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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第一章 魔法魔術研究所
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22 二年目、秋

「やめよう」


 木剣を下ろしたルイに、レツは構えを解いた。


「どうして?」


 まだ体力も時間も十分ある。暑さも和らぎ秋風が心地良い季節になってきて、練習がしやすくなったと話をしたばかりだ。今日はてっきり日が暮れるまでやるのだとレツは思っていた。


「ほっといたら喧嘩になりそう」


 顎でくいと示した先を目で追って、レツはルイが言わんとしていることを理解した。


「フィーナ」


 手招きすると、少し離れた岩の上に座っていたフィーナは、膝の上の本を閉じて二人の方へ近付いてきた。仏頂面をしている。


「どうしたの? そんな顔して」


 レツから見て、彼女は怒っているように見えた。


「だって、うるさいんだもの」


 彼女が誰のことを言っているのかはすぐに分かった。彼女が座っていた岩の近くに、何人かの研究生がいる。彼らは今、魔法の練習をしているように見えた。だが、ちらちらとこちらを盗み見ている。


「人の失敗を笑うなんておかしいわ。失敗しないように頑張って練習してるのに」


 彼らはレツが失敗したのを見て笑っていたのだろう。その扱いは今に始まったことではないし、レツ自身はもう慣れてしまったので全く気にしなくなっていた。

 それに、これでも以前に比べて少なくなった方なのだ。

 一年目の終わりに成績が貼り出されてから、二人の練習中に茶々を入れる声は大分控えめになっていた。

 筆記に関する成績はせいぜい中の上程度だったが、実技に関しては学年で一番だったルイの次に良かったのだ。目に見える形で評価が明らかになったことで、大っぴらに馬鹿にしにくくなったのだろうとレツは思っていた。

 全くなければそれに越したことはないが、大して害があるわけでもない。以前相談して、放っておこうと二人で決めていた。

 だが、当然ながらフィーナはそんなことは知らなかった。


「気にしないで、フィーナ。僕はそれほど気にしてないよ」

「……私だったら、すごく傷付くわ」


 レツは曖昧に笑った。


「頼むから手を出すなよ。ややこしくなるから」


 ルイの言葉に、フィーナは目に見えてむっとした。彼の声音には目に見えない棘があるようだった。


「どうして?」

「見えるところでやってくれる方が分かりやすくていい。見えないところでやられる方が恐いんだ」

「それに、フィーナが巻き込まれたら大変だよ。僕は何かあっても自分のことは自分で何とかできるから」

「……分かったわ」


 しゅんとして肩を落としたのを見て、ルイが小さく溜息をついた。


「フィーナだってさっきまで練習してただろ。さっきの子はどこ行ったんだよ」

「カーラなら、パートナーの子が来たからその子と練習に行っちゃったわ」


 それなら自分のパートナーと練習すればいい、とは二人とも言わなかった。

 フィーナのパートナーであるシュラルが積極的に練習しないことは、今ではレツもルイもよく知っていた。フィーナが入所する前の一年間も、彼女が練習している姿を一度も見たことがない。

 シュラルは筆記も実技も成績が良かったが、少なくとも、実技に関してはほとんどできないに等しかった。今の時点で、既にフィーナの方が実力がある。

 レツが不当に評価を下げられたのと逆のことがシュラルに起こっているのだということは、さすがのレツにも察しがついていた。


「私、邪魔にならないように余所に行くわ。一人でだって魔法の練習はできるし……最近、木の上くらいまでなら飛べるようになったのよ。次は寮の屋根まで飛ぶのが目標なの」


 手を振って去っていく彼女に、レツは手を振り返した。


「何とかしてあげられたらいいんだけど」

「正直難しいだろ。学年が違うから接点がないし、あと半年でできることなんて限られてる」

「半年?」


 不思議に思ったレツに、ルイは右手で魔法の鳥を弄びながら答えた。


「三年目は、成績に問題のない大半の研究生が、ポーセにある魔導士養成所に行くんだ。ここは研究生の人数も少ないし、あくまで研究機関で教育機関じゃないから。大勢の魔導士候補の中で揉まれてこいってことらしい」


 ポーセといえば、南方にある港町だ。町の規模としてはセタンの次に大きく、レツも故郷のサイベンからセタンへ来る道中で馬車の乗り継ぎのために立ち寄ったことがある。


「ポーセの養成所に行ったら、向こうの生徒とペアを組む決まりになってる」

「……そうなんだ」


 折角大勢の魔導士候補がいるところへ行くのだから、考えてみれば当然だ。

 レツは、ルイ以外とはほとんど一緒に練習したことがなかった。

 ロウやリースに相手をしてもらうことはもちろんあったが、彼らは熟練の魔導士だ。レツの実力が不足していても、上手く受け止めてくれる。しかし同じ年頃の子が相手で、上手くやっていけるだろうかと今から大いに不安だった。レツもルイも、未だに星舞の時には相手を吹き飛ばしてしまうことが多かった。


「フィーナも行っちゃったし、練習しよう」

「じゃあ、星舞からな」


 ルイも同じことを考えていたのだろうかと、レツは思った。

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