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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第一章 魔法魔術研究所
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15 建国祭

 セタンの外れにある研究所にも、わずかに祭りの賑やかな音が届いていた。

 秋の建国祭は、春の精霊感謝祭と並んでこの国では特に大きな祭りだ。祭りの開催前、建国一周年の直前に亡くなったエリク王へ祈りを捧げ、その後盛大な祭りが始まる。隣国であるグラネア帝国から来た商人もたくさん露店を出し、町中が珍しいもので溢れかえっているはずだ。

 研究所の中はひと気がなく、静まり返っていた。この日ばかりはほとんどの研究員が仕事を休み、研究生の授業もない。寮母と寮父も出掛けているので、食堂には作り置きの昼食が置かれていた。


「そのまま食べる気なのか? 温めろよ」


 鍋からスープをよそおうとしていたレツは、ルイの声にその手を止めた。しかしどうしていいのか分からずにルイの方を見ると、ルイは呆れたような顔をした。


「炎燈岩くらい使ったことあるだろ」

「……ない」


 そう言うとルイはがっくりと肩を落として、それでも使い方を教えてくれた。鍋の下に置かれている岩がすぐに熱を持ってくる。


「火傷するから直接触るなよ。それと、温めてる間はちゃんと鍋をかき回せ」


 レツが言われたとおりにしている間に、ルイは二人分のトレーの上に惣菜やパンを載せていった。

 ぐつぐつと煮えてきたところでスープを椀によそい、二人は他に誰もいない食堂の中で昼食を食べ始めた。一緒に食事をするのはかなり久しぶりだった。

 ルイは祭りに行かないのだろうかと不思議に思ったが、レツは何も訊かないことにした。「行かないからここにいるんだろ」と言われる気がした。


「この後練習するよな?」

「うん」


 毎日一緒に練習しているが、今日は人目もないし思いきりできそうで、レツは嬉しかった。

 普段もなるべく人が来ない場所で練習しているが、時々見物に来る人がいるのだ。大抵ルイを見に来ているのだが、ルイが何かに成功する度に歓声を上げるし、レツがルイを吹き飛ばそうものなら悲鳴を上げる。逆にルイがレツを吹き飛ばすと忍び笑いをしていた。

 ルイはそういう反応を無視しているし、レツもいちいち落ち込んだりはしない。だが、やりづらいことには変わりなかった。


 食事を終えて庭に出る。そこにもやはり誰もいなかった。

 折角だからと考えたのか、ルイは普段は選ばないような池のほとりを練習場所に選んだ。いつもなら誰かしらがいる場所だ。普段の練習場所より日当たりが良く、ぽかぽかと暖かい。

 最初に少し慣らしてから、二人は鳥を作り出す練習を始めた。

 師匠達は手軽に使っているが、魔法で鳥を作り出すのは難しかった。まずは、予め決めておいた言葉を伝えるだけの鳥を作ってみようと試みていたが、それすらまだ上手くできない。師匠達のように鳥に会話をさせるのは到底無理だ。

 ルイの作り出した白い小鳥が、懸命に羽ばたいてレツの肩に止まった。ちゃんと飛ぶのは初めてだった。何か喋るかと耳を傾けてみたが、頬をつつかれただけで何も喋らなかった。


「何か喋ったか?」

「全然」


 今度はレツがやってみる。紫色の鳥はルイのものより少し大きく、残念ながら飛べないようだった。よたよたと地面を歩いてルイの方に寄っていく。ルイはしゃがみ込み、耳を寄せた。


「喋った! でも、『こん』って何だよ」

「『こんにちは』って喋らせたかったんだよ……」


 その後も何羽か出してみるものの、中々上手くいかなかった。

 魔法は想像力が大切だ。つい杖を大げさに振ってしまうこともあったが、体の動きというのは全く関係ないらしい。また、同じ「鳥を出す」という場合でも、力を貸してくれる精霊の種類によって具合が違うので、同じものを想像しても上手くいくとは限らなかった。


