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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第一章 魔法魔術研究所
14/133

14 ステュル

 暦では夏は終わったが、まだ日差しの強い日が続いていた。

 それでも南にあった故郷よりは涼しく、風が吹いたり木陰に入ると気持ち良い。

 レツは、セイと共に研究所の庭にある林の奥へと進んでいた。

 林は意外に深いようで、かなり歩いたはずなのに終わりが見えない。最近、ようやく精霊の気配が分かるようになったので、精霊の気配を辿れば研究所へ帰るのには困らないが、それがなければ確実に迷っていただろう。


「最近、ルイと仲良さそうだよね」

「そう?」

「だってよく一緒に練習してるし」


 それは師匠達からそのように指示されているからだった。

 杖なしで星舞の練習をした日は、結局、師匠達は現れなかった。だが夕食の後部屋に戻ると、それぞれの机の上に師匠からの手紙が一枚ずつ置いてあった。

 そこには、個人で気を付けることや自主練習のメニュー、二人で練習する時の指示などが書かれていた。ルイはそれを見て、「絶対どこかで見てただろ、あの人達」とこめかみを押さえていた。

 忙しいのか師匠達も中々姿を現さないため、最近はひたすらそのメニューで練習しているのだ。メモには「魔法を使う時はなるべく二人で」と書かれていたので、一応それを守っている。

 だが、相変わらず部屋の中では話をしないし、練習以外ではお互い別の友達といることがほとんどだった。


「僕のところはあんまり上手くいってないからさ……羨ましいよ」


 セイのついた溜息はとても大きかった。

 以前から、セイはパートナーとあまり仲良くなれないと零していた。ペアを解消しようという話も出たらしいが、今のところ他のペアが解消する予定がないらしく、そうなるとセイ達のところもどうにもできないのだった。

 幸い、練習は向こうの方が乗り気なくらいなので、練習を放棄されて困るということはないらしい。二人で部屋にいる時間が耐え辛いので、お互いなるべく部屋にいないようにしているそうだ。


「三年目に賭けるしかないかなぁ」


 再び大きな溜息をついたところに、ガサガサと木々が揺れるような大きな音がしたので、二人はびくりとして首をすくめた。

 この林にも小動物くらいはいるが、今の音はそんな可愛いものではなかった。たまに大きな動物が紛れ込むと聞いたが、それだろうか。

 じっとしているわけにもいかないので、ゆっくりと音がした方の様子を窺う。

 林の奥にいたのは、動物ではなく二人の少女だった。一人は木の陰にいてよく分からないが、もう一人の少女はじっとこちらを見つめていた。


 艶やかな黒髪が長く流れ、白い肌に色付いた形の良い唇。目は夏空のような鮮やかな青色だった。

 木漏れ日の中にいる少女は幻想的な美しさで、隣でセイが息を飲むのが分かった。

 少女はふいと二人から視線を逸らすと、もう一人の少女と共に二人が進むのとは逆方向へ去っていった。流れるような歩き方で、それすら優雅だった。


「一つ先輩のシュラルって人だよ、きっと。すごく綺麗な子がいるって聞いたことがあるんだ」


 耳慣れない名前だった。グラネア帝国からの移民だろうか。サイベンは田舎なので全くいなかったが、都会には他国の移民がいるものだと聞いている。


「なんだかすごくどきどきしちゃったよ。まるで絵の中から抜け出してきたみたいだったもん。ね?」

「うん、そうだね」


 セイの言うことはよく理解できたが、レツの目に、あの少女はひどく冷たく映った。初めて会ったルイに温かい印象を抱いたのとは真逆だ。

 なるべく関わらない方がいい。そんなレツの直感を察してか、そばにいる闇の精霊がざわざわと騒いでいた。


「そういえば、目的の場所まで後どのくらいなの?」

「ちょっと待って」


 セイはポケットに手を突っ込むと、小さな球を取り出した。手のひら大で、星のような印が一つ付いている。セイの手のひらの上に乗ると、球はくるくると回り出し、やがてぴたりと止まった。


「あっちだね。この動き方だともうすぐみたい」


 印の向いた方向に歩き出す。

 やがて、林の中でぽっかりと穴が開いたように木のない場所に出た。


「ここでいいみたい。久しぶりだからちょっと緊張するなぁ」


 セイは手に汗をかいたのか、服の裾で拭っていた。

 今日はセイの兄に会うためにここに来ていた。研究所の門をくぐるのではなく、林の奥で会うというのが不思議だったが、その理由はレツには分からなかった。

 セイの兄は翼導士だ。ステュルと呼ばれる大きな鳥、精獣に乗って国中を飛び回っている。ただ、今日はセタンで仕事があるために、そのついでに会おうとのことだった。レツもぜひ、とセイの兄は手紙に書いていたらしく、レツは興味津々でついてきていた。翼導士とまともに話をしたことはまだなかった。


 セイが空へ向けて手を振ったので見上げると、太陽を背に水色のステュルが舞い降りてくるのが見えた。二人より少し離れたところにふわりと着地する。翼が起こした風で、少年達の髪や服が激しく揺れた。

 改めて近くで見ると、ステュルはとても大きくて迫力があった。頭をもたげると、その高さはステュルから降り立ったセイの兄より随分高い。片翼の長さも、大人の男性二人分の身長より大きく見えた。


