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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第二章 自警団
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30 友人からの手紙

 目を覚ますなり、レツの口からは溜息が漏れた。


(夢を見ると、なんだか疲れがとれない気がする)


 もう何度も見ている灰色の海の夢から覚めると、何となく体が重いのだ。

 最近は、自警団の仕事と武術と魔法の練習に加え、スラム街のドリーの元に通っていることもあり、夜になれば体はくたくただった。せめて眠っている時くらい休みたかった。

 頻繁にドリーに会いに行っているものの、今のところ、何も教わってはいなかった。そもそも会話らしい会話もしていない。言われるままに家を片付け、掃除をしているだけだ。何か意味があるのかもしれないが、レツにはまだ何も分からなかった。大分空気が冷えてきたことと、片付けが進んだことで、あの家の匂いがましになったことだけが救いだった。


 着替えて冷たい朝の空気の中に出ていくと、頭の中が少しすっきりした。吐いた白い息が空にのぼっていく。今年の冬は、例年より少し厳しそうだ。


(……今年は、雪が積もるかな)


 雪の降る夜に交わした約束を思い出す。日没の矢の破壊を手伝ってくれと頼んだのに、今は、自分のことだけで手一杯になってしまっている。とにかく騎士にならなければと思う一方で、こんなことで、本当に果たせるのかという不安もあった。

 ルイとの約束も、日没の矢をどうにかしなくては果たせない。

 相変わらず、ルイの魔法の鳥は来なかった。約束がなかったことになるという不安はなかったが、単純に寂しかった。だが、そんなことを言ったら呆れられる気がした。


 冷たい水で顔を洗うと、いつもどおり日課をこなした。洗濯を済ませ、ホセの手伝いをし、詰所に朝食を届ける。いつもは二人か三人ほどいる詰所に、今は副団長一人だけだった。他は見回りに出ているらしい。


「温かいスープが美味しい季節になったね」

「すっかり冬ですね。ホセさんが、粉雪茸が手に入ったって言ってましたよ」

「折角だからソテーがいいなぁ」


 自分も朝食を貰いにいこうとして、テーブルの上に置かれている手紙の束が目に入った。


「ああ、ついさっき届いたんだよ。あんまり朝早くに来るから驚いた」

「じゃあ、配ってきます」


 紐を解いて仕分ける。自警団に宛てられた数通を副団長に手渡し、寮へと向かった。扉の下の僅かな隙間に手紙を差し込んでいく。

 途中、宛名に自分の名前があって、レツは少し手を止めた。


(誰だろう)


 自警団に来てから手紙のやりとりをしているのは、ポーセの魔導士養成所にいるリュド先生だけだった。先生の場合、本と一緒に小包の中に便箋を入れてくれる。だからこのように封筒を受け取るのはここに来てから初めてだった。


 差出人の名前を見る。セイからだった。


 急いで残りの手紙を配ってしまい、レツはセイの手紙を懐にしまって台所へ向かった。

 起き出した何人かの団員で狭いテーブルがいっぱいになっていたので、右手にパンを、左手にスープの椀を持って中庭に出た。空の木箱に椀を置いて、パンを口にくわえて手紙の封を切った。


 セイとは、養成所から研究所に戻ってきて一年ほど手紙を送り合っていたが、研究所を追い出されてからは全くなかった。一度、事情を知らせようとレツから送ったことがあるのだが、宛先不明で手紙が帰ってきてしまったのだ。二級魔導士になると養成所内で移動があるのか、そもそも養成所を辞めてしまったのかも分からずで、諦めてしまっていた。

 セイからの手紙には、人伝に、レツが研究所を辞めて自警団に入ったことを知ったと書かれていた。今まで研究所の方に何通か手紙を出したそうだが、返事がないので心配していたと。


(セイがくれた手紙、今どこにあるんだろう)


 宛先不明で差出人の元へ戻されたのでなければ、研究所が受け取ったことになる。まだあそこにあるのか、処分されてしまったのか。どちらにせよ、あの場所に近付けないレツには確かめようがなかった。

 久しぶりの友人からの手紙には、近況が書かれていた。二級魔導士になってから、かなり忙しくしているらしい。セイは医術師を目指しているので、二級魔導士の中でも特に大変なのだろう。趣味の読書が全然できずに参っているらしい。

 最後に、来年の一級魔導士の試験の時にはぜひ会おうと書き添えられていた。


 試験は来年の冬だ。研究所や養成所に所属していない外部からの受験者は、ポーセで受験することになっている。

 あと一年ほどかと思うと、少し気持ちが落ち着かなかった。試験への不安もあるし、久しぶりにセイに会えると思うとその日が待ち遠しいというのもあった。


 レツは便箋を封筒の中に大事にしまってから、食事を始めた。最近は一日中動き回っていることが多いからか、すぐにお腹が空く。余ったり古くなったものを時々分けてもらっていたが、満腹には程遠かった。

 食べ過ぎて太ってしまっては支障が出ると自分を誤魔化していたが、お腹が鳴るのはどうしようもなかった。


(買えるだけのお金があればいいのに。でも、そろそろ服を買わないとまずいし)


 袖も裾も、もう短い。本格的に冬になる前に何とかしなければ、寒くて仕方がないだろう。


(今日は支部の手伝いはないはずだから、昼間に買いに行かせてもらおう。服と、それから、セイに出す手紙の封筒と――そういえば、手紙も一応研究所に届くんだっけ)


 ルイから音沙汰がないと寂しさを感じていたが、レツからルイに手紙を出そうとしたことはなかった。

 検閲されるという話なので変な事は書けないが、読まれても問題ない内容ならいいのだ。


(いや、でも何を書いたらいいんだろう。それに送ってもいいものかな。最初の頃に送るなと言われたし)


 ルイが今何を考えて何をしているのか、レツにはほとんど情報がなかった。


(でも……送りたいな。何て書こう)


 セイの手紙は行方不明になってしまったのだから、自分の手紙だってルイに届かない可能性もある。だが、それでも手紙を出したいと彼は思った。

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