「なぁ、星舞の時ってどんな想像してる?」

「雲が集まって固まってくような感じ」

「お前雲好きなのか? 鳥出す時も雲が集まってくるって言ってたけど」

「そういうルイはどうなの?」

「俺はこう、縦糸と横糸が絡まるような、織物みたいなイメージ」


 その想像はレツには思いつかなかった。折角だからとそのイメージでやってみたが、いつもより上手くいかず、慌てていつものイメージに切り替えた。

 この頃は少し慣れてきて、星舞もしばらくの間保てるようになってきていた。

 精霊は目に見えないが、魔法は、その属性固有の色がついて見えることがある。星舞をすると、レツの魔法は紫、ルイの魔法は白く見えた。

 目に見えると、自分の魔法の粗も見えてくる。ルイのものに比べて、レツのものはでこぼこと均一になっていない。レツは調整を試みたが、それが逆効果になった。一部に力が集中してしまい、ルイの魔法を破ってしまう。ルイは思いきり後方へ吹き飛んだ。

 運悪く池の中に落ちてしまったので、レツは慌てて駆け寄った。


「大丈夫!?」


 落ちた場所は幸い浅かったので、上体を起こすと胸から上は水面から出ていた。ルイが黙って手を差し出したので、レツはその手を掴んで引っ張り上げようとした。

 ところがルイの引っ張る力が強く、姿勢を崩したレツはルイの隣に勢いよく落ちた。


「冷たい!」


 慌てて体を起こすレツを見て、ルイは声を上げて笑った。


「風呂行こう、さすがに風邪ひくし」

「僕まで落とすことないじゃないか」


 池から出ると、風に吹かれた体が震えた。いつの間にか夏の名残りもなく、空の高いところに薄い雲が浮かんでいた。


「でも、この時間にお風呂って沸いてるの?」


 服を絞る手を止めずにルイは顔を上げた。


「この時間にって? いつでも沸いてるだろ」

「セタンってそうなの?」

「そうか、サイベンは温泉ないんだよな。ここや北の方は温泉引っ張ってきてる所が多いんだ」


 半年暮らしていたのに、レツは全く知らなかった。どうせいつも夜に入るので、深く考えたことがなかったのだ。

 寮への道を歩く。今日は人がいなくて本当に助かったと思った。


 研究所のような大きな施設は専用の風呂があったが、一般家庭は大抵、共同浴場を利用していた。そこはどの町も変わらないらしい。ただ、レツの故郷であるサイベンは温泉ではないので、夕方から夜の間しか開いていなかった。

 風呂も当然無人だったので、二人で貸切状態だった。温かい湯に触れると全身冷え切っていたことに気付く。そして、練習中は夢中でやっているので気付かなかったが、お腹もとても空いていた。


 ルイも同じだったのか、風呂を出た二人は食堂に寄り、昼食用の余ったパンを一つずつ貰った。

 建国祭用のパンは、神獣スタシエルを模した鳥の形をしている。それを見ていると、この間会ったトトという精獣ステュルを思い出した。

 自室に入りパンを頬張る。二人とも黙々と食べ進めた。

 ルイがどうかは知らないが、レツはどっと疲れを感じて、風呂で温まったのも手伝って少し瞼が重かった。自分の体力や気力を考えて魔法を使えていないところが、彼がまだまだ未熟な証拠だった。

 この後どうしようかと考える。十分休憩したらもう一度魔法の練習をしてもいいし、体力作りの走り込みでもいい。それとも、夜勉強するために今の内に資料館へ借りに行こうかとも考えた。折角の時間なのだから、眠ってしまうのはもったいなかった。


