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「ん~~~~~いや、すごいっちゃすごいことなんだけど・・・・・」
摩訶不思議な非日常から手に入れた【ゲッター】と題されたアプリ。そんなアプリから手に入れた『スキル』と言う不思議な力。それが本当に使えるのか?そんな当然と言えば当然の疑問を解消するべく手に入れたスキルをセット。使用してみた和徒。
結果はかなり利用価値が高いと言えるモノであった。
分かりやすいようにと震えながらもカッターで左腕を軽く切り、うっすらと血を滲ませた。
【改善せし不浄の右手】と何語なのかも分からない言葉を発すると彼の右手には僅かな緑が混ざった白い光が宿り、その状態の右手を先程自分でつけた左手の切り傷へを覆うように被せた結果。その効果は劇的と言えるものだった。
【改善せし不浄の右手】を使用した時に宿った緑と白の光は右手から触れた左腕へと移っていき、その光は和徒の全身へと拡散していった。そうすると彼の左腕にあった傷だけではなく、幼少期についた左脚にあった未だ消えない傷跡をも消し去り、更に仕事で今日一日酷使した体の疲れすらも消し去った。
そんな劇的な効果を前に何故か和徒は顔をしかめていた。
「こんなすげぇ力おいそれと使えねぇ・・・・・」
和徒が思い描いていたのはそれなりの効果で余り目立たずお金を稼ぐことだった。
彼が思い描いた中で重要なのが、『目立たない事』。
何故か?
目立てば責任や面倒が起こると考えた。
更にその状況が続けば怪しい団体や科学者、国家までもが自分の身を危険に晒すことになるかもしれない。
人体実験。又は研究対象。
和徒が考えた最も面倒で避けたい出来事。
更に誘拐してからの利用。それは『奴隷』にされること。
和徒が思い付いた最も危険な出来事。これは命に関わってくる。
故に、彼が望んだ【改善せし不浄の右手】の効果は軽い疲労回復程度のものだった。これならば軽く体操、柔軟、マッサージなどの知識を仕入れ、それらを実践している最中に力を行使すれば、忙しくなるかもしれないが変な危険や面倒はそうそう起きないだろうと考えていたのだった。
だが、彼の望みとは裏腹にその効果は劇的。それ故に顔をしかめたのだった。
そして恐らくこの力は『病魔』にも有効だろうと和徒は考えた。もしかしたらあらゆる怪我、病気を治してしまうかもしれない。
すばらしい力である。だが、素晴らしいが故に。いや、素晴らしすぎるが故にこの力は危険であると判断した。
思い付いた有効活用の方法は自分に使う事だけ。
もちろんそれだけでもかなりのアドバンテージではある。なにせ疲れを取り去るのだからどんなに働いても問題ないのだ。それに加えて病魔に侵されることなく毎日を元気に働くことができる。だけど、それは和徒にとって苦痛でしかなかった。『働きたくない』『楽がしたい』が彼の望み、その望みとはかけ離れた利用法だった。
そう考えるともっと別の力が良かったと思ってしまう。そんな思いが頭を過ると同時に【ゲッター】の今後のことも頭を過った。
つい今しがた手に入れた力は和徒的には『ハズレ』で、使い勝手の悪いモノだった。
だが、もしかしたらもっと使いやすい力が手に入るかもしれない。そう考えたとき、和徒からこのアプリへの過去に抱いていた負の感情は綺麗さっぱりと消え去り、今後も利用することしか頭になくなってしまった。実に流されやすく、夢見がちで、現金な人間であった。
楽で、楽しく、幸せな人生を送る。
そんな考えを抱きながらスマホを操作し、夢想する人生の要を確認した。
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1回ガチャする 10,000P
11回ガチャする 100,000P
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1P=1円。
これがこのアプリでのレート。
これを考えると1回ガチャをするのに1万円。
お得な11回ガチャするのに10万円ものお金が必要になってくる。
ただの派遣社員として生活を送っている一般人である和徒にとって10万は当然大金である。おいそれと軽い気持ちで使える金額ではない。手に入るかもしれない様々な力の代償として考えれば安い。それは和徒にもわかっている。しかし、ガチャとは一種のギャンブルである。ギャンブルに大金を使えるか?和徒は悩むことになった。
