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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第二章 自警団
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40 騎士団入団試験 二日目(2)

 廊下の先の出口のところに、人だかりが見えた。リースは不思議に思いながらそこへ近付き、試験の様子が見えるようにと人を掻き分けて訓練場に入った。


「あら、ウィル。来てたの?」

「お久しぶりです。二人が入団するかどうかで、俺の来年再来年あたりの仕事が変わってくるので、様子を見に」

「……ああ、そうだったわね」


 先程、今は考えないでおこうと逃避した内容にぶち当たって、何とも言えない気分になった。結局、弟子達に関わっている限りは避けられない。

 神獣スタシエルが予言した「その時」が来た時、騎士の誰かがそれを察知しなければならない。一番近くにいるのはやはりパートナーであるルイだが、この件に関しては彼に任せられない。それに、時の魔導士がその任に就いた方がいいとなって、白羽の矢が立ったのがウィルだった。レツと既に面識があるというのも都合が良い。


「それにしても人が多いわね。もしかして隊長が来てるの?」

「まさか」


 二級魔導士の試験の時のように直接相手をしたくなったのかと思ったが、リースの読みは外れた。


「でも隊長絡みなのは当たりです。ヴァフ隊長が相手をしていた人物の強さがどんなものか、皆見てみたいんですよ」

「買い被りすぎじゃない? 実力があるとは言っても未成年の子よ」


 そんな、わざわざ見学するほどのものではない。二人一緒に見るのは彼女も久しぶりだが、一人ずつならついこの間まで見ていたのだ。二人の実力は、師匠であるリースとロウならよく知っている。


「まぁ、いいじゃないですか。減るものじゃなし」

「見世物小屋じゃないのよ、もう」


 ルイが注目されなくなる日は、もしかしなくても一生来ないのではとリースは苦笑した。そのルイと一緒にいて平然としていられるのだから、レツも相当だ。自分のパートナーがあれだけ目立てば、己を卑下するか、相手に嫉妬でもしそうなものだが。きっとそれがないから、あの二人はペアを組んでいられるのだろう。


 離れたところにいる二人は、名前を呼ばれたようで前へ進み出た。いつものように、レツは杖を、ルイは木剣を手にしている。二人とも色々試し、どれもある程度は使いこなせるようになったが、結局得意な武器はあれに落ち着いていた。

 相手をする騎士は今年で三年目のペアで、水と炎の属性の者達だ。騎士の側は、普段の武器ではなく杖を使う決まりになっている。

 ここからでは声は聞こえないが、試験官が魔術品の代わりとして、破壊する目標の物を掲げた。腕輪だ。まずは水の魔導士が腕にはめる。あれをパートナーに投げ渡したり、狙いにくいよう懐に入れたりして受験者の星舞から逃げるのだ。


 合図があったようで、四人は一斉に動き出した。

 まずレツの姿が消えた。ルイは杖を振り下ろしてくる炎の魔導士の攻撃を受けながら、じりじりと後退していく。ルイの方から本気で仕掛ける気はないようだ。

 レツが見えなくなったことで攻撃はルイに集中している。水の魔導士はレツの姿を探しながら、時折炎の魔導士を援護していた。

 だが、二対一でルイが負けているという印象はない。二人の攻撃を上手に防ぎながら、何かを待っているように見えた。


 レツはまだ現れない。消えたままで、騎士達に何かをしている様子もない。タイミングを窺っているのだろうか。


 そばにいた誰かが「あっ」と声を上げた。

 水の魔導士の腕から腕輪が抜け、宙に放り投げられる。紫色の鳥が一瞬だけ見えた。それとほぼ同時に、レツの姿が現れる。

 腕輪を中心に、ほとんど同じ距離でレツとルイが向かい合っていた。


 二人が腕輪へ向かって武器を掲げるのは、ほとんど同時だった。


 その瞬間、リースは、自分が巨大な風の壁にでもぶつかったような感覚を味わった。

 弾けるような音と共に、周囲に紫と白の輝く欠片が舞う。

 驚きとともに、なんて綺麗なんだろうと見惚れてしまった。それはきっと彼女だけではなかったはずだ。


「……星が舞った」


 本当に、夜空に輝く星のようだと思った。


「まさか、ですね。騎士団でも数組しかできないのに。相手をさせられた奴らがちょっと可哀想だな」


 間近で受けた衝撃は相当なものだったようで、騎士の二人は地面に体を投げ出してしまっている。レツとルイも、自分達の技に思いきり吹き飛ばされたようだった。

 まだゆっくりと星が舞い落ちてくる中で、同じく攻撃を食らった試験官が立ち上がり、二人の受験者に合格を告げていた。どこからか拍手の音が聞こえてくる。

 相手の騎士達も立ち上がり、試験官の元へ集まってきたレツとルイに手を叩いていた。


 二人のところへ駆け寄ろうと、かかとが地面から浮いた――が、ロウが駆け寄るのを見て、かかとは再び地についた。

 ほとんど背丈の変わらない二人の髪を、ロウがぐしゃぐしゃとかき回している。それを見て、あそこまで乱暴にではなくても、自分もああやって弟子の頭を撫でようとしていたことに気が付いた。


