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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第三章 日没の矢
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33 神獣ガーデザルグ

 ガーデザルグ王国の王都に夜が訪れる。その時を待って、三人は動き出した。

 エドヴァルド王子は昼間の内に王都を出発している。黙って見送るのは何とも歯痒い思いだったが、魔導士二人で太刀打ちできるものでもなかった。それに、ここに来た目的は別にある。

 三人は町外れにいたガダのズーと合流し、森の中を駆けた。

 神殿に正面から乗り込むつもりはなかった。エドヴァルド王子は出発したが、三人が来たならば連絡が行くかもしれないからだ。相手の手の内が分からない以上、知られずに済むに越したことはない。

 問題は、神獣のいる洞窟と神殿の間だ。周囲は剥き出しの岩山に囲まれ、身をひそめるような草木もない。


「こういう時こそ、レツの奴がいれば便利なんだが」


 ロウが、溜息と共にそんな言葉を零した。

 身を隠すことに関しては、レツの魔法は特に優れている。だが、ないものねだりをしてもどうにもならなかった。


『我が主のすぐそばで、ガダに手を出すほど愚かではないだろう。私から離れずにいるがいい』


 心許ないが他に方法もない。ガダの言葉を信じて、三人はガダに跨った。

 ガダは神殿の脇にある森から飛び出て、洞窟の入口を目指して走り降りた。

 何事もなく洞窟の入口前に着地する。それにほっとしたのも束の間、神殿側の扉が鈍い音を立てて開いた。


 そこに立っていたのは、一人の美しい女性だった。だが、その美しさはシュラルとは真逆にあるものだった。

 波打つような金褐色の髪を闇の中でも輝かせ、女性は柔和な笑みを浮かべていた。歳は四十を越えているようだが、加齢による衰えよりも内に秘めた品格がより一層彼女を引き立たせているように見える。

 煌びやかでこそないが、その身にまとっている衣装が、この国で最も手の込んだものであることは容易に想像できた。


「王妃殿下……」


 シュラルは呟き、ガダから降りると膝を曲げて優雅に礼をした。


「ルーラシュテ。あなたがここへ戻ってくることは、エドヴァルドが話してくれました。もっとも、警戒するようにと言われたのですが……」


 王妃は手にした扇で口元を隠した。その目が悪戯っぽく笑っている。


「殿下……御体は大丈夫なのですか?」

「最近は、歩くことも思うようにいかなくなりました。それゆえにあの子は焦ってしまっている……だからこそ、こうしてあなたに会いに来たのですよ。先日は、私の呼びかけに応えてくれてありがとう」


 扇を閉じ、王妃は目を伏せた。


「国王陛下やエドヴァルドがどのように動いているかは、恐らく察しているのでしょう? 彼らが、国と民、そして家族を想っているのは分かっています。ですが、だからといって何の罪もない人々を傷付けてもよいとは、私にはどうしても思えないのです。王家の人間としては甘い考えかもしれません」


 王妃の視線が、ルイとロウを捕えた。


「息子の言うことが本当なら、あなた達は魔法の国の方々なのでしょう? どうぞ、神獣の元へ。この場は私と父が押さえています。決して邪魔はさせません。……ルーラシュテ、我儘を承知で言うのですが、エドヴァルドの身に危険が及んだ時は、どうか力を貸してあげてください。異国にいたあなたを頼ったのは他ならぬあの子。きっとあなたの力を信じてのことでしょうから」


 シュラルは目に見えて狼狽えた。無理もない。彼女は、魔導士としては最初の一歩すらろくに踏み出せていないのだ。自分の身すら守れないだろう。

 だが、シュラルは逡巡した後に「仰せつかりました」と頭を下げた。

 王妃が神殿の中へと戻るのを見送って、三人とガダは洞窟の中に入った。

 夜の闇の中で、さらに暗い洞窟の中を進む。しばらく歩いていくと、やがて闇が途切れ、月光の降り注ぐ広い空間に出た。


『我が主よ』


 ガダの呼びかけに、広い空間の奥、月光が当たらずに闇に沈んでいるそこが、のそりと動いた。

 まるで丘が動くかのように、その闇が月明かりの元に出てくる。巨大な龍だ。黒い鱗をまとっているが、その鱗には艶がなく、美しいとは言えなかった。

 ルイは自身の目にかけた魔法を解き、数歩前に進み出た。片膝を地面に付く。


「スタシエル王国のルイと申します」

『もちろん知っているよ。我ら神獣は精霊の力を借り、この大地に生きる者達を見つめている。そなたが過去に何を考え、そして今、何を想っているのかも』


 神獣ガーデザルグは、その鼻先をルイの面前に下ろした。切れ込みのような鼻から、洞窟の奥底のような土の匂いのする風が吹いてルイの髪を揺らした。


『精霊がそなたらを導いたのだ。我らもその導きに従うのみ――その剣を抜きなさい』


 言われるがままに、ルイは腰に下げていた剣を鞘から抜いた。まるで石から削り出したような剣だ。この剣で、ルイは何も切ったことがなかった。


『かつてこの地で私が人に伝えた技は、既に人の間では失われている。だが、私の手で蘇らせることはできよう』

「それは、つまり――」

『エンゼントの時代に、かの魔術品と同じく、地天技法により鍛えあげられた剣だ。我が鱗で磨けば、輝きも蘇ろう』


 まさか、と思った。

 セタンの店の倉庫で埃を被っていたものだ。


『鱗を剥ぐわけにはいかぬ。少々重いが』


 神獣が、ぶんと長く太い尾を振り回す。ルイは身構えたが、尾は彼の前でどすんと地に落ちた。


(……これで砥げっていうのか)


 刃物を砥いだ経験はあるが、龍の鱗でなど、もちろんあるはずがない。

 一つ深呼吸すると、ルイは覚悟を決めて腕まくりをした。

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