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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第三章 日没の矢
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17 ポップコーン

 精霊感謝祭は、いつものとおり精霊への祈りから始まった。この日ばかりは魔法や魔法道具は使わないという習わしがあるが、騎士である彼らには関係のない話だった。有事であれば当然魔法を使用するし、祭りの日は何かとトラブルが多いため忙しかった。


「六班は市場の見回りだから、よろしく」


 レツが朝食を終えて支部の本館に入ったところで、ウィルにそう声をかけられた。

 研究所で師匠代理をしていた頃から神出鬼没な彼は、今はレツやルイと同じ第六班に所属していた。そして、相変わらず彼にはパートナーがいなかった。ザロは「クィノを取られるかも」と弱音を吐いていたが、今のところそんな様子はない。

 去っていくウィルと入れ替わるようにしてルイが来たので、二人は指示されたとおり市場へ向かった。

 まだ空いていない店も多い時間帯だが、いくつかの露店は既に商売を始めていた。今日は魔法道具である炎燈岩を使用しない決まりなので、露店で温かい食べ物がよく売れる。露店では炎燈岩の代わりに火が焚かれるため、特に注意しておくように指示されていた。火事になってはたまらない。


「念のため訊いておくが、俺の親が接触してきてないよな?」

「うん、今のところは」


 春になり、彼の故郷では人々が大きく動き出す季節だ。冬、雪に閉ざされている間に作りためた品物を売りに出るのだ。彼の両親も例年、春になればノーザスクを出て各地を回るらしい。


「冬の前に来なかったこと、気にしてるの?」

「……本人が冬の前に来るって言ってたから、余計な。まぁ、ずっと来ないならそれでいいんだが」


 どうせ来るならさっさと済ませたい、と考えているようだった。


「あの、すみません」


 行く手を遮る形で現れた若い女性に、二人は足を止めた。

 その時点で、二人ともその女性の目的には察しがついていた。


「道に迷ってしまって」


 その割に、全然困っているように見えないのがこの手の女性の常だった。頬を染めて勇気を振り絞っている様は可愛らしいのだが、ルイの対応はいつも同じだったので、それを思うと少し可哀想になる。

 女性の行きたい場所を尋ねると、ルイはいつも持ち歩いている手帳を取り出し、それを一枚破って地図を書き込んだ。目的地へは少し複雑な道を通らなければならないが、ペンは迷うことなく紙の上を走った。トセウィスは決して小さな町ではない。だが、ルイはもう隅々まで把握しているのではと思うほど、どこを尋ねられても迷わず地図を書いていた。


「どうぞ、お気をつけて」

「あ……ありがとうございます」


 直接案内してもらうか、そうでなくても口頭で説明されることを期待していたのに、当てが外れてしまったようだ。それでも女性は素直に手書きの地図を受け取り、嬉しそうに駆けていった。

 何度目かまでは、この場にいていいのかと少し居心地の悪さを感じた。だが、こう回数が多いと慣れてしまう。レツはいつもどおりに、黙ってその場で事が終わるのを待っていた。

 研修期間中、セタンでも似たようなことは多々あったが、トセウィスへ来てからは、ルイは以前より戸惑ったり嫌がる様子を見せなくなった。慣れもあるだろう。だが、それよりもリゾネルでの出来事が大きいのではないかとレツは思っていた。少なくとも、故郷の人達よりは、声をかけてくる女性達の方がルイを人間として扱っていた。


 足止めされた二人は、再び歩き出した。

 トセウィスは国境が近いこともあり、グラネア帝国からの商人や移民が多い。それにまつわるトラブルも多いが、セタンの人々よりも異国の民に対する恐れは少なく、市場では物珍しい品がよく目に留まった。


