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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第二章 自警団
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34 答え

 年が明けた。例年より寒い冬だったが、さすがにもう雪が降る気配はない。精霊感謝祭を済ませたセタンは、若葉の緑が鮮やかな季節を迎えていた。

 ロウは欠伸を噛み殺した。眠気覚ましに体を動かそうと訓練場に向かう。夜勤の者が帰ってくるにはまだ早い今の時間、すれ違う人もまばらだ。


「おはようございます」


 再び出ようとした欠伸を噛み殺そうとしたその時に声をかけられたので、危うく舌を噛みそうになった。


「おう。元気か?」


 後ろから声をかけてきたのはルイだった。

 騎士団本部に来たということは、ヴァフ隊長に呼ばれたのだろうか。どんな頻度でどんな指導を受けているのか、ロウは全く聞かされていない。ルイと会うのもかなり久しぶりだった。


「おかげさまで」


 にこりともしない。これは嫌味かとロウは考えた。


(いや、でも笑わない方が、こいつの場合はましだな)


 少なくとも、心を開いている証拠ではある。好かれているかどうかは別として。


「隊長に呼ばれたのか?」

「はい。長いこと放置されていたので、師匠達に相手をしていただこうかと考えていたところだったんですが」


 行き先が同じため別れることもできず、微妙な空気のまま、ロウはルイと一緒に訓練場に向かった。

 辿り着いてみると、幸か不幸か、他には誰もいない。

 準備運動代わりに久しぶりに手合わせをしようかと考えたものの、ヴァフ隊長はすぐに姿を現した。


 ロウは、ヴァフ隊長とはそれほど接点がない。彼はまだまだ下っ端で、隊長と共に仕事をしたことなどなかった。

 だから、ロウとリースに代わってルイの面倒を見ると言い出した時には驚いたものだ。光の魔導士は確かに珍しいが、他にいないわけではない。騎士団に在籍している全員に隊長が関わっているようには見えなかった。


「呼ばれた理由は分かっているな」

「はい」


 ルイの周囲を、精霊がぐるぐると渦を巻くように動き出した気配がした。まるで臨戦態勢だ。きつい眼差しは真っ直ぐ隊長に向けられている。

 これはひょっとしなくても、険悪な雰囲気じゃないのかとロウは思った。


(俺はここに居ていいのか?)


 だが、今ここを出ていくのも微妙な気がした。自分がいて困ることがあるなら、はっきり出ていけと言われるだろう。そう考えて、ロウは少し距離をとって成り行きを見守ることに決めた。

 しばらくの間、二人は黙ってそこに立っていた。

 こうしてみると、二人とも光の魔導士であるだけでなく、周囲に集まってきている光の精霊の種類も似ているのが分かる。だからなのか、ルイは、精霊が自分の元から離れていかないようにと力を込めているように見えた。


「見つけた答えを聞かせてもらおう」

「……私は、彼の件に関しては、あなた達に従えません。望んでいる未来が違う」


 ルイの琥珀色の目は、ヴァフ隊長とロウを交互に見た。

 ルイは、一年以上前にロウが伝えたことに対する返事をしているのだ。あの時、表面上は物分かり良く振舞ったものを、今は突っぱねている。


「君は勘違いをしていないか? 我々は、彼を見殺しにしたいわけではない。最善は尽くすつもりだ」

「それでも、彼の犠牲の先にしか日没の矢の破壊がないなら、あなた達は彼を殺せるはずだ。私は、それは望んでいません」


 ヴァフ隊長は小さく息を吐いた。


「騎士としては落第だな」

「私はまだ騎士ではありません」

「騎士になっても、譲るつもりはないのだろう?」

「はい」


 隊長はルイから目を逸らすと、ロウを見た。懐から取り出したものを投げてよこす。慌てて受け取ると、鍵の束だった。


「資料室へ入れてやれ。私が指導する必要はもうない」

「は、はい……え、いいのですか?」


 反射的にうなずいてから慌てて尋ねたが、ヴァフ隊長は返事もせずに立ち去ってしまった。


(騎士としては落第と言ったのに、資料室か)


 ロウがルイに目を向けると、剥き出しだった敵意は幾分抑えられていた。

 それでも、ルイにとってはロウは隊長側の人間だ。弟子から向けられる視線のきつさは、居心地の良いものでは決してなかった。


(ガキだよなぁ、こいつも。今年で十七ならガキで当たり前だが)


 これから騎士になるというのに隊長に喧嘩を売るのだから、相当だ。ロウだって人のことを言えるタイプではないが、さすがに隊長相手にあそこまで言える気はしなかった。


「あー……行くか? 資料室」


 ルイがうなずいたので、ロウは資料室へと案内した。

 騎士団の資料室は、騎士であっても入室に許可が必要だ。騎士でなければ、所長クラスの研究員くらいしか入ることが許されない。そのどちらでもないルイに入室を許可するのは異例だろう。ロウでさえ、数えるほどしか足を踏み入れたことがなかった。

