07 セイ
軽い説明でさっさと終わってしまった昨日とは違い、今日は授業が終わった頃には頭の中がパンパンになったような気がした。
だが、今日は昼食後にもう一つあるし、日によってはその後にさらに一つある。それが終われば復習に次の日の予習と、本当についていけるだろうかとレツは不安になってきた。
他の子供達が講義室を出ようとしているその後ろについて待っていると、肩を叩かれた。親切にしてくれたそばかすの少年だ。
「さっきはありがとう、隣に座ってくれて」
少年は首を振った。
「いいよ。だって、昨日みたいなのは見てるこっちも悲しいし。ね、今から食堂行くよね? 一緒に食べようよ」
レツは大きくうなずいた。断る理由なんて何もなかった。頬が少し熱くなる。
一年以外の研究生も午前中の授業が終わったのか、ぽつぽつと食堂へ向かう人の姿が見える。
随分遅れてしまったが、二人は互いに自己紹介した。少年はセイという名前だった。
「昨日の本どうだった? 読んだ?」
「うん。薬草のことは何も知らなかったけど、書いてあることは何とか理解できたと思う」
「良かった! あれ、家でよく読んでた本だからさ、初めての人にはいいんじゃないかと思ったんだ」
彼は医術師を志しているらしく、研究所への入所が決まった頃から自宅で勉強していたらしい。
「魔法の適性がなかったら看護師になろうと思ってたんだけど。僕、兄さんが二人いるんだけど、上の兄さんが翼導士だからさ、結構そういう本が家にあって」
「翼導士って、騎士団の?」
セイはうなずき、窓の外に見える、隣の騎士団本部に目を遣った。
騎士団本部でひときわ目立つ塔の周りに、今日も巨大な鳥――ステュルと呼ばれる精獣の姿が見えた。翼導士とは、そのステュルの背に乗り空を飛ぶ騎士のことだ。レツの故郷にも騎士団は常駐していたので、時々その姿を見ることができた。もっとも、今のように遠目で眺めるだけだったが。
食堂に入り、それぞれ自分の分を持って席につく。まだ空席が目立っていたので、人のいない隅を選んだ。
「兄さんが翼導士だから、たまに家に帰ってきた時には騎士団のことをよく話してくれたんだ。魔導士隊の隊長さんのことも。それでさ……呪いがうつるなんて嘘だから信じちゃいけないって、昔言われたことがあって」
セイの生まれ故郷にも、紫色の目を持つ子供がいたことがあるらしい。
知り合いでも近所でもなかったのでセイ本人は会ったことはなかったそうだが、兄はセイにとつとつと言い聞かせたのだそうだ。うつらない呪いを恐がるなんて、愚か者のすることだ、と。
その子供は三歳くらいで亡くなってしまい、残された家族は知らぬ間に引っ越していったということだった。
「二十歳になる前に……っていうけど、実際にはもっと小さい内に亡くなる子の方が多いんだって――あ、ごめん」
「どうして?」
「だ、だって、君にこんな話するのは無神経だったと思って」
「別に気にしないよ」
彼が、悪意があってこの話をしたわけではないのは分かっていた。だからレツは無神経だとは思わなかったが、セイは気にしているのかスプーンでスープをかき混ぜつつ唸っていた。
「昨日もだけど、今日もセイが声をかけてくれて、僕はすごく嬉しかったから」
セイは目を丸くすると、少し笑って鼻の頭をかいた。
「僕、歳の近い子と話したことってほとんどないんだ」
「そうなの? あのペアを組んでる子は? ルイだっけ」
「そう。よく知ってるね」
「だって皆噂してるからね。君達二人ともすごく目立ってるよ」
ルイはともかく、自分が目立っているのは良くない理由に違いないとレツは思った。
「前、女の子達が何人もルイをちらちら見てたことはあった」
「それはまぁ、あれだよね。王子様ってこんな感じかなぁって見た目してるもんね、彼。その上、あの目の色だもん」
「目の色?」
レツは、ルイの琥珀色の目を思い出した。初めて見た時とても綺麗だと思ったし、初めて見る色だとは思ったが。
「聞いたことない? あの色は神獣スタシエルの目と同じ色で、神獣の加護を得て偉大な人物になるって」
レツには初めて聞く話だった。そこでようやく、ルイが初めて会った日に「目の色でどうこうとか信じてない」と言ったのがなぜなのか得心がいった。あれはレツのことより、むしろルイ自身のことを言っていたのだ。
「誰が仕入れてきたのか知らないけど、故郷でもすごかったって噂が色々聞こえてくるから。皆、彼と仲良くなりたいんだと思うな」
つくづく、色んな事が自分達は正反対だと、レツは思った。