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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第一章 魔法魔術研究所
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37 ルイとアル

 アルの処分は、五日間の謹慎だった。

 謹慎明けに何かされるかと少し恐かったが、幸いなことに何もなく、せいぜい睨まれるくらいだった。反省した態度ではないのでまだ警戒していたが、リュド先生が目を光らせてくれていることもあり、比較的穏やかな日々を過ごせていた。

 久しぶりに会ったセイは、目をぱちくりさせてレツとルイを見ていた。


「どうかした?」


 レツが尋ねると、セイはぶんぶんと首を振った。


「いや、その……ルイが一緒に来ると思わなかったから」


 夕食後の閑散とした食堂で、三人はテーブルを囲んでいた。

 セイはレツ達とはクラスが違う上に寮の部屋も遠いので、ここに来てからほとんど会っていなかった。せいぜいすれ違った時に挨拶を交わすくらいで会話らしい会話もしていなかったので、久しぶりに話さないかとセイに声をかけられたのだ。


「ごめん、ちょっと事情があって」


 聞かれたくないなら魔法を使うかとルイが尋ねたが、セイはまた首を振った。


「聞かれて困るようなことじゃないし、いいよ別に。ただ……君達、研究所じゃそんなに一緒にいなかったから、びっくりしただけ」

「それで、セイは元気だった? 新しいパートナーと上手くいってる?」

「それなんだけど……」


 セイがとても嬉しそうな顔をしたので、それだけで彼が今順調なのがよく分かった。

 セイはこちらで組んだ新しいパートナーと相性が良いらしい。相手も医術師を目指しているらしく、話が合うのだそうだ。一方、元々のセイのパートナーも新しいパートナーと上手くいっているとのことだった。お互いに気も目的も合うパートナーを見つけて、研究所ではぎすぎすした雰囲気だった二人は以前より仲良くなったくらいらしい。


「だから、僕……ここに残ろうと思うんだ」


 セイは、君達二人も残らないかと提案した。

 確かに魅力的な話だった。パートナーとしてはルイしか考えていないが、先生達は優しいし、教え方に関してはやはりこちらの方が丁寧だ。師匠達はガーデザルグ王国に行ったまま数年は帰ってこないので、単純に勉強のことを考えるならここに残った方が実りが多い。

 ただ、問題は、ここはお金がかかるということだった。

 研究所にいる限りは全面的に負担してもらえ、研究所の都合で編入している今もお金の心配はいらない。しかし、自分の都合でここに残るとなると、お金が必要だった。生徒でいる間は借金をして、仕事を始めてから返すという方法もあったが、かなりの額になるのであまり考えたくなかった。


「俺は研究所に戻るよ。金銭的に負担だから」


 ルイが先にそう言ったので、レツは少しほっとした。残ると言われたら離れ離れになってしまうと、少し不安だったのだ。


「僕も、お金ないから」

「そっか、残念……じゃあ来年からは離れ離れだね」


 初めてできた友達と離れるのは寂しかった。セイとは食事や講義だけでなく、空いた時間もいつも一緒に過ごしていたので、その日々が戻ってこないのを想像するのは辛い。だが、友達が良いパートナーとペアを組めたのはとても喜ばしいことだし、それ自体はレツも嬉しかった。


「そういえば、騎士志望者の授業でトラブルがあったって聞いたけど」


 二人揃って苦々しい表情を浮かべたので、セイは「何となくそんな気がしてたよ」と苦笑した。


「もしかして、それでルイがついてきたの?」

「まぁ、そんな感じだな」


 あの一件以来、ルイはなるべくレツが一人にならないようにしてくれていた。「保護者じゃないんだから」という話をした後だったが、「これはパートナーとしてだから」とルイは言った。申し訳ない気持ちもあるが、実際に一緒にいてくれることでレツは安心できた。

 大人の目のあるところでは、恐らくアルはもう何もしてこないだろう。次は謹慎処分で済まない可能性もある。だからこそ、今度は人目がないところを狙ってくるのではというのがルイの推測だった。そして、それにはクィノやザロも同意見だった。


