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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第三章 日没の矢
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20 発覚

 セタンにある魔法魔術研究所は夕日に照らされ、茜色に染まっていた。研究棟から出て凝り固まった体をほぐすように、フィーナは大きく伸びをした。


(あ、紫色)


 鮮やかに色が移り変わっていく空にその色を見つける。

 大昔の人が、エリク王の目は夕焼け空の欠片の色だと言ったのを思い出した。トセウィスで彼がどのように過ごしているのか、フィーナは全く知らなかった。彼女から手紙を出してはいないし、また、彼から届くこともなかった。

 このまま彼との縁が切れるのではないかという予感に、少し胸が痛む。彼女があの日の髪飾りを毎日付けていたとしても、このままではいずれそうなるだろう。だが、連絡する勇気もない。

 考えれば考えるだけ憂鬱になりそうで、フィーナは努めて別のことを考えた。


(長期授業計画が固まったら、一度ポーセに相談に行かないと。進路ごとの指導内容ももう少し詰めないと甘いわ)


 春に研究員として勤め始めた彼女は、新米の研究員として研究の補佐をする一方で、教育部門の改革にも携わっていた。レータ所長が主導者ではあるが、具体的な提案はフィーナも多く任されている。所長は王の臣下としての仕事や研究所の所長としての仕事、彼女自身が抱えている研究など、やらなければならないことが山積みなのだ。

 来年にはポーセの魔導士養成所から転属してくる先生もいる。ベン教授をはじめとした改革に反対する教授達を動かすのは骨が折れるが、フィーナは諦めるつもりも、妥協する気も一切なかった。


(帰る前に、もう少しだけ仕事を片付けよう。それから資料館へ寄って――)


 そう考えていると、共同研究室の方が騒がしいのに気付いた。何かの研究の結果が出たのだろうか。廊下をバタバタと走っていく者もいる。

 あまり喜ばしくない雰囲気に、フィーナは吸い寄せられるように共同研究室へ近付いていった。


「どうしたの?」


 共同研究室の扉の前には、中に入れなかった者達が固まっていた。その中に同期の研究員を見つけて声をかける。


「大変なの。魔術品が見つかったのよ」


 青い顔をしてそう言うが、まだフィーナには事態が飲み込めなかった。魔術品が国外から不正に持ち込まれることは、残念ながらそう珍しいことではない。数年前も、セタンの町中で毎日のように見つかる事件があった。幸い、魔術が発動する前に騎士団が破壊したので、大事には至らなかったが。


「とても危険なものなの?」

「魔術の効果はまだ分かっていないわ。でも、問題はそこじゃなくて……私達じゃ、魔術の気配を察知できなかったの」


 それを見つけたのは偶然だったのだという。研究生の一人が、遊び半分でそれを壊そうと魔法を使ったのだが、どうやっても壊れないと師匠である研究員に話したのだという。研究員が破壊を試みたものの、それはやはり壊れない。それで、まさかと思い調べてみたらしい。

 魔術品は、限られた方法でしか破壊できない。魔法であれば星舞しか効かないのだ。


「それで、問題のその魔術品が、春彩石だったのよ」


 建国祭で飛ぶように売れていた様子、そしてカーラの胸元で輝いていたのを思い出し、フィーナは血の気が引く音が聞こえた気がした。


「あんなにたくさん……あれが、もしかして全部? でも、国の検閲は?」


 通ってしまったのだ。誰も魔術品だとは気付かなかった。魔導士であるカーラだって、身に付けていてさえ気付かないのだから。


「今、所長と騎士団に連絡しているみたい。きっと忙しくなるわ。しばらくは研究所から出られないかも」


 不安に鼓動が速くなる中で、フィーナは緑色の鳥を飛ばした。ただひたすら、友人であるカーラの無事を祈って。




◇◇◇◇




 パシンという音と共に砕けた春彩石は、魔法道具である保護袋の中にころりと落ちていった。

 その袋の口を厳重に締めているレツを見て、ルイは「休憩しよう」と声をかけた。

 それを聞いて、レツはほっとしたように見えた。


 セタンの研究所で魔術品が発見されてから、トセウィスにいる彼らもにわかに忙しくなった。国にある多数の春彩石を回収し、調査に必要な分を除いて全て破壊する。それは単純だが途方もないことだった。国民に通達したので自主的に提出された量も多かったが、事態を理解できずに持ち続けている者も多い。一件一件家を回り、事情を話し、探し出すのは骨が折れた。ほとんどの騎士を総動員で、もう何日も行っていたが、まだ終わりは見えなかった。


