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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第一章 魔法魔術研究所
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06 魔法と魔術

 授業二日目。魔法の基礎の授業は、昨日と同じ講義室で行われる予定だった。

 まだ数人しか来ていない講義室に入り、今日も離れた場所に椅子を動かした方が無難だろうかと考えていると、ポンと肩を叩かれた。慣れないことだったのでレツはぎくりとする。


「お、おはよう」

「おはよう」


 見ると昨日の少年だった。同室であるルイはともかく、他の研究生がわざわざ挨拶してくれるなんて考えてもみなかった。


「あ、あのさ、一緒に座ろうよ」


 少年は上ずった声で緊張している様子だったが、言われた内容に驚いてしまってレツはそこには気付かなかった。


「で、でも」


 彼が隣に座ってくれたとしても、反対隣がまだ空いている。また誰か座れずに困るのではと思ったが、少年に腕をひかれるがままにレツは腰を下ろしてしまった。


 少しずつ人が入ってくる。

 バラバラと座り始めるのに内心びくびくしていると、少年が座っている右隣とは反対の、空いている左隣に座ってくる人がいた。

 ルイだった。

 彼はこちらを見るでもなく、一緒に来た男の子達とのお喋りを続けている。いつの間にか強張っていた肩から、するすると力が抜けていくのが分かった。


 魔法に関する最初の講義ということで、今回の授業を担当するのは研究所の最高責任者であるレータ所長だった。

 所長は中年のややふくよかな、穏やかな印象のある女性だ。ここの最高責任者というからにはきっと素晴らしい実力の持ち主なのだろう。しかし、見た限りではどこにでもいるごく普通の女性だった。


「今日は、あなた達が魔導士を志す上で特に大切な話をします。もちろん、既にあなた達が読んだ書物にもそのことは書かれていたでしょう。ですが、あえて私は声でそれをあなた達に伝え、その耳からも刻み込む。それほどに大切なことなのだと肝に銘じてください」


 静まり返った室内に、所長の声だけが響く。

 所長がすっと人差し指を天井に向けると、八つの色の光の玉が宙に浮かんだ。緑色、黄色、青色、赤色、白色、紫色、橙色、藍色の玉が、ゆっくりと円を描いて回っている。


「既に師となる者に聞いていると思いますが、魔法には八つの種類があります。人は誰しもその八つに適性を持ち、特に適性のある者が魔法の行使を可能にします。日常的に使用されている魔法道具は、魔法を行使するには足りない使用者の能力を補助することでその力を発揮しているわけです。ですから、魔導士としては風の魔法しか使えずとも、他の種類の魔法道具を使用することは可能です」


 レータ所長は一人ずつ、適性のある魔法の種類を尋ねていった。リースの言っていたとおり、風や地に適性のある者が特に多く、その次が水と炎だった。残りの四つ――光、闇、命、時――は、レツとルイ以外は誰もいなかった。

 次に所長は、順番に一人ずつ質問していくと告げた。どきりと心臓がはねる。上手く答えられる自信がなかった。


「魔法とは、何の力を借りて行使しますか?」

「精霊です」


 所長の隣に座った女の子が、緊張した面持ちで、しかしはっきりと答えた。


「そう。我々が魔法を使う時、精霊は体力や気力といった目に見えないエネルギーを対価に求めます。精霊は、人の考える善悪とは異なる価値観を持っています。ですから、善人も悪人も魔導士には存在する。しかし一つはっきりしているのは、精霊は、魔法を生命の心や体に直接作用させることは決して許しません。炎で身を焼き、命を断つことはできます。水で喉を潤し、命を繋ぐことはできます。しかし、例えば――人を異形の姿に変えたり、心を操ったり、命そのものを呪い殺すことは絶対にできません」


 呪い殺す。

 その言葉に、レツは日没の矢を思い出した。

 所長は、先程質問した子の隣に座っていた男の子に目を合わせた。


「では次に、魔法とよく混同される魔術は、魔法とはどう違いますか?」


 質問された子は、かなり悩んでいるようだった。しばらく悩んで、それからやっと、小さな声を出した。


「……精霊に力を借りません」


 言った本人も、よくできた返答だとは考えていないようだった。


「そのとおり。精霊の力は借りず、人の中に秘められた力を使用すると言われています。魔法を使う魔導士だからこそ、魔術のことはよくよく理解しておかねばなりません。この研究所がなぜ『魔法研究所』ではなく『魔法魔術研究所』なのか。それは、このスタシエル王国の全ての魔導士に課せられた最大の使命が、魔術による被害を阻止することだからです。スタシエル王国では魔術の使用は禁止されています。しかし、今この国に魔術師がいなくても、この国には魔術によって苦しめられている人々が数多く存在する。それは魔術が、術者の手を離れてもなお、周囲の生命を奪い取りながら半永久的にその力を行使し続けるが故」


 浮遊していた八つの光の玉は、いくつかに分裂すると研究生達の前にそれぞれ散っていった。レツの前に、紫色と藍色の玉がふわりと浮かぶ。右隣に座っている少年の前には黄色、ルイの前には白色と橙色の玉が浮かんだ。


「魔術――特にこの国で問題になっているのは、魔術を宿し、術者なしで存在しつづける『魔術品』と呼ばれる特別な代物です。それは紙の形をしていたとしても炎で炙るのでは効果がなく、彫刻の形をしていても、ただ武器を振るうのでは破壊できない。魔術品を破壊するのに非常に有効な手段の一つが、異なる属性の魔法を接触させた時に発生する強力なエネルギーなのです。たとえ二級魔導士であったとしても、最低でもそれが出来ねば資格は得られません」


 魔術を宿している魔術品。日没の矢はその内の一つだ。

 それを壊すことができれば、魔術は解けるのだろう。やはり並大抵の力では壊せないものなのだろうか。スタシエル王国の歴史と同じくらい長い間存在するものなのだから、きっと今までにも破壊を試みた者は大勢いたはずだとレツは思った。


「他にも、魔法と魔術の大きな違いが三つあります。分かりますか?」


 次に問いかけられた子は、それは呪文と杖の有無だと答えた。

 魔法は呪文と杖を必要としない。それとは対照的に、魔術には呪文と杖が必須なのだという。

 最後の一つを問われた子は、答えが出せなかった。レツにも分からなかった。予習として魔法の基礎的なことは読んできたが、魔術のことまでは調べていなかった。


「先程、魔法は生命には作用しないと説明しましたが、魔術にはそれができます。人の背に翼を生やすことも、心を変えることも、触れてもいない心臓を握り潰すことも可能だと言われています」


 ほんの僅かな間、所長と目が合った。

 穏やかそうな人だと思っていたが、意外なその目の光の強さに少しだけぎくりとする。


「魔法と魔術は相反するものであり、同時に因縁の深いものです。そもそもエリク王がスタシエル王国を建国したその経緯に深く関わっています。魔法を学ぶためには、その歴史もよく理解すること。いいですね?」


 レータ所長が長く溜息をつくと、研究生それぞれの前にあった光の玉が消えていった。

 所長を見ると、もう最初に感じた印象のままの彼女だった。


 魔術の話は終わり、自分達が知っている魔法は何か、魔法道具にはどのようなものがあるかといったと話が続く。レツに質問が回ってきた時も、特別な知識のいらない簡単なものだったので、緊張せずに何とか答えることができた。


(日没の矢って、どんな形をしてるんだろう)


 魔術の話が頭から離れない。

 未だ続いている授業の話が上の空になってしまいそうなのを、膝の上でぐっと拳を作って気合を入れなおした。

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