どうせならば1回分お得な11回を回したと思うのは当然なことで、だけどその金額が問題で・・・・・と、ぐるぐる頭の中を夢とお金が渦巻いていた。
10万とんで2千円。そして、少々の小銭。
これが、今和徒の記憶している己の財布の中身。
おおよそ自分の所持金を把握しているにも関わらず、和徒は財布を手に取ると中身を確認しはじめた。
当たり前だが、中には和徒の記憶通りの金額しか入っていない。それを確認し、深々とため息をついた。
ここで、10万と言う大金を使ってしまうと残金は2千円と小銭しか残らない。しかも、次の給料日までまだあと3週間以上もある。とてもではないが暮らしていけない。それは、判っているがどうしてもガチャをしてみたい誘惑が溢れてきていた。
悩むこと数十分。「ヨシ!」と、一言気合いを入れるように呟くと財布を握りしめ、ラフな外出用の服へと着替えると足早に外へと向かうのだった。
◇◆◇◆◇◆
10万円の課金。
かなりコンビニの店員に驚かれながら、そして和徒本人は戦々恐々としながら支払いを済ませ、自宅へと帰宅を果たした。
片道徒歩5分の道のり。
行きは一度買うと決めたにも関わらず、グダグダと本当に買うかを悩みつつコンビニに到着。帰りは頻りにポケットに入れた課金用のプロダクトコードの紙を確認しながらビクビクとしていた和徒は、帰宅早々にため息をついた。
ドッと襲ってきた疲れを何とか振り払い、風呂場に直行。着ていた服を脱ぐと精々15分程度しか着用していない服を洗濯機へと入れると再びシャワーを浴びる。ある種の精神病ではなかろうかと思われる行動をしたあと部屋へと入り定位置であるソファーへ。
帰ってきてから数十分が経過し、漸く課金をし始める。
その一文字一文字を大切に扱うように確認しながらコードを入力していく。
コードを入れ終わり、後は『適用』をタップするだけ。
しかしそこでも時間をかける和徒。今更後悔したところで返金されないことは分かっているが、どうしてもその最後の一押しに勇気が必要だった。
「ぐぅーーーーーーー!あぁ・・・・・・・。とうとうやってしまった」
漸く。本当に漸く課金の全工程を済ませた和徒は後悔の言葉を残しつつ素早く【ゲッター】のガチャ画面へと切り替えた。震えていた指は漸く落ち着き、スマホの操作はスムーズに行えていた。
のだが、一度落ち着いたはずの指の震えはガチャの画面に切り替わった瞬間からまたもや訪れた。
震える人差し指を『11連ガチャ』の手前で止め、一先ず深呼吸。
意を決して指を前に進めた。
≡≡≡≡≡≡≡≡
【洗剤要らずのスポンジ】
分類 :アイテム
レア :N
一度擦ればあらゆる汚れ、錆び等を分解する万能スポンジ。
『使用可能時間1時間』
【地獄の目覚まし時計】
分類 :アイテム
レア :N
使用者にしか聞こえない不愉快な音を発する目覚まし時計。
どんなに安眠、熟睡していても必ず飛び起きる音を発する。
死者も目覚めさせてしまうと謂われる時計。
【マジカル弁当箱】
分類 :アイテム
レア :N+
弁当の中身を永久的に保温、鮮度維持する弁当箱。
更に、害のある菌を滅菌、遮断する効果がある。
【お手軽ドリンクバー】
分類 :アイテム
レア :R
ドリンクバーの本体に実在する飲み物のラベルを張り付けると、そのラベルの飲み物を永久的に出すことを可能にする不思議なドリンクバー。
『登録可能品種:1』
【天気予知】
分類 :スキル
レア :R+
使用時から12時間の天気を知る事が出来る。
的中率は100%。知る事の出来る天気はその時に立っている場所のみ。
【ストップ!ウォッチ】
分類 :アイテム
レア :SR+
一度スタートのボタンを押すと10分間使用者以外の全ての時を止める。
一度使用した後はただのストップウォッチ。
【5,000P】
【ロマンチックなアロマ】
分類 :アイテム
レア :R+
ロマンチックな雰囲気を強制的に感じさせるアロマ。
効果対象は2人限定。使用時は屋内であり、ある程度の気密性があるところのみ効果がある。
【僕(私)が!1番!】
分類 :スキル
レア :UR
一度だけ発動可能なスキル。使用後はスキルは消滅する。