(忙しいし、ここ最近騎士は皆疲れてる。でも、明らかに違う)


 レツの様子がおかしいのだ。毎晩夢を見ているとは聞いている。それで疲れが取れないのだと。

 昼間は昼間でこの忙しさで、中々休む暇もない。夜勤から外してもらっているのはありがたいが、それだけではもう限界なのではと思えて仕方がなかった。

 昼間、ぼんやりと焦点の合わない目をしている時、レツは不可解なことを口走るようになった。本人は気付いていない。少しぼんやりしていただけと思っているようだ。

 この時は夜とは違って夢を見ている自覚もないようだが、口走る内容からすると、きっと彼は夢を見ている。


(神獣の言う「その時」が近いのか)


 もう、いつ何があってもおかしくないと思える。それなのに、ルイはまだ何かが足りない気がした。今、日没の矢が現れても破壊できる気がしない。だが具体的なことは思いつかず、無駄に焦りだけを感じていた。


「ルイ、大丈夫?」


 声をかけられて、ルイは思考を中断した。ぼんやりしすぎたようだ。

 その場に腰を下ろすと、ルイはこめかみを伝う汗を拭った。


「あと何個か見つかったら、一度支部へ戻ろうか。もう袋がいっぱいになってきたし」

「ああ」


 両手の上に乗る程度の小さな袋とはいえ、今日はもうかなりの数を破壊していた。


「石を全て見つけて破壊して……それで、終わると思う?」


 手の中の保護袋を見つめているレツに、ルイは「思わない」と答えた。きっと、騎士の多くは同じように考えているだろう。

 事件の規模を考えても、金も権力もあるかなり大きな集団――それこそ、国家が絡むレベルでなければ、このようなことはできない。安価とはいえ春彩石の数は相当なものだし、その全てに魔術を施すとなれば多くの魔術師が必要だ。

 そんな相手が、これで終わりにするとは思えなかった。

 そもそも、春彩石に施された魔術の効果を、こちらはまだ把握できていない。本当の目的が何なのか、はっきりしないのだ。


 春彩石がどのようにして国内に入ったのか、そのルートは少しずつ分かってきていた。研究所でフィーナのパートナーだったシュラルがこの件に関わっていることも。

 元々、不可解な人物ではあった。研究所に入った割には魔法もろくに使えず、努力もしない。それなのに一級魔導士になったこと。レツが退所する原因になった事件や、教授達に取り入っていたことも。

 いつの間にか姿を消してしまった彼女が、最後に目撃されたのがここトセウィスだ。見つけたらその場で捕らえるようにと指示されているが、恐らく既に国を出てしまっているだろう。ここは国境に一番近い町なのだから。

 姿を消したといえば、春彩石をグラネア帝国の商人から買った男もそうだ。セタンで商いをしていたその男は、妻子がいるにもかかわらず、シュラルに相当入れ込んでいたらしい。恐らくは彼女にそそのかされて、春彩石を大量に仕入れた。そのために多額の借金もしたようだ。ある時から家に帰らなくなったそうだが、借金取りから逃げたのか、それとも消されたのかははっきりしなかった。


「随分遠いところまで来た」


 突然の声に、ルイはぎくりとした。

 また、レツが夢を見ているのだ。知っている声のはずなのに、口調のせいか別人のようだ。


「私は、お前が一緒に来てくれて嬉しい――」


 舌が回り切らずに語尾が消えていき、レツは寝息のようなものを吐いた。紫色の目は違う世界を見ている。

 眠っているレツを起こさないように、ルイは静かに長い息を吐いた。


 遠い昔の夢を見る時、レツはいつもエリク王の中から色んなものを見るのだという。だから、今のもきっと、エリク王が誰かに語りかけた言葉なのだろう。

 それが分かっているのに、自分ではない誰かの言葉を吐いているのを見る度に、ルイの胸の内は不安で埋め尽くされた。

 そっとレツの左胸に目を向ける。

 初めて見つけた時から変わらない様子で、左胸には黒いもやが――日没の矢に呪われていることを示す印がくすぶっていた。

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