 一度、ルイに零したことがある。アルはどうして自分に嫌がらせをしてくるのだろうと。

 レツには、その理由が今一つ分からなかった。レツを苛めることで彼が得るものは何もないと思うからだ。むしろリスクが大きい。度が過ぎれば退所もあり得るのだ。

 呪いがうつるのを恐がって避けるのは理解できたが、アルの場合はそうではない。だからこそレツには分からなかった。

 レツの疑問に対して、ルイは一言「楽しいからだ」と答えた。いつもと同じ表情のようでいて、とても暗い目をしていた。




◇◇◇◇




 三年目の建国祭も、去年や一昨年と同じだった。祭りに出掛けていく人々をよそに、レツもルイも残ることを選んでいた。

 クィノは予定どおり両親と一緒に出掛け、祭りが好きだというザロは他の友人を誘って出ていった。四人で使うための部屋は、二人だけだと妙に広く感じられる。

 午後からは外で魔法と武術の練習をする約束をしていたので、今の内に明日の分の予習をしてしまおうとレツは本を広げていた。

 王都キャトロイでのことで、レツは自分なりに考えながら本を読むようになった。歴史の本は特にそうだ。

 ただ起こった出来事を知るだけではなく、どんな人達の、どんな思惑があったのか。そこを理解しなければクィノやルイのように考えることはできないと思ったのだ。


 キャトロイから戻った後、レツはエリク王のことをもう一度調べなおしていた。日没の矢を破壊したいと考えてからは何度も調べていることだが、今回は目的があった。

 女性に神獣スタシエルの羽根を渡したという記述を見つけたかったのだ。だが、今のところそれらしいものは見つかっていなかった。


「あのさ」


 声をかけられて、レツは振り向いた。


「俺、ちょっと図書館へ行ってくる。すぐ帰ってくるから、その間部屋から出るなよ」


 一緒に行こうかと思ったが、レツは黙ってうなずいた。自分が同行する方がトラブルになる可能性が高くなる気がした。

 部屋を出ていくルイの背中を見送る。今はもういつもどおりだが、アルの一件の時のルイの姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。

 今となっては、自分がされたことより、ルイにあんな顔をさせたことの方が申し訳なくて仕方がなかった。




◇◇◇◇




 目当ての本を探して書架の間を彷徨いながら、ルイはレツを部屋に一人きりにしたことを少し後悔していた。もうすっかり慣れたと思っていたのに、目的のものがなかなか見つからず、思いのほか時間が経っている。

 部屋の中にいるのだから大丈夫だと自分に言い聞かせ、並んでいる背表紙の表題を眺めていった。

 レツに「保護者じゃない」と言われ、ルイは確かに自分は錯覚していたと思った。いつの間にか、彼を守る対象だと考えてしまっていたのだ。向こうは対等なパートナーだと思ってくれているのに、自分がこれではどうしようもないと自分自身にがっかりした。


 故郷でのことが甦ってきて、ルイはぎゅっと目をつむってそれを心の奥底へ追いやった。変わりたいと願っているのに、自分はまだ変われていない。


 ようやく読みたかった本を探し出し、ルイは急いでそれを受付へと持っていった。

 ルイは、アルはまた何かを仕掛けてくるだろうと考えていた。アルの中で、レツはまだ苛めてもいい対象になっているだろう。時折レツに向けられるその目を見れば、それはよく分かった。

 レツは平気だと言っていたが、自覚していないだけである日ぽっきりと心の芯が折れてしまうのではと、ルイはそれが不安だった。


 図書館から出る。寮へと足を向けたところで、向こうからやってくる少女の姿が見えた。こちらに駆け寄ってくるのが分かり、ルイは内心歯噛みする。また時間をとられてしまう。


「ルイはお祭りに行かなかったの?」


 向こうは名前を知っているようだが、ルイはこの少女の名前を知らなかった。同じクラスだっただろうか。

 行かなかったことなんて見れば分かるだろうと思ったが、表面上は笑って肯定した。もうほとんど条件反射だ。この色の目を持つ自分が、他の人よりも一挙手一投足に注目され、かつ品行方正を求められることは骨身に染みて理解していた。

 良ければ今から一緒に行かないかと誘ってくる少女に、ルイは丁重に断りを入れた。

 恋愛なんて、今は全く考えていなかった。そういうのはやりたいことが全部終わってからにしたい。

 粘る少女に「本当にごめん」と申し訳なさそうに謝る。ようやく離れていってくれる少女を見送って、ルイはそっと嘆息した。


 再び寮に向かって歩き出そうとしたところ、今度は二人組が近付いてきた。それが誰なのか分かると、ルイは隠そうともせず眉間に皺を寄せた。アルとそのパートナーだった。

 最近、レツはルイと行動を共にすることが多いので、ターゲットを変えたのかもしれない。それならそれで、ルイとしてはやりやすかった。ルイはザロのように喧嘩っ早くはないが、レツのように言い返さない人間でもなかった。


「女に囲まれるのが騎士の仕事じゃないぞ。騎士より男娼の方が似合うんじゃないか?」


 一緒にいるパートナーと笑い合う。喧嘩を売るにしても程度が低いとルイは思った。


「えらく騎士にこだわるんだな。悪いけど、俺達にとっては騎士になるのは通過点でしかないんだ。お前と違って」


 アルの頬がぴくぴくと震える。当てずっぽうだったが、騎士にこだわっているのはどうやら図星らしい。


「本当にあの死にぞこないと騎士になるつもりなのか。どうせならここにいる内にくたばればいいのにな。そしたら、お前がめそめそ泣くところが拝める」


 ルイは顔色を変えなかった。手を出すとしたら、先に向こうが出してからだ。暴力沙汰を起こして退所処分になってしまっては目も当てられない。

 二対一では少々分が悪いがどうするか――と考えていると、アルは足元に転がっていた小石を拾い上げた。せいぜい親指くらいの大きさしかない小さな石だ。そんなもので一体何をするつもりかとルイはいぶかしんだ。そんなものを投げたところで、ルイなら簡単に魔法で防御できる。


 アルはそれをルイに投げる仕種をし、しかし不意に方向を変えるとすぐそばにある図書館の窓に向かって投げつけた。

 窓ガラスが派手な音を立てて割れ、中から何人かの悲鳴が聞こえる。


「何を――」


 窓からアル達の方へと目を向けた時には、二人はもう背中を見せて逃げていた。


「何がしたいんだ、一体」


 心の中で舌打ちし、ルイは割れた図書館の窓へと駆け寄っていった。

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