「あのさ」


 部屋の中で会話をすることは滅多になかったので、レツは少し驚いてルイに顔を向けた。ルイも疲れたのか、少しぼんやりしているように見える。


「お前さ、進路どうするんだ?」


 レツは返事に困って唸った。師匠達にも、秋頃に聞かせてくれと言われている。建国祭が終わって騎士団の仕事が少し落ち着けば、きっと訊かれるだろう。

 だが、レツはまだはっきり決めていなかった。

 一級魔導士の資格までは取ろうと考えていた。その方が仕事が見つかりやすいだろうし、帰る家もない彼は、少しでも長く研究所に留まった方が生きやすい。あまり若い内にここを出ても、住む場所すら見つからない気がした。

 しかしそうすると、研究所を出る頃には十八歳に近い。死ぬまでに一年か二年というのは、何かをするにはあまりに短かった。


「一級魔導士にはなりたいと思ってるんだけど」

「その後は?」

「……決まってない。でも、折角魔導士になれるんだから、魔法で誰かの役に立つ仕事に就けたらいいなって」


 ここに来て、師匠達やセイやミーシャ達など、優しくしてくれる人にたくさん出会えた。彼らのことを尊敬するとともに、自分も彼らのように人に手を差し伸べられる人間になりたいと思ったのだ。

 短い期間でも、誰かの役に立ったり優しくしたりするくらいなら時間はあるだろうと、ぼんやり考えていた。


 ルイはどうなのだろうとレツは思った。何となく、二級魔導士で辞めることはないだろうと思っていたが、具体的な話を聞いたことはなかった。

 ルイは襟足を撫でながら、部屋の隅辺りを見つめている。


「……ルイは?」


 なぜだか少し声が震えた。答えを聞くのが恐かったのかもしれない。


「あのさ」


 ようやくルイの目がレツの方へ向いた。


「一緒に騎士にならないか?」


 思いもよらない話だったので、レツは目を丸くするので精一杯だった。


「騎士団の魔導士隊は、ペアで入団試験を受けられるんだ。もちろん入ってから別の人と組むことだってあるだろうけど、お互い主流じゃない属性だしさ」

「……それは、誘ってくれるのは嬉しいけど、僕は……騎士になれたとして、その頃にはもう十八歳だし……」


 そもそも、そこまで生きていない可能性も十分ある。


「でも、魔導士隊の隊長は死ななかったらしいじゃないか。お前だってそうかもしれないし、そうじゃなくてもしばらくは生きていかなきゃいけないだろ? 隊長が同じ立場の人なら、色々分かることもあるだろうし」


 ルイの言うことはもっともだった。騎士になれば誰かの役にも立てるだろう。そう考えると、何だか気持ちが明るくなってくる。


「……僕、君と一緒に騎士になりたい」


 そう言うと、ルイははにかんだ。


「じゃあ、今よりもっと頑張ってもらうぞ。魔法もだけど、お前剣術とか体術とか習ったことないだろ?」

「うん。師匠達にお願いしたらいいのかな」

「たまたまなんだろうけど、師匠達が騎士なのはちょうど良かったな。色々話も聞けるし」


 やらなければならないことがたくさんある。大変だろうとは思ったが、レツはそれが嬉しかった。ずっと長い間、ただ時間が過ぎるのを待つだけの日々だったのに、それが遠い昔のようだ。


「ルイは、どうして騎士になりたいと思ったの?」

「故郷に、昔翼導士をしてたおじさんがいてさ。その人に剣術を習ってたんだけど、なんていうか……」


 その目はどこか遠くを見ていた。きっとその人を思い出しているのだろう。ルイはその人をとても慕っているのだ。


「魔法とか剣術とか、実力で上に行ける世界で強くなってやるんだと思って」


 その考えに至るまでの間に、色んなことや彼自身の思いがあったのは察せられた。それを尋ねようとは思わなかったが、ただ、十一歳の今の時点でそこまで考えている彼はすごいと思った。


(僕ももっと強くなりたい)


 この時レツは、母親の言葉は全く思い出さなかった。

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