(でも、もうそんな歳じゃないわよね)


 素直に喜んでいるレツの顔も、はにかんでいるルイの顔も、もう大人と変わらない。年が明ければ、彼らも成人だった。


 リースは踵を返した。

 ウィルに名前を呼ばれたが、振り返らずに手を振って逃げる。

 今、声を出してはいけないと思ったのだ。声と一緒に、我慢しているものが出てしまいそうだった。


 誰もいない廊下に、目に焼き付いた二色の星が煌めく。


(どうしてよ。喜ばしいことのはずなのに)


 ロウのように、ただ成長を喜べばいい。それなのに涙が出そうなのは、今まで逃げてきたつけだった。


「リース、受付終わったわよ」


 廊下の先に現れたパートナーの姿に、リースは今度こそ駆け寄った。察した彼女は、飛び込んできたリースを腕を広げて受け止めてくれる。

 肩に額を預けて、リースは長い溜息をついた。目に見えないその息に、色んな感情が混ざっている気がする。


「どうしたの? まさか駄目だったの?」


 リースは額を押し当てたまま首を振った。


「星が舞ったわ」

「すごいじゃない!」

「そうよ、すごいわ。すごいのに……あの子達が一緒にいられる時間は、もうあまりない」


 ロウはルイに神獣の言葉を伝えたが、肝心なところは伝えなかった。伝えなかったとわざわざリースに言ってきたのだから、わざとだ。

 これでは、騎士団に反発してレツが生きる道を探しているルイは、道化のようなものじゃないか。リースはそう思ったが、彼女も、それをルイに伝える気にはなれなかった。

 そして、当人のレツには、まだ何も伝えていない。


 予言の時が来たならば、レツは自ら日没の矢の元へ向かわなければならない。

 日没の矢は結界を張って隠れている。神獣の話では、レツが近付いた時、日没の矢は彼一人を結界の中に引きずり込むらしい。

 たった一人だ。他の者はそばにいたとて入れない。

 何百年もの時を経て、結界は脆くなっている。精霊を引き連れた魔導士を通したならば、結界は精霊により内から破られるだろうと。


(ただ、結界が破れるには時間がかかる。その間、一人で日没の矢と対峙して、無事でいられるとは思えない)


 精霊は結界を破ることに全力を注ぐだろう。つまり、レツに手を貸してはくれないのだ。日没の矢を前にして、その時彼は魔導士ですらなくなってしまう。

 レツがどんなに魔導士として優秀でも、二人の星舞がどんなに強力でも、予言の時には役に立たないのだ。


「頭の中がぐちゃぐちゃなの。あの子達のことを考えると、どうしてもその先がちらついてしまって……でも、情けないけど、一年後や二年後のことを考えるのが嫌なのよ」


 一生懸命に杖の先と睨めっこをしていた、幼い頃の二人を思い出す。ちっぽけだった少年達は、師である自分達を追い越した。そのことに対する喜びと、もう自分は用済みだという寂しさと、待っている未来に対する恐怖と、何もできない、直視しようとすらしないことへの罪悪感。

 会う前から、いつか日没の矢によってレツが死ぬことは分かっていた。だから覚悟していた。それでも、きっとミーシャの時のように辛いだろう。悲しくて涙を流し、長い時間弔い、それでも時の経過と共に少しずつそれも薄れていくだろうと考えていた。

 だが、当初予想していたよりもずっと重い。重すぎてリースには耐えられなかった。


「あの子に、死んでこいと言うようなものだわ。でも指をくわえて見ていることしかできない。もし、魔導士にならなければ……」


 魔導士にならなければ、こんなことを強いられなかっただろうに。


 このことをレツに話せば、きっとレツは覚悟を決めるだろう。それが恐ろしい。だからリースは話そうとしないのだ。それが、レツにとって良いことなのか悪いことなのかは分からないが。

 堪えるのが難しくなった涙が、ぽたぽたと床を濡らしていた。こみ上げてくる嗚咽を噛み殺す。

 優しく、肩を叩かれた。


「過去のことを言ってもどうにもならないわ。魔法を教えたことを悔やんでも、教えなかったことにはならない。……ひどい言い方かもしれないけど、この件に関して、あなたにできることなんてほとんどないわ。もちろん、私もだけど。完全に力不足よ。だから、好きに過ごせばいいと思うの。その日が来るまで泣き明かしてもいいし、ずっと目を背けててもいい。仕事だけはしてくれないと困るけど」

「……確かに、ひどい言い方」


 まだ涙が零れているのに、笑ってしまった。自分の愚かさに笑ったのかもしれなかった。


「仕事だけは、きちんとするわ」


 せめて、自分のことはしっかりしようと思う。余計な心配をさせないためにも。

 目を閉じると、瞼に残っている紫と白の星の光が見えた。

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