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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第一章 魔法魔術研究所
9/133

09 課題(2)

「レツ、お前はもうちょっと体力をつけた方がいいな。時間がある時は庭をぐるっと走れ」

「はい」


 うなずいたレツの表情に、リースはふと違和感を覚えた。暗いのだ。疲れているせいではないだろう。初めて魔法に成功したのだから、もっと嬉しそうにするかと思ったのに。

 ルイの方が先に成功したからだろうかとも考えたが、それも彼らしくない。元々自己評価が低いせいか、レツはルイに対して劣等感を抱いている様子は見られなかった。


「次回はもう少し難しいことをやってみるわね。今日のイメージを忘れないで。次がいつになるかは、また鳥を飛ばして知らせるわ。……レツ、ちょっといい?」


 地面に置いていた荷物を拾い上げると、レツはリースとロウの前までやってきた。ほんの僅かだが、やはり元気がない。

 もう帰ってもいいはずのルイは、足を止めてこちらの様子を見守っていた。


「何か困ってることとか、悩んでることがあるんじゃない?」


 そう言われて、彼は目を泳がせた。明らかに言うかどうか躊躇っている。

 黙って待っていると、レツはようやく口を開いた。


「……実技のことじゃないんですけど」

「どんなことでも話してくれていいのよ」


 レツは迷いに迷った様子だったが、結局打ち明ける気になったようで、本に挟んでいた一枚の紙をリースに差し出した。

 受け取って広げると、魔法の分類に関する課題の用紙だった。


「この課題だけじゃないんですけど、勉強の仕方が悪いみたいで。でも、何をどうすればいいのか分からないんです」


 本来なら、返却された課題には、間違っている箇所の指摘や良かった点が記されているものだ。だが彼が渡してきたものには、ただ一言「採点の価値なし」と書かれているだけだった。隣から覗きこんでいるロウが「なるほどね」と溜息をつく。

 リースだって溜息の一つもつきたかったが、レツの手前、それを飲み込んだ。

 これはちょっと面倒かもしれないと頭が痛くなる。

 レツの課題は、「魔法の分類について」という題目自体が正しいのであれば、内容は特に問題がなかった。もちろん説明不足な点や多少の誤字はあるが、許容範囲だ。よく調べて書けている。それなのに採点の価値なしとは、つまり、最初から評価することを放棄されている。

 どうりであんな散々な評価になるはずだ。

 どうしようかと悩んだ末、リースは努めて明るい顔でレツを見た。


「私はこれ、よく書けてると思うわ。レツがよく勉強してるのが分かる。すぐに評価に結び付かないかもしれないけど、今のやり方が間違ってるとは思わないから、とりあえず今までどおりに今日の課題はやってみて。明日は一緒に課題をやってみましょう。それと、これはちょっと私の方で預かるわね」

「自信持っていいぞ。俺より全然マシだから」

「……そうね、あんたこそ勉強すべきだわ」


 あえて道化を演じてくれたのに感謝してそれに乗ると、レツの表情が多少和らいだ。それに少しほっとする。

 ロウが強めに背を叩いて「帰っていいぞ」と言うと、レツは頭を一つ下げて資料館へと向かって歩いていった。それを見送り、声が届かないところまで離れてから、リースはルイの方へと目を向けた。彼はずっと、先程から微動だにせず成り行きを見守っていた。

 ロウがリースの手から課題を奪い、ルイに「見たいか?」と差し出すと、彼は黙ってそれを受け取って目を通した。


「それ、お前の名前で出したらどうなる?」

「良い評価がもらえると思います」


 読み終えたルイから課題を受け取りながら、リースはじっとルイを見つめた。

 ルイがレツをどう思っているのか、リースはまだ掴みかねていた。

 ルイは人当たりの良い少年だ。初めて彼女がルイに会った時、ルイの印象は調査書に書かれている印象そのままだった。今の教授からの評価とも一致している。だが、レツの前ではその印象はない。人当たりが良いどころか、きつい言葉をがんがん浴びせているし、指導している間に会話をするでもなく、和気あいあいとしているところは見たこともない。

 だが彼がこの場に留まっていたのは、きっとリースとロウに何か伝えたいことがあったからなのだろう。


「この課題、出したのは誰?」

「ベン教授です」


 ロウが小さく舌打ちしたのが聞こえた。

 ベン教授は紫色の目を持つ人に当たりが強い。ミーシャに対してもそうだった。ただ、ミーシャの時は、ベン教授は教育部門の責任者ではなく、教授陣の内の一人に過ぎなかった。だから評価にダイレクトに響かなかったのと、ミーシャ自身が自己主張の激しいタイプだったのが幸いして、彼女への被害はあまり大きくなかったのだ。


(どうしようかしら。とりあえず私が教授に話をしにいくとして、それでも駄目ならレータ所長に――)

「ルイ」


 ロウの声に、リースは思考を中断した。


「お前が首を突っ込む必要はないからな。レツはお前のパートナーかもしれないが、面倒を見なきゃならないわけじゃない。そういうのは俺達の仕事だから」


 ルイは眉根を寄せたまま、返事をしなかった。


「お前はお前で精一杯なんだ。今は自分のことを考えてろ」

「……分かりました」


 ルイは頭を下げると、踵を返してその場を去っていった。寮へと入っていくその背中を見つめる。そうしていて、ようやくリースは気が付いた。


「あの子、レツには最初から気を許してるんだわ」


 きつい言葉を吐くのも、心を開いているからこそなのだ。どうしてそうなったのかは分からないが。


「あいつ自身は気付いてなさそうだけどな」


 リースはうなずいた。

 ロウが「ルイの方も」と言ったのは、ルイも評価だけで判断しては危ういということなのだろう。そういうところは意外と気付くのだ、この男は。

 レツに対して心を開いているのならば、逆に言えば、他の者には心を閉ざしていることになる。無理をして潰れてしまわないか、こちらはこちらで不安だった。


「片目ずつ交換できたら丁度良いかもな」

「馬鹿なこと言わないでよ」


 レツは目の色のせいで疎まれ過小評価され、ルイは目の色のせいで崇められ理想を押し付けられる。どちらも生き辛いだろうとリースは思った。

 空を見上げると、いつの間にか日が沈んでいた。まだ空の端に夕焼けの赤が残っているが、空の大半は既に夜の色になっている。茜色と紺色の境目にできた紫色を見つけて、リースは古い伝記に記されたエリク王のことを思い出した。

 スタシエル王国を建国したエリク王の目を、当時の人達は「黄昏時の空の一片を切り取ったような美しさ」だと評していた。それが今や呪いの象徴だなんて、やるせない。

 幸せに暮らしてほしい。たったそれだけがとても難しかった。


(私は私で、できることだけでも)


 リースは手元にある課題に目を落とすと、今日一番大きな溜息をついた。

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