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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第二章 自警団
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22 本と約束(2)

 時間と共に、人が少しずつ増えてきている。店ももうほとんどが開いていた。はしゃぐ人の声や足音で、いつもの数倍賑やかだ。セタンの外から来たらしき人の姿も多い。

 紙切れを片手に右往左往している老人に道を教え、口論している人の間に割って入り、露店の商品をくすねようとしていた人を騎士に引き渡した。


 人が行き交う中で、時々、襟元に騎士を表す金色のバッジが見えた。騎士の制服を着ずに巡回しているようだ。


(人が多くなってきた。まだ任命式まで時間があるのに)


 色んな店で買い物をしているテスを見失わないようにと気を付けながら、レツは人の流れを見ていた。その中で、真っ直ぐ自分に向かってくる人影にレツは気付いた。


「フィーナ。久しぶり」

「本当に久しぶりね。一年と半年だもの」


 彼女に会えたのがとても嬉しかった。以前、ルイが手紙を持ってきてくれた時、建国祭の日に会おうと書かれていたが、待ち合わせをしていたわけではないので会える自信がなかった。


「自警団、どう? 大変?」

「どうだろう。でも、色んな人に良くしてもらってるから。師匠達も時々練習に付き合ってくれるし」

「そう」


 フィーナは人混みで疲れたのか、少し息が上がっていた。頬も上気してしまっている。

 そのせいなのか、以前会った時と印象が違う気がした。何だろうと考えて、すぐにその正体に気が付いた。


「髪、短くしたの?」


 以前は肩の下くらいまで伸びていた栗色の髪は、今は肩に触れないくらい上のところでふわふわと風に揺れていた。


「ええ。何だか鬱陶しくなっちゃって。結構思いきったのよ。ずっとあの長さだったから」

「そうなんだ。すごく似合ってる」

「本当? 良かった」


 そう言ったフィーナは、一層明るい笑顔になった。それにつられて、レツも頬が緩んだ。彼女の感情のお裾分けを貰ったような、幸せな気持ちになれた。


「そういえば、フィーナは今年、二級魔導士の試験だよね。頑張って」

「ありがとう。二級はまだ入口だし、絶対落とさないように頑張るわ。私、やりたいことができたの」

「やりたいこと?」

「そう。まだ内緒なんだけど、二級魔導士になったら色々動き出していいって、レータ所長から許可も貰ってるのよ。ポーセとかトセウィスとか、国中見て回ろうと思ってるから、すごく忙しくなると思う」


 語っている彼女の目は気合に満ちていた。内緒だというその内容がとても気になる。


「研究所以外にいる時、手紙を出してもいい? 検閲とはいうけど、あなたからの返事が覗かれると思うと、何だか落ち着かなくて」

「もちろんだよ。場所を教えてもらえれば、僕からも出すから」

「良かった。ルイみたいに上手に鳥が使えればいいんだけど、私のはまだ伝言を伝えるくらいしかできないから」


 手紙が使えないので、ルイの鳥は定期的に自警団を訪れていた。もう会話を交わすくらいはお手のものだ。レツの鳥も同じようにできるのだが、生憎、レツの鳥は結界のせいで研究所には近付けなかった。

 時間としては短いものだが、久しぶりのフィーナとの会話はとても楽しい。話したいことがたくさんありすぎて、どれから話題にすればいいのか分からないくらいだった。


(日が高くなってきたからかな。少し暑い)


 顔が少し火照っているようだ。本格的に人が集まり出す前に、詰所に戻って水分を補給しようかと思ったが、まだここを離れたくなかった。

 その時、背後から服を引っ張られたので、レツは振り返った。あまりに間近にテスが立っていたので、驚いた拍子に声が出た。


「テスさん、どうしたんですか?」


 テスは答えず、口をもごもごさせた。お風呂でのぼせてしまったように真っ赤だ。


「疲れたなら、一度詰所に戻りますか?」


 あまりに近くにいて暑苦しいので一歩下がったが、テスはレツが下がった分だけ距離を詰めてきた。余計に暑苦しい。


「あの……レツ、ずっとここにいるの?」


 何も喋らないテスは一旦放っておくことにして、レツはフィーナに向き直った。


「ここか東の市場の見回りをしているけど、夕方には詰所に帰るかな」

「……じゃあ、夕方に詰所に寄ってもいい? あの、仕事の邪魔じゃなければ」

「大丈夫だよ。楽しみに待ってる」


 それじゃあ、と手を振って離れていくフィーナを見送る。少し名残惜しい気がしたが、また後で会えるのだから、そう考えるのは止めにした。

 背後に突っ立ったままのテスの方を再び見る。相変わらずの巨体だが、この時は普段より少し小さく見えた。彼自身が、なるべく小さくなろうと思っていたのかもしれない。


「テスさん、大丈夫ですか? 一旦戻って休憩しましょうか」


 テスがようやくうなずいたので、レツは先導するように歩き出した。一応、付いてきてくれる。

 詰所に着くと、レツはテスを座らせ、お茶を出した。


「具合が悪いとかないですか?」


 テスは小さくうなずいた。

 一応、顔の赤みも引いてきている。


「僕、ホセさんの手伝いに行ってくるんで、そこで休憩しててください。それとも、もう帰りますか?」


 テスはしばらく黙っていたが、立っているレツを上目遣いで見た。


「あの、あの子は」

「どの子ですか? 今朝の迷子の――」


 テスはぶんぶんと首を振った。


「先程、君が話していた」

「フィーナですか?」

「あの子は、君の知り合いなのか?」


 あの時自分で訊けばよかったのに、とレツは思った。


「魔法魔術研究所にいた頃の友達です」

「そ、そうか……か、可愛い子だな」

「そうですね」

「な、なんだ、『そうですね』とは!」


 じゃあ何て言えばいいんだと、レツは少し面倒臭くなった。


「ホセさんを手伝ってきますから、何かあったら言ってください」


 そう言って、レツはその場を逃げ出すことにした。

 共用部の掃除をし、昼食の支度の手伝いをし、おつかいを数件頼まれた。

 あっという間に時間が過ぎ、早めの昼食をとろうとした時には、テスはもう姿を消していた。いつも昼食の前には帰るので、特に気にせずレツは食事を済ませ、また仕事に戻った。話に聞いていたとおり、今日はとても忙しかった。

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