 預かった鍵の束を確かめる。この分だと、一番奥まで入れるだろう。


「何が見たい?」

「そんなの分かってるでしょう」

「お前なぁ」


 つっけんどんな態度に少し苛立ちつつ、面白くも可愛くもあり、随分高い位置になった頭を鷲掴みにした。整った髪をぐしゃぐしゃにしてやると、「やめてください」と抗議される。


「可愛くないことばっか言ってると、入れてやらねぇぞ」


 資料室へ続く通路に入るために、ロウはまず手にしていた鍵の一本を使った。その後いくつかの扉を素通りし、行き止まりに現れた扉の前で足を止める。この扉は、魔法で開けた。

 中は日の光が入らない。月光灯をつけて扉を厳重に閉め、さらに奥へと進む。ルイが求めている資料があるのは、資料室の中でも特に奥の方だ。


「分かってると思うが、このことは口外するなよ」


 古いものと新しいものが所狭しと並んでいる書架の間を進み、ロウは鍵を使って何度か扉を開け閉めした。奥へ行くほどに空気が埃っぽくなる。

 最後の扉を開けて、ロウはルイを中に招き入れた。

 日没の矢に関する資料だけを集めたそこは、特に古い資料が集まっている場所だった。エリク王が亡くなった頃の資料と、七日夜の事件に関するものが大半だ。


「そっちの棚は原本だから触れないからな。写本がこの棚に置いてある。それから、お前が読みたがりそうなのはこの辺か」


 ロウは引き出しの中にある紙の束を二冊、テーブルの上に出してやった。


「これは?」


 ルイは、その内の一冊を手に取った。表には「名簿3」とだけ書かれている。


「日没の矢に狙われた、もしくは狙われている人間の名簿だ。古いのも読むなら出すぞ」


 紐で結ばれることで本の形になっているそれを、ルイは裏表紙の側から一枚めくった。名前、出身地、生まれ年、享年、特記事項が一行にまとめられ、ずらずらと並んでいる。一番新しいページの最終行には、去年生まれたばかりの者の名が記されていた。一番新しいページでも、すでに享年が書き込まれている行も多い。

 ルイはページを遡っていった。

 暮らしている中では、紫色の目を持つ人間と関わる機会は少ない。だが、生まれる数としては決して少ないものではなかった。ほとんどが幼少期に亡くなってしまうのだ。中には、呪いではなく、産声を上げてすぐに首を括られる赤子もいる。

 求めているページが見つかったのか、ルイの手が止まった。既にびっしりと書き込まれたページの中で、享年だけが空白になっているレツの行があった。

 しばらくして、ルイは再びページをめくっていった。次々にめくっていく。ルイが何を探しているのか、ロウには大体分かっていた。ヴァフ隊長を探しているのだ。だが、彼の名前はどこにも載っておらず、レツより先のページに、享年が空白になっている者はいなかった。

 ルイは名簿を置くと、もう一冊を手に取った。こちらは、先程のものよりは薄い。


「それは、日没の矢がひそんでいると考えられている場所だ」


 国内の地図に、印がつけてある。王都キャトロイ、南の都市ポーセよりさらに南に下った場所、ノーザスクの北東に位置する場所の三箇所だ。


「一箇所じゃないんですね」

「時代ごとに移動している説もある」

「この三箇所は、精霊が居つかない場所ですか?」

「よく分かったな」

「以前、友人からそういう説を聞いて……俺にも、一応友人がいるので」

「……お前、結構根に持つタイプだな」


 友人が少ない点を指摘したことを気にしているのかと、ロウは思わず苦笑いした。


「今この場所に行っても、やはり何も見つからないんですか?」

「見つからないな。常時誰かが見張っているが、何十年何百年と何の動きもない。神獣が言うように条件を満たさないと無理らしい」


 神獣という単語に、ルイはあからさまに不快そうに顔を歪めた。


「そんな顔するな。隊長も言ってたが、俺だって、弟子に死んでほしいわけじゃない。そりゃ、お前が納得するほど全面的にレツの側に立ってはやれないが」

「納得も理解もしてます。賛同できないだけで……騎士としては褒められたことじゃないのも」


 騎士は国民を守るのが仕事だ。大勢を守るためには、何かを切り捨てなければならない時もある。


「……正直、お前がここまではっきり抵抗するとは思ってなかったよ。心情は別として、最後は騎士として正しい方を選ぶと思ってた」


 ルイは何も言わなかった。もしかしたら、本人もそう思っていたのかもしれない。

 黙り込んだまま、彼は一つずつ資料に目を通していった。それをロウは長い時間見守っていた。

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