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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第一章 魔法魔術研究所
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08 課題(1)

「さぁ、気になったものをどんどん持ってきなさい」


 チャド教授の、腹から出した大きな声が庭に響いた。

 彼は体を動かすことが好きらしい。室内で講義するのを好まず、今日も研究所の庭に子供達を連れ出していた。どんな薬草が生えているか探してみようということで、研究生達は庭のあちこちに散って図鑑を睨みながら薬草を探している。

 植物というのはじっとその場に留まるためか、精霊の加護を強く受け蓄積していく。煎じて薬にしたり魔法道具の材料に使用したりと、日常に深く根付いていた。

 教授は一人の研究生の持ってきた草を受け取ると、他の研究生に見えるように高く掲げた。数枚の細長い葉がらせん状になっている。


「さっそく一つ目だ。家で使ったことのあるやつも多いだろう。らせん草と言って、傷口に塗ると化膿するのを防いでくれる」


 教授は草を研究生に返すと、他の研究生の様子を見回り始めた。

 特別な効果のある植物は、医術師や薬師のように熟練の者ならば見るだけでその効果まで分かるのだという。だが今は、もちろん研究生の誰もそこまで分かる者はいなかった。


「教授」


 ルイに呼ばれて、チャド教授は彼の元に行く。ルイが指差す木を見上げて、教授は一つうなずいた。


「月光樹だな。夜になれば咲いた花が淡く光るから、夜であれば見分けるのは簡単だ。皆がいつも使っている月光灯は果汁と樹液から作られている。あまり知られていないが、葉は煎じると解熱剤になる。『薬草』と言われるが、木や花も大事だからな」


 地面に生えている草ばかり目で追っていた研究生達が、次々と木を見上げていった。


「さすがだね」


 セイはそう呟くと、自分も草を一本引き抜いてチャド教授の元へと駆けていった。


 本格的に授業が始まると、ルイはすぐに頭角を現した。明らかに他の子よりも頭一つ抜きん出ている。教授達も一目置いているようだった。

 ルイは、自室にいる時はほとんどずっと机に向かっている。レツもそれに倣って頑張っているつもりだったが、評価には全く結びついていなかった。この授業の前に返却された課題もひどい結果だ。だが、何が悪いのかレツには判断できず、それがさらに困ったことだった。


(同じ時間頑張ったって、頑張り方が間違ってたら意味ないよね)


 ここまで悪いと、勉強時間を多くとっても好転しないことはレツにも察しがついた。しかし、ならばどうすれば良いのかというと、それも分からない。

 課題を返却する時の、ベン教授の「どうせあと数年だ。潔く辞めたらどうだ」という冷たい声が、まだ耳に残っていた。

 確かに、二十歳までそれほど時間がない。それに、あと数年どころか、明日呪いで死んでもおかしくないのだ。

 レツは首を振って思考を切り替えようとした。今は授業に集中しなければ、どんどん悪循環に陥ってしまう。


 木の根元に白い産毛が生えた草があるのを見つけ、彼はそれを取ってチャド教授の元へ走った。

 チャド教授のところには何人も研究生がおり、順番待ちをしていた。レツも待っていたものの鐘が鳴る。時間切れだ。

 解散だと声をかけると、教授はさっさと帰っていってしまった。

 色々上手くいかないな、と少し肩を落とす。


「それ、解毒に使える草だよ。惜しかったね」


 セイにぽんと肩を叩かれて、レツは少し笑ってみせた。


「君、この後どうする? 資料館行く?」


 レツは首を振った。


「今日は師匠達が来てくれるって。だから庭に残るよ」


 レツは手を振ってセイを見送ると、近くにあった岩の上に腰を下ろした。同じくリースとロウを待っているルイは、少し離れたところで本を広げている。それを見て、自分ももっと頑張ろうと気合を入れ、授業中に使っていた図鑑に目を落とした。




◇◇◇◇




「そういえば、書類は? ちゃんと目を通したでしょうね」


 研究所の庭を奥へと進みながら、リースは自分のパートナーへと声をかけた。ロウは若干鬱陶しそうにしながらも、うなずいた。


「読んだ、ちゃんと読んだよ」


 リースは嘆息する。教授達とのやりとりはこちらが全面的に請け負っているのだから、肝心の弟子達のことくらいは知っていてほしいのだ。目の前にいればきちんと指導してくれるが、元々この男は書類というものが好きではない。ちょっと目を離せば怠けるだろうとリースは睨んでいた。


