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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第二章 自警団
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39 騎士団入団試験 二日目(1)

「師匠、おはようございます」


 耳慣れた声に、リースは名簿から顔を上げた。弟子の一人であるレツだった。この一年か二年の間に急に背が伸び、リースはとうとう追い抜かれてしまっていた。男の子なのだからその可能性の方が高いと分かってはいたものの、抜かれたと分かった時は何となく寂しい気持ちになったものだ。


「おはよう、随分早いわね。もう受付のチェックをしてしまっていい?」

「はい、お願いします」


 名簿の中からレツの名前を探し、受付済の印を書き込む。


「後は実技だけだから、もう受かったも同然よね?」


 笑いかけると、レツは曖昧に微笑んだ。全く自信がないわけでもなく、しかし不安がないわけでもない、といったところだろうか。


「どうでしょう。ルイと会うのが久しぶりだから、連携や星舞がどうなるかなって」

「そんなに久しぶり? 昨日の面談とか筆記の時に会わなかったの?」

「はい。向こうは随分早く面談も筆記も終わらせちゃったみたいで……師匠の結婚式以来ですよ。手合わせしたのは師匠達に指導してもらった一昨年の秋が最後ですし」


 折りを見て会うくらいはしていると思っていたのに、意外だった。


(顔を合わせにくいのかしら。ヴァフ隊長に食ってかかったってロウが言ってたし、吹っ切れたのかと思ったけど)


 それで今日はこんなに早く来たのかと合点がいった。少しでも早く会いたいなら、先に受付を済ませて待ち構えているのが一番確実だ。

 レツの狙いどおり、今日はまだルイは来ていない。


「一応今日も控室はあるけど、そこで待ってる? 来たら教えてあげるけど」

「ここにいてもいいですか? もうすぐ来るでしょうし」

「かまわないわよ。今日は昨日ほど人もいないし」


 昨日の筆記でかなりの人数が落ちたのだ。毎年のことだが、受ける側はどうも筆記を軽視しすぎる傾向にある。「勉強どころか書くのも読むのも苦手です。体を動かすことだけが得意です」といった者も多いが、そんな者は騎士団としては不要だった。


「……実技は、騎士を相手にしながら目標物を星舞で破壊するんですよね? 二級魔導士の試験の時に似たようなことをしましたけど」


 レツとルイが二級魔導士の認定試験を受けた頃、リースはロウと共にガーデザルグ王国に潜入していた。だから、帰国してから報告書でヴァフ隊長に相手をしてもらったと知って驚いたものだ。


(隊長、ミーシャのことも気にかけてたものね)


 ミーシャは騎士の道へは進まなかったので接点はほとんどなかったが、レツはあの時既に騎士を目指していたので気になったのだろう。

 紫色の目を持つ子供達のことを、彼はいつも気にかけている。隊長という目立つ立場にいるのも、彼らが無闇に虐げられないようにと考えているからだ。実際、騎士団の隊長と同じ目を持つ子供達を大っぴらに迫害する者は、セタン周辺では随分少なくなった。

 それなのに、神獣の言葉どおりになるなら、隊長は一人は見捨てることになる。

 ヴァフ隊長が内心何を思っているのかは分かりようもなかったが、リース自身は、未だに現実味がなく、受け入れたとは言い難かった。こうして普通に接していられるのだって、現実逃避しているからだ。


「師匠?」

「ああ、ごめんね。二級の試験を見たかったなと思って」


 よりにもよって当人の前で考えるべきではなかったと、リースは頭からそのことを締め出した。やはり現実逃避だ。


「実技の内容はそのとおりよ。相手は若手のペアだから、隊長よりは楽でしょ?」


 若手とはいえ騎士には違いないので、失敗したからといって不合格になるわけではない。入団後に鍛えてどうにかなりそうならそれで良いのだ。

 レツが入口の方へ顔を向けたので、リースもつられてそちらを見た。

 この建物の開け放してある扉のさらに向こう、門のところに、遠目でも目立つ金髪の頭が見えた。


「今、姿が見える前に気付いたでしょ。よく分かったわね」

「研究所の結界の中に入ってしまうと分からないんですけど」

「ああ、そういえば研究所に入れないんだったわね」


 騎士になれば職務の都合で結界は解かれるはずだが、今更入りたくもないだろう。ロウだって、研究所にはあまり行きたがらない。二人が騎士になってあそこに弟子がいなくなれば、きっと近寄らないだろう。


(フィーナのやっていることが実を結べばいいけど)


 二級魔導士になった彼女は、あちこちの魔導士養成所に足を運んでいるらしい。レータ所長の元で、表向きは研究としているそうだが、実際には教育に関して学んでいる。彼女自身がパートナーに恵まれず、師匠を途中で失ってしまった辛い経験があるからこそ選んだ道だ。

 現在教育部門に居座っているベン教授らからの反発は免れないので、あまり公にはしていないそうだった。

 一朝一夕というわけにはいかないだろうが、研究部門と比べるとどうしても疎かにされがちな教育部門の改革は、これから入ってくる研究生達のためになるだろう。リースはそう思ったし、結婚してあまり身動きがとれなくなった今だからこそ、そちらへの協力ももっとできるのではと考えていた。


(初めての弟子であるこの子達のことだって、ガーデザルグ王国へ行っている間はほったらかしだったし)


「おはよう、ルイ」

「おはよう。師匠、おはようございます」

「おはよう。あなたの受付も済ませるわね」


 名簿に書き込んでから顔を上げて、並んでいる二人を見た。


「レツ、こうやって見ると本当に背が伸びたわね。もしかしてルイより高くなった?」

「本当ですか?」


 明るい表情になるレツとは対照的に、ルイはむっとしたようだった。


「なんだ、その顔。真っ直ぐ立てば俺の方がまだ高いぞ」

「そうかなぁ。でも、僕まだ成長期終わってないよ、きっと」

「俺だってまだ伸びてる」


 リースは笑いを噛み殺した。ぎこちない関係になってはいないかと少々不安だったが、いらぬ心配だったようだ。


「じゃあ、二人とも控室で待っててね。じきに始まるからどこへも行かないように」

「分かりました」

「頑張ってね。見に行くから」


 弱くなっていたら鍛え直すわよ、と付け加えると、二人揃って笑った。

 建物の奥へと歩いていく二人の背中を見送ってから、リースは仕事に戻った。次々にやってくる受験者をチェックしていく。


 試験自体は、全員が揃わなくても開始される。

 実技試験は結構な時間がかかるので、一定数が集まれば説明を行い、順に始めてしまうのだ。

 レツもルイも早く来たので、順番が回ってくるのは早いだろう。

 見に行くと言ったものの、来るのが遅い受験者が一人でもいれば、リースはこの場を離れられなかった。

 早く全員来ないかとそわそわする。


「代わってあげるわ」


 まだかまだかと入口を凝視していたリースは、その声に振り返った。今のパートナーだった。


「そろそろ始まるみたいだから。弟子の試験、見たいでしょ?」

「助かるわ、ありがとう!」


 リースが名簿を預けると、それを受け取りながら彼女は悪戯っぽく笑った。


「今度奢ってね」

「もちろん」


 ほとんど走るように歩きながら、リースは試験会場になっている訓練場へと急いだ。

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