が組んだ可能性も考えてみたが、秀吉は光秀が嫌いだ。流石に組むことはあるまい。となると、どうやって知ったのだ?

秀吉の軍は三万だという。今の戦力でまともにぶつかっては勝ち目がない。最悪の場合も考えて備えるのは間違ってはいないだろう。


「上様。いくら羽柴様でもこの場で我らに仕掛けはしないでしょう。急いで戻ったご苦労を讃え、まずは光秀を捉える事に集中されては」


筒井順慶が最もそうな事を言った。そう、普通ならそう考える。だが、あの勝頼の助言、それにどうやって父上の死を知ったのか。考えればきりがない。それに筒井は直ぐに参戦しなかった。今それを責めるわけにはいかないが、信用できるのか。


「長秀、どう思う」


「勝竜寺城で秀吉を迎えましょう。最悪我らで食い止めますゆえ、その間に次の手を」



その頃、本多忠勝の元に服部半蔵が訪れていた。勝頼の伝言を持って。伝言を聞いた忠勝は、


「大殿の言う通りになるやも知れん。難儀な事だ」


「それがし以下伊賀者が控えております。作戦通りに」




光秀の行方は知れなかった。そして明智左馬介は、坂本城へ戻った。落武者狩りが多く直接は向かう事ができず、大津から琵琶湖に馬で入り、矢の届かないところを進んだ。織田軍に見つかったが、見事な湖上渡りに織田軍は攻撃をやめた。左馬介は堂々と唐崎の浜へ上陸しそのまま坂本城まで騎馬で駆け抜けた。





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