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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第一章 魔法魔術研究所
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03 日没の矢

 露店や酒場から、肉の焼ける良い匂いが風に乗って運ばれてくる。賑やかなそこを抜けると、噴水のある大きな広場に出た。その広場を真っ直ぐ突っ切り、また大通りに入る。こちらは店が少ないのか、先程よりは人通りが少なかった。

 大通りの先にはもう一つの門がある。その門のすぐ脇に、あの高い塔がそびえ立っていた。鳥の鳴く声が聞こえる。塔を含んでいる建物の門から、リースやロウと同じ服装をした人々が出入りしていた。


「騎士団の本部よ。私もロウも、普段はここにいるから」


 王国騎士団本部の脇にある道に入る。ひと気のない道を進んでいくと、騎士団本部の白い塀が途切れ、代わりに赤煉瓦の塀が現れた。蔓草が絡む塀に沿って歩くと、鉄格子の門が見えた。門の横にあった小部屋に詰めていた門番と、リースが軽く挨拶を交わす。

 開かれた門から中に入ると、研究所という名前からは想像できない、大きな庭が広がっていた。ゆったりと水をたたえている池に、そこから流れ出る小川、小高い丘に、鬱蒼と茂った林も見える。その中に、ぽつぽつと石造りの建物が点在していた。


「施設の詳しい説明は明日にするとして、今日はもう夕食にしましょうか。ここが寮よ」


 一番手前にある建物より少し奥に、寮はあった。

 寮は、レツやルイのように魔導士となるべく勉強する「研究生」だけではなく、魔導士としてここで研究を行っている「研究員」も利用しているのだとリースは説明する。


 寮の中はとても静かだった。ルイの後に続いて廊下を歩きながら、レツは彼の後ろ姿を、歩くたびに揺れる金色の髪を見つめていた。

 不思議な人だなと思う。故郷の学び舎にももちろん同年代の子供はいたが、誰一人としてレツに話しかけてこなかったし、目が合うようなことがあれば悲鳴を上げて逃げていた。先生達も誰もそれを咎めなかったし、彼自身、仕方がないと思っていた。

 大人は――恐らく短命であるレツを不憫に思って――話しかけてくる者もいないではなかったが、それでも、目が合えば逸らされた。十一年間、彼にとってはそれが普通で日常だったのだ。

 だから、ルイのように正面から目を合わせてくる人は初めてだった。そしてレツが、誰かの目を長々と見つめたのも初めてのことだった。


 食堂だと案内されたそこは、入って右手に厨房があり、左手には長机が並んでいた。まだ夕食には早い時間なのか、誰もいない。


「おばさん、久しぶり」


 リースが厨房の奥に声をかけると、エプロンにほっかむりをした中年の女性が顔を出した。リースを見て、それからその後ろにいる少年二人を見て、女性は目を丸くしていた。


「なんだい。もしかしてその子らは弟子かい? あんたもうそんな歳になったの」

「そんな歳って、今年でまだ十九よ」

「そんな歳じゃないか」


 リースは二人に向き直り、彼女が寮母だと紹介してくれた。寮父と共に住み込みで勤めているので、困った時は頼るようにと。寮母は二人を見てにこにこと笑い、たくさん食べろと木製のトレーの上に山盛りのおかずとスープ、手のひら大の丸パンを三つも載せてくれた。

 それぞれトレーを持って席につく。座る場所に決まりなどはないらしい。


「食べたままで聞いてほしいんだけど」


 そう言う彼女も、千切った丸パンをスープに浸して口に入れた。

 思いのほかお腹が空いていたので、レツも黙って食べながら耳を傾ける。くたくたの体にスープは温かくてとても美味しかった。


「うーん……どこから説明しようかしら。魔導士のことって、どんなことなら知ってる?」

「魔法を使うのが魔導士だと聞いてます。魔術を使うのは魔術師で、魔術の方はこの国では禁止されているって」


 ルイの言葉にリースはうなずいた。


「よく知ってるわね。結構混同している人が多いんだけど、似ているようで本質的には全く違うの。それで、私達魔導士の話をするわね。魔導士は精霊の力を借りて魔法を使うわけだけど、どの精霊が力を貸してくれるかは本人の素質で決まるわ」


