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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第一章 魔法魔術研究所
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17 一年の終わり(2)

 さあさあと急かされて、二人は重い足を引きずって風呂へ向かった。あまり湯に当たるとそのまま眠ってしまいそうだったので手早く済ませ、替えの制服に袖を通す。くたくたで体は寝たがっていたが、二人は言葉もなく門へと向かった。明日は講義がないので、課題のことを考えなくていいのだけが救いだとレツは思った。

 待っていた師匠達に連れられて、門の外へ出た。夜のセタンは初めて来た時以来だ。

 風呂に入っている間に完全に日は沈み、空は真っ暗だ。月光灯の青白い光が道を照らす中、先頭を行くリースはセタンの東側に位置する市場へと向かった。酒場にはもうたくさん人が入っており、とても賑やかだった。

 大通りから路地に入って少し進んだところで、師匠達は足を止めた。こぢんまりとした建物の扉には宿屋を表す看板が掛かっており、窓の向こうから賑やかな声が届いていた。


「私の実家よ」


 そう言ってリースは扉を開けた。扉に付けられていた小さな鐘がカラコロと音を鳴らす。

 途端に、がやがやという音が大きくなる。その音に混じって「おかえりなさい」という声も聞こえた。

 入って右手にカウンターと、厨房に続いているらしき扉があり、奥には二階へ続く階段が見える。一階は食事処のようで、たくさんの人でごった返していた。

 リースは「先に座ってて」と言うと、厨房の方へ姿を消した。奥へと進んでいくロウについていく。進む先に、手を振る人の姿を見つけた。ミーシャとマリーだ。

 こっちこっちと手招きされ、三人は彼女達と同じテーブルを囲んだ。


「これは何の集まりなんですか?」


 まだ状況が飲み込めずにいると、ミーシャが嬉しそうに含み笑いをした。


「私とマリーの就職祝い」

「決まったんですね、おめでとうございます」


 そう言ったルイの肩をバンバン叩きながら、ミーシャは「ありがとう!」と笑った。よほど嬉しいらしく、かなり上機嫌だ。


「二人とも志望どおりよ。ミーシャが研究員で、私は医術師。活動場所が変わるのはちょっと寂しいけど」

「活動場所が変わるって言っても、春から弟子をとることは決まったから研究所にはちょくちょく来るじゃない」

「そりゃそうなんだけど」

「お待たせ、どんどん食べてね」


 厨房から現れたリースは、大皿をテーブルの上に載せていった。出来立ての料理からは湯気が立ちのぼり、いい匂いがしている。


「俺も手伝います」


 腰を浮かしたルイを、リースは手で制した。


「厨房の中は狭いし、後は運んだらおしまいだから。それに、二人の就職のお祝いでもあるけど、一年目を良い成績で終えたあなた達へのご褒美でもあるのよ。まだ正式には出てないから、ちょっと早いけど」


 師匠達の手元には既に評価が渡っているらしい。どんな結果だったのだろうかとレツはそわそわした。

 料理と飲み物が揃ったところで、全員で乾杯した。こういうのは初めてだろうとミーシャに指摘され、レツは素直にうなずいた。宿屋というところに入るのも、外食をするのも、お祝いの乾杯も初めてだった。

 研究所の食堂の料理も美味しいが、ここの料理は特別美味しく感じた。見たことのないものも多いので、見るだけでも面白い。


「あなた達の就職が決まったらまたお祝いするから、頑張ってね」

「その年の入団者の中で一番になれたら俺が奢ってやる。そうじゃなきゃお前らが奢れ」

「約束ですよ。その時になって忘れたとかなしですからね」


 お酒が入っているためか、大人四人はいつもより陽気だ。その雰囲気だけでこちらも酔いそうだとレツは思った。

 扉の鐘が鳴る音が聞こえ、レツは入口の方に目を向けた。のっぽで、目尻の垂れた優しそうな若い男性が大きな木箱を抱えて入ってきた。

 途端にリースが席を立って駆け出したので、ルイもレツと一緒にそちらを見る。宿屋に入ってきたその男性に、リースは勢いよく抱きついた。


「おかえり。元気そうで安心したよ」

「あなたも。うちの親がこき使ってない?」

「良くしてもらってるよ、心配することなんて何もないさ」


 そのやりとりを見たルイが気まずそうに目を逸らしたので、レツは「どうしたの?」と声をかけた。


「いや、見て良かったのかと思って……」

「気にすんな。どうせ今後も嫌ってほど見せつけられるぞ。さっさと結婚すりゃいいのに」

「そういうロウも、早く相手を見つければいいじゃないか」


 五人のいるテーブルまでやってきたその男性に言われて、ロウは「うるせえ」と酒をあおった。


「ルイとレツは会うの初めてよね。トニよ。うちの宿屋で働いてもらってるの」

「はじめまして。君達の話は会う度聞いてるから、こっちは初めてって感じがしないけど……とても頑張ってるって聞いてるよ」


 彼とロウとミーシャは、同じ孤児院の出身らしい。ミーシャに両親がいないのは何となく分かっていたが、ロウのことは初耳だった。

 仕事があるからと早々にトニが立ち去ると、ミーシャは大きな溜息をついた。


「私も恋人がほしいなぁ。ねえ、レツもほしいでしょ?」

「僕は……目が合うと悲鳴を上げられるから、できると思ったことないです」

「ちょっと、寂しいこと言わないでよ! 私だって似たようなもんだけどさ!」

「でもこの間、女の子と話してなかった? 私ちょっと見ちゃったんだよね」


 マリーがにやりと笑ったが、レツは何のことかと、思い出すのに少し時間がかかった。


「ああ、あれはルイに手紙を渡してくれって頼まれて――」

「お前、余計なこと言うなよ」


 マリーとミーシャに食いつかれているルイを見ながら、レツはその時のことを思い起こした。マリーが目撃したという一件だけではなく今まで何人かの女の子に頼まれたが、皆、呪いを避けるよりもルイに手紙を読んでもらうことのほうが大事なんだと、とても不思議な気分だった。

 ロウと目が合う。「もっと食え」と言われて、レツは近くにあったパイを一つ食べた。中に入っている羊肉が柔らかい。パイもセタンに来てから初めて食べたが、肉や魚の入ったものが彼は特に好きだった。


「強くなりたきゃたくさん食えよ」

「はい」


 うなずくと、ロウは口角を上げた。いつもと違う優しそうな笑い方だったので、思わず瞬きを繰り返してしまった。


「もうすぐ一年経つんだから、早いわよね」


 短い人生の中で、一番濃い一年だったとレツは思う。去年の今頃に想像していたものと全く違うものだった。

 マリーとミーシャのからかいからようやく解放されたルイと目が合った。「お前が余計なことを言うから」と言いたそうな不機嫌な目を見て、なぜだかレツは笑ってしまった。

 彼と会えて良かったと思ったのだ。口に出すと、また「余計なこと」と言われる気がしたが。

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