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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第一章 魔法魔術研究所
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30 新しいパートナー

 養成所が研究所と大きく異なる点は、やはり人の多さだった。レツ達が所属する三年生は六つのクラスに分かれ、授業は基本的にクラス単位で行われる。レツとルイが編入したクラスには、他にセタンからの研究生はいないようだった。

 ポーセに到着した次の日の朝、四人は庭の一角に他の生徒達と一緒に集まっていた。二十人前後の生徒が集まる中に、昨日案内してくれたリュド先生が現れる。先生はまず、編入してきた二人の紹介をして、それから彼の担当である魔法の実技について授業を始めた。

 養成所には師弟制度がなく、全て授業の形がとられている。全員が受ける基礎の授業の他、進路に合わせて様々な授業が受けられる。レツとルイも、騎士の進路に合った授業を予め選択していた。彼らと同じく騎士を目指しているザロとクィノも同じものを選択しているらしい。


「まずは肩慣らしから始めようか。一組に一つずつ球を持って、いつものように打ち合ってくれ。研究生二人はこっちに来てくれるかな。ザロとクィノは今だけ一緒にやっておいて」


 ぞろぞろと布製の球を手に取って魔法で投げ合う生徒達と離れて、レツとルイはリュド先生の元へ行った。


「研究所から資料は貰ってるんだけど、実際にやってみせてほしいんだ」


 リュド先生は二人に杖を渡すと、順番に指示を出し始めた。

 最初に、他の生徒が使っているのと同じ球を、魔法で互いに打ち合った。精霊の波で球を受け止め、それをまた打ち返す。三往復した辺りで止めの合図が入った。

 次に魔法の鳥。白と紫の鳥がそれぞれの杖から飛び立ち、先生の耳元で一言二言囁いた。

 最後は星舞だったので、先生から少し距離を取った。相手を吹き飛ばさないように慎重にやったので威力は少し低かったが、特に問題なかったようですぐに止められた。


「大体分かったよ、ありがとう。じゃあ、それぞれのパートナーと組んで練習してきて」


 二人がザロとクィノの元へ行くと、彼らは肩慣らしを中断して二人を待っていた。様子を窺っていたらしい。


「それじゃ、レツは今から俺とだな」


 レツはザロと組み、リュド先生が全員に出した課題のとおりに魔法を使っていった。

 研究所では師匠達に教えてもらうだけで、こうやって大勢で実技の指導を受けたことがなかったので、他の子がどんな風に魔法を使っているのかが見られるのは新鮮だった。

 先生から与えられた課題が一通り終わった後、レツとザロは星舞も試してみた。ルイとザロの属性は二人とも光だったが、受け止めた時の印象が異なるのが面白かった。同じように受け止めては上手くいかないようで、相手の特徴に合わせて変えていく必要があるようだ。


「感想を聞かせてくれよ。ルイとどう違う?」

「ルイのは壁で、君のは丸い塊のように感じる。場所によっては少し威力が落ちるけど、一番強いところはルイより強かった」


 強いと言われてザロは素直に嬉しかったようで、にっと歯を見せて笑った。


「やった! でも部分的には負けるのか。それは悔しいな」

「安定してるって点で言えば、ルイのがやっぱり安定してるよ」


 その正確さがルイの強みなのだと、ザロと組んでみてレツは分かった。そして自分も、ルイと比べるとそこがまだまだ足りていない。

 ザロは肩に杖を担ぎ、空を仰いで唸った。


「よし、分かった。じゃあ次は俺の番だな。レツは受け止めるのが上手いけど、もっと自分からぐいぐい行った方が良さそうだな」

「分かった、ありがとう」


 初めて組んだ相手であるザロを吹き飛ばしてしまいそうだ――という気持ちが表れていたのかもしれない。尻込みせずにもっとぶつかっていかなければとレツは思った。

 ザロは魔法の実力に関しては、どうやらルイと肩を並べるレベルのようだった。性格の違いが特徴となって魔法に表れてはいたが、どちらも優秀であることには変わりない。

 タイプの違うザロと組めたことは幸運だった。今まで自分が意識できていなかった部分が明るみに出る。違う人とペアを組むことは不安だったが、やってみるととても実りが多かった。


「俺も混ぜてよ」


 背後からの声に振り返ると、げんなりした顔でクィノが立っていた。


「どうしたんだよ。ルイは?」

「あの辺のどこかにいるよ」


 クィノが指差した先には人だかりができていた。ルイの金色の髪が時折ちらつく以外、姿を確認することができない。先生の課題を終えたほとんどの生徒が集まっているようだった。


「俺達が課題を終えた途端にこれさ。皆ルイとやってみたいって順番待ちしてるから、今日はもう駄目だね」

「なんで皆してそんなにルイと組みたがるんだ? 俺だって強いのに!」


 強いだけが理由じゃないとクィノの顔には書いてあったが、ザロはそこには気付かないようだった。




◇◇◇◇




 一日分の授業が終わった頃には、レツはくたくたになっていた。研究所では授業は多い日でも三つで、それに師匠達からの指導があったりなかったりといった風なのに対し、養成所では実技を含む授業が一日に六つもあった。予習に復習に課題と、ここで学んでいる生徒達はどうやって時間を確保しているのかと不思議に思う。

 授業が終わった頃にはもう空の色が変わり始めていたので、その足でクィノに図書館を案内してもらい、二人は次の授業に必要な本を借りた。人数が多い分、やはり研究所の資料館より規模が大きく、クィノの案内がなければ目当ての本にたどり着くのは時間がかかりそうだった。


「今日はもう練習する時間がないな」


 寮の部屋へ入ると、西日があまり入らない室内は暗かった。月光灯をつけ、四人はそれぞれのために用意された机に荷物を下ろした。


「授業の後にも練習する気だったのか?」


 ルイの言葉に、ザロは目を丸くした。


「研究所では普通はそうだ。授業の量がここの半分くらいしかないけど」

「いいな、楽そうで」


 ザロの言うとおり、授業が少ないのは楽だとレツは思った。新しく学んだことが多すぎて、頭が処理しきれていないのを感じる。

 しかしクィノは逆の意見のようだった。


「授業が少ないってことは自分達で自主的にやらなきゃいけないんだから、それはそれで大変だよ。ここだと先生達に発破かけられたりで引っ張ってもらえるけどさ。ザロが研究所へ行ったらサボってばかりで悲惨に決まってる」


 クィノの言うとおりだと思ったようで、ザロは反論せずに笑った。

 研究所の寮の部屋では、レツとルイはほとんど会話をしなかった。それに不満を抱くことなどなかったし、心地良くすらあった。

 だが、こうして部屋の中が賑やかなのも、意外と楽しいとレツは思った。生まれてこのかた、笑い声の絶えない空間に自分が身を置くということがなかったので知らなかったのだ。


 その日の夜、疲れも手伝ってレツは簡単に瞼が落ちた。

 そして彼は、一人夢の中へと入っていった。

 そこは、時々夢に見る灰色の海の浜辺だった。日中ずっと一緒にいた三人がいなくなってしまって、すかすかと隙間風が吹いているような心細さを感じる。

 男はいつもどおり、レツに背中を向けて海を眺めていた。

 なんとなく、男は途方もなく長い時間をそうしているような気がした。

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