夜会嫌さに行き当たりばったりで結婚! 自分いつもこんな感じです。
私、リリアナ・サグレ―ザ・リットガルドはサグレ―ザ侯爵の三女で、
リットガルド伯爵家の長子にして、現当主のアルフレド・リグ・ライデル・
リットガルド様に正室として嫁いだばかりである。
そんな私だが、前世の記憶というものであろうか、「地球」という世界で
生きた記憶が生まれた時から残っていた。
高い塔や馬車のようであるが、馬なしで動く金属のようなツルツルした乗り物
「車」というものが印象に残っている。
前世の「私」は女性だったと思う。曖昧にしか思い出せないが、大人しく地味な
女性だったようだ。
そんな記憶があるせいか、私には貴族の令嬢としての教育がなじまなかった。
「淑やかであれ」とか「優雅であれ」とかは大丈夫だったけれど、
「家柄、権力、顔、金、いい男を狩るべし」「ライバル令嬢は笑顔で蹴落とせ」
などの貴族令嬢としてのたしなみは無理だった。
ちなみに先の名言、格言は私の二人の姉の言葉である。
二人は、侯爵令嬢として大輪の花として咲き誇り、上の姉は、この国の第二皇子の
正室となり、下の姉は、国に三家しかない大公爵家のひとつに嫁いだ。
なるべくしてなった結果だと思う。名言、格言通り、姉二人は宮廷で素晴らしい
「活躍」をして、お相手を獲得した。まさに獲得である。
そこにどれだけ熾烈な競争、思惑、陰謀、笑顔の嫌味の応酬、足の引っ張り合い、
物理的に足を引っかける、薬、ごろつき、暗さ・・・無理無理無理無理~~!!
ねえねえ、上姉さま、お父様と怪しい黒服の男となんか、某公爵令嬢が邪魔とか
話してなかった?次の日、その令嬢とんでもない醜聞が発覚して田舎の領地に引っ込んだよね?
下姉さま?次男じゃ困るのよね、なんとかならないかしら?と呟いていたら、
某大公爵家の跡継ぎたる若貴族の方、馬から落ちて、打ちどころが悪くてぽっくり
と死んでしまったよね・・・。
評判の悪い方だったせいか、なんでかたいして噂話にもならなかったけれど、
妾の子として、次男の方が登場して、その方を下姉さま、侯爵令嬢が支えます、
若い二人だけれど、皇国のため、領民のため頑張るって、「新」大公爵が
誕生したっておおいに噂話になっていたよね・・・。
え、令嬢のたしなみって、こんななの?フフフ、ホホホって微笑んで、
お茶してたらダメなの?なんなの、その犯罪ギルドみたいな暗躍っぷり?
怖いけれど、そのままにもしておけなくって、二人の姉に聞いたけれど、
二人は秀麗なお顔をせつなげにして「ご不幸は突然ふりかかってしまうのね。
私たちも気をつけましょうね」とレースのハンカチで目頭を押さえていた。
でも、涙出てないよ?上姉さま。あの口元が笑ってますよ、下姉さま?
そんな、黒い・・・いや怖い・・・違くて、努力を惜しまない姉たちは
私を可愛がってくれた。
えと、可愛がってくれたんだよね・・・?
