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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第一章 魔法魔術研究所
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39 差出人のない手紙

 灰色の空を見上げると、大粒の雪が静かに落ちてきていた。吐き出した温かい息がその中に溶けていく。今夜は昨日より炎燈岩の数を増やした方がいいかもしれないとフィーナは思った。


「お待たせ」


 寮の出入り口で立ち止まっていた彼女の隣に、カーラがやってくる。二人は揃って雪の中へと歩き出した。


「明日には積っていそうね」

「今年は多い気が――あれ、手紙が来たの?」


 フィーナが手にしているものを目にして、カーラが尋ねた。


「うん、そうなの」

「久しぶりね。しばらく来てなかったんじゃない?」

「うーん……」


 あまり嬉しそうでない様子だったフィーナは、ふと顔を上げ、庭で用務員が枯葉を燃やしているのを見つけた。駆け寄って、許可を貰うと手紙をそこに投げ入れる。何をしているのかと驚いているカーラの元へ戻ってきたフィーナは、少しすっきりした顔をしていた。


「な、なんで燃やすの? 喧嘩でもした?」

「あれ、レツからのじゃないの。差出人の名前は書いてないし、筆跡も違うし……何が書いてあったのか、気にはなるんだけど」


 今年はレツがポーセの魔導士養成所へ行ってしまったために頻繁に手紙のやりとりをしていたのだが、それも秋が最後になってしまった。最後に来た手紙には、事情があって手紙が出せないので、フィーナからも送ってこないでほしいと記されていた。

 何となくトラブルがあったことは察しがついた。研究所でも彼の周囲では何かとあったし、真偽のほどは分からないが色々と噂もある。レツ自身は好戦的とは程遠い性格をしているが、そういうものを引き寄せやすい状況下にあるのはフィーナでも分かっていた。


「実は」


 フィーナは周囲を見回して、誰もいないことを確認した。


「秋にレツからの手紙が来た時に、一緒にルイからも来たの」


 ルイの話題を出すのは本当に気を遣う。彼を好きな子が多すぎるのだ。口にせず秘密にしている子も当然いるので、どこで妬みを買うかと恐ろしく、その名を口にする時は必ず聞き耳を立てている者がいないか確認していた。


 ルイからの手紙にはこう書かれていた。

 レツが手紙に記したとおり、手紙のやりとりを止めること。気になるだろうが詮索しないこと。また、知らない人や差出人不明の手紙は中を見ないこと。捨てられないのであれば、帰ってきた時にルイが受け取るのでフィーナは絶対に読まないこと。最後に、レツ本人は良くも悪くも変わっていないので心配しなくていい、と。


「何それ。さっきのに何が書いてあったのか、すごく気になる」

「私だって気になるわ。でもルイが手紙を寄越すなんて相当だもの。従っておいた方がいいと思って」


 ルイは人当たりは良いが、案外そっけない。転んだ人がいれば、レツは心の底から心配してくれるが、ルイは労りの言葉こそあれ、問題ないと分かれば全く心配してくれない――というのがフィーナの持っている印象だった。


(それなのに、皆本当にルイが好きよね。かっこいいし、確かにいい人ではあるんだけど)


 被っている仮面を取ってしまえば、彼も結構普通の少年だ。だが、それをわざわざ指摘すれば余計に反感を買いかねないし、フィーナもそれほど彼と仲が良いわけではない。だから、憶測に憶測を重ねて盛り上がっている場面に出くわしても、知らないふりを貫いていた。


 帰ってきた時、直接訊けば教えてくれるだろうか。レツとルイのどちらに訊いても、今回は駄目かもしれないとフィーナは思った。


「フィーナは再来年からどうするの? 私は多分戻ってくるけど」


 カーラの質問に、フィーナは唸った。彼女自身、まだ迷っていた。

 三年目にポーセの養成所に編入すると、そのまま研究所に戻ってこない研究生が毎年少なからず発生する。今年も何人か、向こうに残ることを決めた者がいるという話だ。

 残る理由は大抵二つ。一つは、研究所のやり方より養成所の方が合っている場合。もう一つは、元々のパートナーと上手くいっておらず、かといって研究所内で他のパートナーを探せなかったので、養成所で別のパートナーと組みたい場合だ。カーラは、フィーナがシュラルと上手くいっていないからこそ訊いているのだろう。

 そして実際、フィーナは新しいパートナーを見つけたくて仕方がなかった。来年はひとまず違う人と組むことが決まっているので、楽しみで仕方がない。

 シュラルはミーシャの死後、フィーナとは全く練習をしてくれなくなった。

 ミーシャが亡くなりマリーも故郷に帰ってしまったため、師匠という存在がいなくなってしまったのが辛い。人手不足を理由にベン教授は新しい師匠を連れてきてくれないので、フィーナは宙に浮いたような状態だった。

 去年はレツとルイを教えるついでにとリースが教えてくれ、今年はカーラの師匠達が不憫に思って指導してくれている。甘えてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、フィーナも必死だった。魔導士になれなければ、何のためにここに来たのか分からない。


「養成所でやっていけるかどうかは行ってみないと分からないし、お金のことは親に相談しなくちゃ……」

「そうよね……あの人は相変わらず?」

「ええ、もうべったり。部屋が広く使えていいわ」


 フィーナの言い様に、カーラは乾いた笑いを返した。資料館に着いたのでお喋りは止めにして、それぞれ目的の本を探し始める。

 シュラルのことを考えると、フィーナはどうにもささくれ立った気分になる。

 フィーナと練習をしない彼女が何をしているのかというと、どうやらチャド教授とベン教授にべったりくっついているらしかった。

 ベン教授は教育部門の一番の責任者であり、チャド教授は自分を慕ってくれる研究生にはおまけをする――つまり贔屓をする人だと誰もが知っていた。だから彼女の目的が何かなんて、フィーナでなくても分かっていた。ポーセの養成所へ編入できないレベルの実力であるシュラルは、そうでもしなければ二級魔導士になれないだろう。


 チャド教授はともかく、ベン教授は甘くないのでは……と考えていた時期もあったが、フィーナは今ではその考えを覆していた。

 夏頃、違う人とペアを組みたいと直訴しに行ったところ、フィーナに問題があるとにべもなく却下されたのだ。シュラルはグラネア帝国からの移民なのだから、右も左も分からないのだ、もっと優しくしなければならない。魔法が上手でないとシュラルを見下しているから仲良くできないのだ、と。


(どうせ私が悪者よ。可愛くもないし、美人でもないんだもの)


 研究生の男の子達も、大抵がシュラルの肩を持っている。フィーナがカーラや他の友達相手にシュラルへの愚痴を零しているのを見つけると、彼らはすぐフィーナを責めた。どうせお前の方が彼女を苛めたんだろう。美人の彼女に嫉妬しているに違いない、と。フィーナとシュラルの容姿を比較して、やれ色気がないだの何だのと好き勝手に批評するのも腹が立つ。

 だが、まだ子供で研究生の彼らに何を言われても、フィーナは苛立ちこそ覚えてもそれほどダメージはなかった。その場に友達がいれば一緒に怒ったり反論してくれるし、彼女達はフィーナの心に寄り添ってくれる。だが、大人である教授達まで肩入れしているのが嫌で仕方なかった。おかげで新しいパートナーも師匠もなしだ。

 ベン教授の冷ややかな態度を思い出して、彼女はむかむかしてきた。

 もっと公正に教育してくれたらいいのに。考えてもどうにもならないことだったが、時々、どうしてもそう考えてしまうのだった。

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