「兄さん!」


 セイは駆け出しかけて足を止め、ステュルに一礼した。


「トトも、お久しぶりです」

『大きくなったね。もう私を見て泣きはしないか』


 セイは気恥ずかしそうに鼻の頭をかいた。

 精獣ステュルは、くちばしを動かさずに頭に響くような声を出していた。これもステュルの使う魔法の一種なのだろう。彼らは人より魔法に長けている。わざわざ人の言葉に合わせてくれているのだ。


「元気そうだね、セイ。こっちが手紙で教えてくれた子だね。はじめまして、セタです」

「レツです。はじめまして」


 セタが分厚い手袋を脱いで握手を求めてきたので、レツは慌てて応じた。

 セイの兄だというのでセイをそのまま大きくしたような人を想像していたが、がっしりした体躯の、いかにも騎士といった風貌の人だった。目元の辺りと鼻の頭のそばかすだけ、少しセイと似ている。


「うちの弟と仲良くしてくれてありがとう。本の虫みたいなやつだから、どうも引っ込み思案でね」


 レツは首を振った。


「セイから声をかけてくれたんです。すごく嬉しかった。本のことも色々教えてくれるし、一緒にいると楽しいです」


 セタはにこりと笑うと、セイの方へと向き直った。


「父さんと母さんが心配してたよ、元気にしてるのかって。建国祭の日は一緒に町に出るんだって?」

「うん、手紙に書いてあったよ。兄さんは?」

「俺は仕事だよ。そのためにわざわざセタンに来たんだから。祭りの日は騎士団は忙しいんだ」


 その時、ステュルが一歩前に出たものだから、レツもセイも思わず数歩後ずさった。精獣は叡智にあふれる生物だ。いきなり襲ってくるような理性のない行動はとらないと頭では分かっていたが、やはり恐いものは恐かった。


『腕を出しなさい』


 ステュルは、真っ直ぐレツを見てそう言っていた。

 レツは戸惑ってセイを見たが、セイは肩をすくめるだけだった。次にセタを見ると、彼は逡巡した後、レツの右腕を取ってステュルの前に差し出した。

 まだ暑く半袖を着ているため、腕はむき出しになっている。

 突然、ステュルが片足を上げたので、レツは驚いて後ろに下がろうとした。だが、セタが腕を掴む力は意外に強く、レツは一歩も動けなかった。

 ステュルの爪が腕を掠めていく。ちくりとした痛みに、思わず顔をしかめた。

 引っ掻き傷ができ、そこに血が滲んでくる。ステュルはその傷をじっと見つめ、それからレツの目を見た。


『君はなるべく血を流さない方が良い』


 何を言われたのか分からずにいると、セタが苦笑しながら、取り出したハンカチでレツの血を拭ってくれた。


「血を流させたトトに言われてもね。何の冗談かって感じだよ。ねぇ?」


 ステュルは、セタの言葉には耳を貸さなかった。まだ見つめたままの目をそらさない。


『人が考えるより、血の匂いというのは強烈だ。この建物の塀の向こうにいるガダも、君の血の匂いに気付いただろう』


 ガダという名を聞いて、セイは兄の背中に隠れた。ガダとは龍の姿をした、ガーデザルグ王国の精獣だ。


「怯える必要はないよ。別に珍しいことじゃないし、彼らも理由なく襲ってきたりはしないからね」

『ガーデザルグ王国は精獣にとって生きにくい土地だ。魔術を嫌って精霊は寄り付かず、土地は日々枯れていく。だが、神獣ガーデザルグとその子孫のガダが留まっているおかげで、わずかな精霊があの地を見捨てず、まだ持ちこたえているとも言える。魔術師に肩入れする彼らの気持ちは我々には理解できないが、おこぼれくらい、与えてやらねば』


 セタはようやくレツの腕から手を放した。布を押し付けられた傷からは、もう血は流れていない。

 それからセタは、両親から預かってきたという荷物をセイに渡した。

 セイが受け取った中身を確かめている間、レツはずっとステュルを眺めていた。ステュルもずっとレツを眺めている。

 神獣スタシエルの目は琥珀色だと聞くが、このステュルは緑色だった。水色の羽根には、不思議な光沢がある。まるで騎士団の魔導士隊が身に着けている布のようだ。

 ふと、首元に小さな丸い飾りがあるのが見えた。羽毛に埋もれて分かりづらいが、魔法道具のように見える。

 レツの視線の先に気付いたのか、ステュルは目を細めた。


『我々が人に手を貸すように、人も我々に手を差し伸べてくれているのだよ』


 それでは、やはり魔法道具なのかとレツは考える。どんな効果があるのか尋ねてみたかったが、セタの「さて」という声で、それもできずに終わった。


「そろそろ仕事に戻ろうか」


 セタはひょいとステュルにまたがった。


「じゃあ二人とも、体に気をつけて頑張るんだよ」


 そう言い終わらない内に、ステュルは舞い上がった。羽ばたいた時の風に思わず目をつむってしまうと、目を開けた時にはステュルの姿はとても小さくなってしまっていた。


「……空を飛ぶってどんな感じかなぁ」

「前に乗せてもらったことがあるけど、生きた心地がしなかったよ。そんなだから地の魔法に適性があるのかもしれないけど」


 ステュルの姿が見えなくなった空から目を逸らし、二人は寮へ向かって歩き出した。

 血の止まった傷は、まだチクチクと痛かった。

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