発動後、10分以内に結果のわかるあらゆる物事を一回だけ1番を獲得する。
【3,000P】
【永久に共に】
分類 :アイテム
レア :UR+
生涯を添い遂げる事を強制するペアリング。
お互いへの愛情を一定ライン以下にはさせない。
着用するにはお互いへの愛情が一定値を越えている必要があり、着用はお互いへと着用させる必要がある。
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初めての11連ガチャは虹色の演出を引き当てた。
それを見て和徒は喜びの表情を浮かべ、流行る気持ちを抑えつつ、一つ一つガチャ結果を確認していく。その結果ーーーーーー。
「び、微妙ーーーーーー・・・・・・」
虹色の演出で手に入ったのは【永久に共に】と名付けられたアイテム。
その効果は人権を無視した様なもの。余程自分以外に関心、興味がなく。人情の『に』の字もない自己中心的な人間であれば喜んでいたかもしれないが、残念ながら、いや幸運にも和徒は他人の幸せも願える僅かな優しさがあり、このアイテムには嫌悪感を抱いた。
最高ランクの虹色演出で手に入れたものにはかなりがっかりした和徒であったが、何気に低レア度のモノに喜びを感じていたし、もうひとつの虹色演出で出る『UR』がかなり気になっていた。
総じてイーブンと言えなくもない心境であった。
レア度UR。
一度しか使えないと説明にあり、あらゆるものの一番を獲得できるスキル。
これを見たときに和徒は即座にお金の匂いを感じた。そして、普段はグータラな姿勢と表情が瞬時に引き締まり頭の中はこれ以上ない程に活性化していた。そうして明日の行動は瞬時に決められていた。
レア度R+のスキル。
所謂『天気予報』ではあるがその確率は100%。何気に嬉しいモノ。
そしてレア度Rのアイテム。
【僕(私)が!一番!】はまだ理想の使用結果となるかわからないと言う理由から、和徒の嬉しいモノから除外すると、この【お手軽ドリンクバー】が最も嬉しい物であった。
このドリンクバーは好きな飲み物を無限に獲得できると言うドリンクバーの最高峰と間違いなく言える代物。そんなドリンクバーに満たす飲み物は既に決まっていて、普段から愛飲している炭酸ジュース。それ以外にあり得ないと心に誓っていた。懐事情からそれだけを飲んでいられないだけで、和徒はその炭酸ジュースさえあれば最早飲み物は要らないと普段から思っていただけにその決意は固かった。
同じく懐に影響が出てきそうなレア度Nの【マジカル弁当箱】。
それは普段面倒だと感じて実行してこなかった仕事先での食事事情を改善させうることの出来るものだ。
そんなに太ってもいない中肉中背の和徒ではあるが、その食事量は驚くほどに多い。故に会社での昼食はコンビニを利用した場合最低でも800円ほどが必要で、出来れば1000円くらいが理想。会社で頼める弁当が450円。しかも不味い。それだけでは足りない和徒は結局カップ麺も食べてしまい500円は普通に越えてしまう。
そんな和徒の食費に優しいのは自作した弁当である。
ある程度のおかずと3人前ほどの白米があればいい。一度計算したことがあり、その目算では500円もかからない程度で済ませることが出来る。それも自分の好きな味付けが出来たり、嫌いなもの苦手なものも絶対に食べること無く出来る。変な我慢もしなくていい。
理想と言えるものだったが、何分面倒くさい。それが問題でどうにも実行することが出来なかった。
しかし、この弁当箱は一度詰めてしまえば永久的に保存してくれる。それすなわち早朝にわざわざ起きなくていいと言うことだった。
因みに前日の夜に作って弁当箱に詰め、それを次の日の昼食にする。という簡単な方法があるのだが、一度それを実行したその日の夜。何故かお腹を下し、地獄を見たため和徒の中ではその行為はありえなくなっている。冷蔵庫に入れて保管していたのに何故か食中りをした。それは軽くトラウマになってしまっているのだが、原因は前日に作った為ではなく、消費期限の過ぎた野菜を使用したことだ。和徒は消費期限の日付を確認して安全だと判断したから使ったのだが、実際はその日付を過ぎていた。つまりただの見落としなだけで、その辺をしっかりとしていれば何の問題も無いことだったりする。
それはさておき。
次に嬉しいのがスポンジ。