 素質と言っても詳しい条件は未だに分かっておらず、大抵十歳前後には確定するらしい。

 現在分かっている精霊は次の八種類だ。

 風、地、水、炎、光、闇、命、時。先に挙げたものほど適性のある者が多い。

 そして、魔導士の素質があると言われる者は、この中で一つ飛び抜けて適性があり、半数以上は、もう一つ、何かしらの適性を持っているらしい。


「私は一つ目が水で二つ目が命。ロウは炎よ。まぁ、二つ目はほとんど使わないんだけど。騎士になった魔導士は、二人一組で行動するのが原則なの。その時、なるべく対照になる種類で組むようにするわ。私の場合、水と対照になる炎の魔導士と組むというわけ。最も強力な魔法を使うにはそれがとても重要なの。で、研究生も同じように、対照となる人と組む決まりになっているわ」


 もっとも、対照となる人がいないこともままあるので、そういう時は同じ種類でない人と組むのだという。


「ルイは一つ目が光で次が命。レツは一つ目が闇で次が時よ。一つ目も二つ目も対照になっているのは珍しいわ。風、地、水、炎と比べると極端に適性のある人が少ないし」


 ペアを組んだ者は、同性の場合は寮の部屋が同室になり、師匠から指導を受ける実技も当然一緒だ。つまりは大体一緒に行動することになる。そう聞かされて、レツはだんだん不安になってきた。

 それが顔に出ていたのだろう。リースはスプーンを運ぶ手を止めて「何?」と促した。

 一度口を開けて、何と言っていいか分からず、また閉じた。それにイライラしたのか、「はっきり言えよ」とルイが隣から発破をかけてきた。


「……長い時間一緒にいて、呪いがうつらないかと思って……」


 呪いのせいで嫌な思いはたっぷりしてきたが、レツとて、他人に迷惑をかけるのは嫌だ。今まで会ってきた人達が言うように本当にうつってしまうのなら、ルイにとっては大問題だ。

 しかし、ルイは先程よりさらにイライラした声音になるだけだった。


「俺、目の色でどうこうとか信じてないから。馬車のところでだって、うつらないって言ってたじゃないか」


 隣に視線を向けると、ほとんど睨んでいるのに近かった。困惑してリースの方を見遣ると、こちらは困ったように笑っている。


「目をそらすなよ。目を合わせたくらいで死ぬもんか」

「ルイ」


 リースが声をかけると、まだ何か言いたそうだった口をルイは無理やり引き結んだ。浮きかけていた腰が椅子に戻る。


「貴方もその目の色で苦労したんだろうとは思うけど、それとはまた事情が違うわ。紫色の目を持つ人が呪われているのは本当」


 リースは腕組みをして少し唸った。まだ世間知らずな子どもを前にして、どう説明したものかと悩んでいる様子だった。


「厳密には呪いではなく魔術の一種なの。『日没の矢』と言われているわ」


 昔、このスタシエル王国を建国したエリク王は、建国して一年が経とうかという頃に他国の手の者に殺害された。その時に使用されたのが、魔術が施された日没の矢という代物であり、その矢は今も、エリク王と同じ紫色の目を持つ人間を狙っているのだという。

 エリク王が亡くなったのは二十歳になる僅か数日前だった。そして呪いにかかった人々も、時期は違えど、必ず二十歳を迎えるまでに亡くなるのだそうだ。

 ただ、この魔術は感染症のように他人にうつる類のものではない。それは長年の研究ではっきりしているらしい。


「日没の矢の影響は他にも色々あるんだけど、質問の答えとしてはこのくらいにしておくわね。とにかく、うつる心配はないから」


 スケールの大きさにいまいちピンとこない話だったが、ひとまずうつる危険がないと知ってレツはほっとした。


「良かった」


 思わずそう零れ出た。

 リースは苦笑したが、もう何も言わずに食事を再開した。

 レツもそれに倣ってスプーンを口に運んだ。スープは少し冷め始めていたが、それでもとても美味しかった。

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