「で、読んだ上で聞くが、お前はどう思ってるんだ?」

「どうって?」

「現時点での問題点」


 リースは唸った。研究所の教授から下されている弟子達の評価は、見事に正反対だった。ルイの成績は文句なしで、一年生の中では特に評価が高い。協調性もあるし、他の研究生から人気もあり、授業中も積極的な様子で評判が良かった。入所前の調査書も同じような内容だったので驚きはしなかったが、正直ここまでできると気持ち悪いくらいではあった。

 反対に、レツの評価は見るも無残な状態だった。入所前の調査書は当たり障りのないことしか書かれておらず――呪いを恐がって、だと思うが――不透明な状態だったが、それでもここまで悪いとはリースは考えていなかったので、書類が手元に来た時は驚いた。

 協調性なし、消極的――まだこれは何となく分かるが――課題の評価も良くない。さぼるようなタイプには見えないので、きっと努力しての結果なのだと思う。


「レツの評価が気になるところなのよね。もしかして根本的に勉強の仕方が分からないってことないかしら? 故郷ではきっと、誰にも教えてもらわなかっただろうし……でも、正直書類だけじゃ分からないわね。実際に見てみないことには」


 どこかで時間を作って勉強を見てやらなければならない。


「ルイの方もだぞ」

「え?」


 その言葉の意味を確かめる暇はなかった。待っている弟子達の元に着いてしまったのだ。

 レツとルイは少し離れた場所にそれぞれ座っていたようだが、立ち上がって二人の方へ寄ってきた。


「前の続きだ。杖は借りてきてるな? じゃあやってみろ」


 ロウが声をかけると、二人はうなずいて杖を掲げ、その杖の先端をじっと見つめた。

 魔法の一番難しいところは最初の一歩だった。目には見えない精霊の気配を知り、その動きを察し、こちらの意図を伝えること。魔法は呪文を必要としない。だからこそ、己の感覚が頼りだった。こればかりは自分で見つけてもらうしかない。

 強力な魔法を使うのでなければ、杖はなくてもいい。ただ、一点に意識を集中させやすいようにと持たせていた。

 二人とも、杖の先に精霊が集まるイメージをしているはずだが、残念ながらまだ杖先には何も変化がなかった。もっとも、実技を始めて数回目の彼らができていなくても、まだ慌てる必要はないとリースは考えていた。この最初の一歩を踏み出すのに半年かかる子だっているし、諦めて研究所を去る子もいるほどだ。それほど難しいのだから、無駄に焦らせるようなことはしたくなかった。


 リースはレツを見た。紫色の目で懸命に杖先を凝視している。少なくとも、リースとロウの前では、彼は真面目な弟子だった。最近は友達ができたとも聞いているし、少し雰囲気も明るくなってきたと安心していたのだが。


「レツ、目を閉じてやってみろ」


 ロウの声にぎくりとしたレツは、戸惑った後、言われたとおりに目を閉じて集中し出した。

 闇の精霊が動く気配がした。レツの周囲を漂っていた精霊が、ゆっくりと彼の腕から杖へ、そしてその先へと集まっていく。本来目には見えない精霊がエネルギーとなって可視化され、紫色のぼんやりした塊が杖の先に浮かんだ。


「上手いじゃないか」


 レツがその声に目を開けると、紫色のもやは一瞬で消えてしまった。瞬きして、もう何もない杖先を見つめている。


「集中力を切らすからだ。もう一回やってみろ」


 レツは言われたとおりにそれを繰り返したが、何度やっても、目を開けてしまうと上手くいかないようだった。

 隣でそれを見ていたルイは、レツが五回目に失敗した時に同じように目を閉じて挑戦した。ふわりと真っ白な光の玉が杖先に浮かび上がった。ゆっくりと、慎重に目を開ける。彼の場合、その玉は消えずにまだ浮かんでいた。


「ルイ、そのまま続けてみて」

「はい」


 短く返事をすると、真剣な表情を崩さないままで彼はじっと杖先にできた光の玉を見つめていた。その様子を見つめていたレツが、もう二度ほど挑戦すると、こちらも無事に成功する。

 レツの方もしばらく続けさせた後、頃合いを見計らってリースは止めの合図を出した。


「二人共おめでとう。ひとまず最初の一歩ね」


 魔法を止めるとどっと疲れが襲ってきたのか、二人は肩で息をしていた。いつの間にか赤くなった夕日の光で、滲んだ汗が光っている。効率的に使えるようになるまでは案外疲れるものだ。

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