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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第一章 魔法魔術研究所
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13 夏の日差しの中(2)

「ねぇ、ペアのこと考えてみた方がいいよ」

「第一、あんな成績のやつじゃルイと釣り合わないだろ?」


 脱線しかけた話題が戻ってきて、ルイはうんざりした。

 何も知らないくせに、と心の中で舌打ちする。レツのこともそうだが、ルイのことだって分かっていて言っているようには思えない。


「俺は、ペアを解消する気はない」


 向こうがどう思っているのかは知らない。セイと組み直した方が喜ぶかもしれないと思わないではなかったが、何となくそれは考えたくなかった。


「でもさ――」

「嫌だ!」


 出した声が意外に大きく、ルイは慌てて口をつぐんだ。

 囲んでいる机だけではなく、他の机の人も何事かと振り返っている。

 気まずい空気の中、ルイは残っていた食事を平らげてしまうと、急いで立ち上がった。


「……ごめん、ペアのことは師匠にでも相談して」


 押し黙ってしまった子達を残して、ルイは足早にその場を後にした。

 食堂を出て廊下を進んで、寮から出ていく。眩しい日差しに一瞬目が眩んでも、彼はそのまま進み続けた。


 やってしまったという後悔半分、せいせいしたというのが半分だった。

 明日からのことを考えると若干気が滅入ったが、もう過ぎたことは仕方がない。あの場に留まって弁解する気には到底なれなかった。

 好き勝手言っていた内容を思い出して、ルイは再び苛立ちが募ってきた。

 釣り合うとか釣り合わないとか、よくも気軽に言えたものだ。レツとまともに話したことすらないのに。教授だって誰かの親だって、大人なら絶対正しいなんてことはないのに、信じ込んで疑いもしないのだから。


 誰とも会いたくない、誰とも目を合わせたくない。そんな気分で、足元の土と草だけを見ながらどんどん進んでいった。

 いつも実技の指導を受ける場所は庭の端の方で人がいない。だから、ルイは油断して全く前を見ていなかった。

 彼より先に到着していたレツに気付かず、ルイはその背中に思いきり頭をぶつけた。勢い余って尻もちをつく。背中を頭突きされる形になったレツも、勢いよく前へ転んだようだった。


「ご、ごめん」

「なんでお前が謝るんだよ! 悪いのは俺だろ!」


 理不尽だと分かりつつも、溜まりに溜まった鬱憤が爆発してしまった。怒られたレツは目を瞬かせている。

 仕方がないのも分かっていた。遠巻きにされ見下げられ続けてきた、彼なりの処世術なのだ。

 いつも何でもないような顔をして、悲しかったり悔しかったりしないのだろうか。自分だったら、きっと悔しい。


「ごめん」

「だから、何で謝るんだよ」

「だって……涙が」

「出てない」


 ルイは立ち上がると、大きく深呼吸した。


「……ごめん、前見てなくて」

「いいよ、大丈夫」


 同じく立ち上がろうとしているレツから目を逸らし、ぐるりと辺りを見回す。近くには誰の姿もなかった。


「師匠達は?」

「まだ来てないよ」

「なら、練習しよう」

「いいけど……杖は?」


 ここに来る前に資料館から借りてこようと思っていたのに、すっかり忘れていた。


「なしで。できるだろ?」


 レツは一つうなずいた。数歩歩いて、お互い距離を取る。


「『星舞(ほしまい)』でいいの?」

「ああ」


 二人で一緒にできる魔法は、今のところこの一種類だけだった。二種類の属性の魔法をぶつけ合うという、ただそれだけの魔法だ。だが、どちらかが強すぎたり弱すぎたりすると成立しない。方法としてはシンプルだが、最も威力のある魔法で、魔術品を破壊する方法の一つだった。唯一名前のあるこの魔法は、魔導士になるなら必ず習得しなければならないものでもある。

 バランスを取るのが難しいので、魔法のコントロールのためにも、よく練習するようにと指導されていた。


 合図なしで、互いにほぼ同時に右腕を振った。

 パシっと音がして、二人の間で何かがぶつかった。特に強力な星舞であれば、その名のとおり星が舞っているように見えるらしい。だが、それは師匠達でも難しいらしく、実際に目にしたことはなかった。


 まだ心が落ち着ききっていなかったので少々荒い魔法だったが、レツは問題なく受け止めている。

 もっと丁寧に、もっと強くと続けていく。

 初めて星舞を教えてもらった時から、ルイはこの魔法が好きだった。互いに互いの魔法を受け止め、対等に上を目指していく。相手が手加減しているのか全力なのか、不思議と理解できた。そして相手がレツの場合、彼はいつも全力だった。だから好きなのだ。


 何度も続けると、さすがに息が上がってくる。あと少しだけ、と考えていたところで、レツの手元が狂った。

 ルイの魔法を正面から受けて、レツは後ろに飛んだ。草の上に仰向けに倒れる。

 この練習をしていると何度もあることだったので、ルイは慌てず「大丈夫か?」と声をかけた。夏の暑さもあって、汗が止まらない。服の裾で額の汗を拭いて、ルイはレツの元へと歩いていった。


 レツは大の字で寝たまま、荒い息をしつつ空を眺めていた。


「夏は空の色が濃いね」


 ルイはレツの隣に座ると、大きく息を吸った。草いきれが肺の中を満たしていく。


「上を向くことがなかったから、知らなかったんだ」


 ルイは黙って耳を傾けていた。レツが、用事以外で自ら話をするのはこれが初めてだった。


「ここは優しい人がたくさんいるし、勉強するのは楽しいんだ。だけど、故郷にいる時は平気だったことが、時々平気じゃなくなる」


 遠巻きにされたり、不当な扱いを受けるのが平気なら、その方がおかしい。そう思ったが、ルイは何も言わなかった。

 口にしないだけで、レツも今までに色んな経験をしただろう。もしかしたら、ルイが酷いと思っているここでの扱いがましに思えるくらい、故郷での扱いは悪かったのかもしれない。

 お互い、研究所に来る前のことはほとんど知らなかった。


「でも、どうすればいいのか分からないんだ。目の色は変えられないし……人の姿を変えてしまうのは、魔法じゃなくて魔術だよね」


 相手を変えることなんて無理だし、自分を変えるのも難しい。ルイだって、どうしていいのか分からなかった。

 どこへ行っても、合わない人も嫌な人もいる。


「自分の好きな人達と過ごす時間を大切にすればいいんじゃないか? 後はなるべく気にしないで、隙を見せないようにして、愛想良くするとか」

「愛想良く……」


 難しそう、と考えているのが顔に書いてあった。確かに苦手そうに見える。


「相手が好きでも嫌いでもどうでもよくても、笑顔でいるのは大事だぞ。俯いてるよりはなめられない」

「笑顔……」

「難しいなら言葉で示せよ。褒め言葉とか、プラスの感情はどんどん口に出していくとか」

「うーん……難しいかもしれないけど、やってみる」


 意外に前向きな返事だった。レツはようやく上体を起こした。


「僕、ルイと一緒にいるとすごく落ち着くんだ」

「……なんだよ急に」

「なんだよって、君が言ったようにしてみようと思って」


 何と返していいものか分からず、ルイは目を逸らして立ち上がった。


「休憩終わり。もう一回やろう」

「僕はいいけど、大丈夫?」

「何がだよ」

「だって、なんか暑そうだから」

「大丈夫だよ!」


 変なところだけ目ざとい。わずかに火照った頬を手で叩くと、ルイはまたレツから距離を取った。

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