自分自身の体の汚れには人一倍敏感な和徒。同レベルで部屋を綺麗にする訳ではないが、やはりある程度は綺麗にしていなければ落ち着かないのが彼の性格である。
特に水回りはいつも苦労している。
キッチンは使い終わった際はある程度キッチンペーパーで水気を拭き取って汚れが残らないようにしたり、浴室の除湿の為だけに除湿器を風呂場に設置したりとしている。
キッチンにしろ風呂場にしろ毎日掃除をするのは大変なことである。
それをグゥタラの和徒が出来るわけがなく、掃除は週に一回だけ。それだけでもかなり面倒に思っている彼からすれば、このスポンジは救世主である。
どれ程の時間、力を使って擦れば良いかはまだ割っていない状態だが、きっと素晴らしい効果があると盲目的に信じている。次に掃除をするときが少し楽しみになっているが、そんな楽しみがあるにも関わらず直ぐにやらないのがこの男クオリティ。
これら和徒の頭の中に利用方法がでてきたアイテムとスキルは彼にとって嬉しいもの、便利なもの、そして夢を叶えるものだった。しかし、残りのものに関してはスマホの中から出すことは無いだろうと彼の興味は完全に失せている状態。
何かしらの役に立つかもしれないが、別にそこまで躍起になって活用方法を模索しなくてもいいだろうと言うのが、彼の気持ち。つまり、面倒なのであった。もしかしたら時間があって暇で、暇でどうしようもないときに考えるかも?程度。
気が向いたらねー。
日本語で信用できない言葉ランキングで上位に入る言葉を脳内に響かせて、明日、夢を叶えるための行動計画を立てる。
安いライターに火をつけ、ゆっくりを意識しながら煙を吸い込む和徒であった。
◇◆◇◆◇◆
何時もの出勤に間に合うギリギリに鳴るスマホの目覚ましで目覚める和徒の寝起きは最悪である。
思考は定まっておらず、折角開いた瞳も閉じる。頑張って開く。これを何度も繰り返し無駄とも言える時間を10分間過ごし、漸く動き出す。とは言え、その場から動くと言う訳ではなく上半身をお越し、ただ座っただけ。その場で前日に用意していたお気に入りのジュースを一口、二口飲み、未だ定まらない思考と開ききれない眼のままタバコを吸い始めた。
タバコを一本吸い終わり、漸く立ち上がる。
何時もの寝巻き代わりの着ているジャージ。多少乱れたそれを軽く整えながら脱衣場兼洗面所へ向かう。顔を軽く洗い、歯ブラシを咥えてキッチンへ。
シャコシャコと音を鳴らしながらコンロにヤカンをのせ、火にかける。そして、再び洗面所へと向かい。冴えない上にだらしない寝起きの己の顔を見ながらある程度歯磨きを済ませて、トイレへ。
用を足し、キッチンへとつく頃にはお湯が沸いていて、それでインスタントのコーヒーを入れる。
それを熱いと啜りながら何時ものソファーに座り、またタバコに火をつける。
ここまでは何時もの平日の朝の風景であったが
徐にやりだしたのは電話。
タバコをふかしながら相手方が電話を取るのを待つ。
待つことほんの数秒。電話を受けたのは何時も和徒がお世話になっている職場の上司であった。
「あ、どうもお早うございます。奥菜です」
『あー。おはよう。どうした?体調不良か?』
まるで慣れたような会話をこなす相手方。
それもそのはずで、奥菜 和徒は度々体調不良を理由に当日欠勤をしていた。それも本当は体調不良などではなく、本当のところはただのずる休み。職場の上司も薄々と気がついていていい加減にしろと内心思ってはいたが、今のご時世本人が体調不良と言っているのだから、それを理由に解雇も出来ない。やってしまえば逆に自分たちの職場か上司として自分自身が訴えられる可能性すらあった。
更に嘘だと思っている体調不良もそれを言葉にして責めてしまうとまた別の問題で訴えられる可能がある。
本当に儘ならない時代になった。
50代中盤になった中間管理職の彼はため息をつきたい心情であった。
「いえ、体調は問題ないんですけど、ちょっと私用が出来てしまって・・・・・出来れば今日・・・と明日とお休みが欲しいんです」
『私用か・・・・・わかった。今日と明日の二日間休むんだな?』
「はい。それでお願いしたいです」
『じゃあ明後日待ってる』
「ありがとうございます」
今日一日の予定を考えて休みを獲得。更に、ふと魔が差し明日も休みを獲得。
可能な限り働きたくないと常々考える和徒の悪癖が出た結果であった。