どう転んでも自分たちの邪魔にならないし、あんまり貴族令嬢としてポンコツ
だから哀れに思ってかまってくれた・・・じゃなくて、
折にふれ、令嬢としての心得やさまざまなアドバイス(あの名言、格言ね)を
してくれた。
でも、暗さ、じゃなくて、「努力」は無理だし、他の貴族令嬢も友達になんて、
無理無理で怖くて、私は二人の姉の後ろに隠れてばかりいた。
たまにおまけの私に話しかけてくれる貴公子もいたけれど、気の利いた話なんて
できなくて、下ばかり向いていたら、去っていった。
姉ふたりが嫁いでしまった今、一人で夜会に行って、「努力」を
しなければならないのかと絶望していたら、姉ふたりが婚姻の話を
持ってきてくれた。
なんでも、上姉さまの嫁ぎ先の皇家の騎士で、下姉さまの大公様の
ご友人らしい。
さらにお父様が今度始めるある政策をかの方の領地でやる関係で
親睦を深めておきたいらしい。
なんか、皆に都合よくないか?と思わなくもないが、姉ふたりには降るように
婚姻の話があったが、影の薄い自分には、婚姻の話なぞ貴重である。
むしろ侯爵家にまだ子女いたの?と驚かれるくらいである。
上姉さまが、美しい眉をひそめて「でも、爵位が伯爵なの・・・」
と言ってきた。
下姉さまも「もう少し待ってくれたら、別の良い方を紹介できるかも。
でも留学中なのよ。帰ってこさせようかしら」と言う。
伯爵!いいかも!伯爵となると領地が王都より遠方の方が多い。
そのぶん、宮廷の行事や夜会に参加できないことも多い。
怖い・・・じゃなくて、気を遣うことの多い夜会に出なくてすむ。
下姉さま、留学されている方はそのままにしておいてあげてください。
帰ってこさせられてこんなのと見合いなんて可哀そうすぎる。
姉妹の会話を笑顔で見守っていたお父様は「かの方は伯爵ではあるが、
皇家の覚えもめでたいし、今度の政策がうまくいけば、我が家も伯爵家も
素晴らしい褒美が期待できる。
なにより、リリアナには格下の家に嫁いで大事にしてもらうほうが良いだろう。
おまえは、社交が苦手であるようだからな」と言う。
お父様、苦手とやんわり言ってくれてありがとう。
苦手どころか、まるでダメでした。
貴公子は、難解な気障なせりふばかりだし、令嬢たちは笑顔で足踏んでくるし。
姉さまたちが、ああなったのも環境が悪かったからかな・・・。
闘わないと踏み潰されるだけなんだよね・・・。
そういえば、お父様はいつも感情の読めない薄い笑顔ばかりで、
よくわからない人だけれど、令嬢として、ああしろ、こうしろと
急かされたことはなかったな。
なにも言わないってくらい見放されていたのかもしれないけど、私は楽だった。
上の二人の姉の要求が凄すぎたのかもしれないけれど。
私が嫁いで、お父様の役に立つようなら、いいかも。とにかくもう夜会に
一人で行くのはいやだ。結婚すれば一人で行かなくて済む。
よし結婚しよう!自分で結婚相手を見つけるなんて絶対無理だし。
この機会にのるしかない!いざ結婚だ!
「お父様、その伯爵様に嫁ぎたいと思います。よしなに・・・」
「そうか、しかし、末の子のおまえも嫁ぐか・・・。さびしくなるな」
お父様!よくわからない方だったけれど、さびしがってくださるなんて。
いまいち親子という気がしなかったけれど、実は愛情を持って・・・ん?
「お父様、そちらの方は?」
「ああ、親類から紹介された未亡人だ。今度娶る。男ばかり
三人も産んだ素晴らしい女性だ。今度こそ後継ぎを生んでもらう」
お、お父様、まだあきらめていなかったのか・・・。
実は上姉さま、下姉さま、私、それぞれ母親が違う。
上姉さまのお母様は外国の貴族令嬢。
お父様の男の子生めというプレッシャーを嫌って、出て行った。
下姉さまのお母様は国内有数の商家の娘だが多産系の家系
だったらしい。
しかしながら、下姉さまを生んだあと、儚くなった。出産は命懸けなのだ。
ちなみに、私の母親は侯爵家の上女中をしていた人らしい。
お父様が妻を亡くしたあと、手をつけたらしいが、田舎に許嫁がいた
らしく、すったもんだのあげく、私を生んだ直後、多額の金銭を持たされ、
田舎に帰されたらしい。もっぱらの噂です。
その後もお父様は、跡継ぎ欲しさにさまざまな女性と関係を持ったらしく、
「愛を狩る侯爵」とあだなされ(娘としては恥ずかしい・・・)、
でも、男の子は授からなかった。
お父様、子の性別は男性側が原因と聞いたことがあるような・・・。
「ほほほ、良いお子を産めるよう懸命に努めます。おまかせくださいませ」
「うむ、あなたには期待している。娘たちも片付いたし、あとは跡継ぎが
生まれれば、万事幸いだ」
お父様、ものすごいさっぱり顔ですね。私まだ片付いてナイデスヨ?
こりゃ、嫁ぎ先で頑張らないと。帰るところはなさそうだ・・・。
そんな訳で、顔合わせ、皇家への報告と許可、結婚式、挨拶まわりと
大変ではあったが済ませて、伯爵家の領地にある屋敷に着いた。
ちなみに、夫となった伯爵様とお会いしたのは、顔合わせと結婚式の
2回である。貴族の結婚なぞこんなもんである。
よくお顔も見ていないんだよね。顔合わせの時は、下を向いていたし、
結婚式の時も下を向いていた。下を向くのは私のデフォルトです。
横に並んだ時、背が高そうな気がした。なんとなく。