「あの辺りだけ人が多いな」


 まだ混雑するほどの時間でないにもかかわらず、ある店の前に人が集まっている。少し近寄る。何を売っているのか見えて、レツはすぐに合点がいった。


「ガーデザルグ王家の宝石だね。名前は忘れちゃったけど……建国祭の時にセタンで見たけど、その時もすごい人だかりだったよ。確か、クィノも婚約者に買ったって」

「ああ、そういえばそんなこと言ってたな。春彩石か。実物を見るのは初めてだが……何となく、嫌な感じがする石だな」


 最後の方は、隣にいるレツにしか聞こえないような小声だった。楽しく買い物をしている人達の気分に水を差すわけにはいかなかった。

 その場を離れて再び市場を見回りながらも、ルイはまだ考えているようだった。


「……嫌な感じっていうのは、あの国ゆかりの品だから?」


 ルイは答えなかった。本人にもよく分かっていないのだろう。

 ルイのような考えの人は、騎士の中には少なくなかった。二年前にガーデザルグ王国と二百年ぶりの会談を行ったその結果が、こちらに良いものでなかったことは騎士の末端にも漏れてきている。詳細は伏せられているものの、近い内に戦争になるのではという噂もあった。そんな中で、ガーデザルグ王国の、それも王家にまつわる品に良い感情を抱けるはずもない。

 クィノのように、家族や恋人の女性に贈り物としてあの宝石を買った騎士はいるが、騎士の中であれを所持している者はほとんどいなかった。騎士の半数以上を占める男性はそもそも宝石に興味のない者が多いし、女性も、仕事の邪魔になるのを嫌がってあまり装飾品は身につけたがらない。だから騎士団の中で生活していると春彩石は縁のないものだが、一般にはかなり普及しているそうだった。家族の誰か一人は持っている、というくらい、皆が手にしているらしい。


「理屈じゃなく、もっと感覚的というか……いや、やっぱりお前の言うとおりかも」


 はっきりしないのが気持ち悪いのか、ルイはまだ考え込んでいるようだった。

 その時、頭に軽く何かが触れる感触がして、レツは振り返った。数歩離れたところに三人ほど男の子がいる。まだ研究所に入れないくらいの歳の子供達だ。彼らはレツと目が合うと、悲鳴を上げたり、けらけら笑いながら逃げていった。


「何これ」


 自分の足元に落ちていた白い塊を、レツは不思議そうに拾い上げた。先程頭に当たったのはこれだろう。でこぼこした丸い形で、見た目よりも軽かった。


「これ何だと思う?」

「それは物の名前を訊いているのか? それとも投げつけられた理由?」

「物の名前の方」

「ポップコーンだよ。とうもろこしのお菓子」


 とうもろこしのお菓子なのに、全然黄色くないのが不思議だった。そもそも、どうやったらとうもろこしがこれになるのだろう。

 ルイの口振りから珍しいものではないようだったが、レツはこれを手に取るのは初めてだった。気付かなかっただけで、今までも祭りの時にはどこかで売っていたのかもしれないが。

 足元に転がっているポップコーンを全て拾い上げて立ち上がると、ルイが視線で露店の影を示した。先程の少年達が、くすくすと笑いながらこちらの様子を覗き見ている。隠れているつもりのようだが、こちら側からは丸見えだった。


「お前、完全になめられてるぞ」

「そうみたいだね」


 自警団にいた頃からこういうことは珍しくなかった。もうすでに慣れてしまっているので、これくらいの悪戯ならレツはいつも放っておいた。下手に接触して、その親が出てくると面倒だからだ。放っておけばすぐに飽きてやめてくれることが多いし、それが無理なら魔法で姿を消して逃げていた。

 だが、もうルイの前で「慣れている」と言う気にはなれなかった。


「それ」


 ルイがポップコーンに向かって手を差し出したので、レツは彼の手のひらにそれをポロポロと落とした。


「食べるの?」

「そんなわけあるか」


 ルイはポップコーンを軽く握りしめると、子供達が隠れている方へ駆け出した。そう距離もないので、彼らに逃げる時間はなかった。

 彼は口頭で注意しているのか、子供達はだんだんしおらしくなっていった。


(僕も、逃げてばかりじゃ駄目だ)


 あれは自分がやらなければならなかったことだとレツは思った。

 自分が平気だからと放っておいては、あの子達は他の子に対しても目の色を理由に苛めてしまう。それを注意しなければならない立場に、自分はなったのだから。

 ふと視線を感じて、レツはルイ達とは別の方角に目を遣った。

 狭い路地で、誰かがさっと身を隠した。大きな樽の後ろに隠れたのは男の子のようだ。歳も近いようだし、ポップコーンの子達の友達だろうか。

 視線をルイの方へ戻すと、子供達の親が出てきていた。何を話しているのかは聞き取れないが、ルイの言うことにうなずきつつ頭を下げている。

 ルイは最後にポップコーンを子供に手渡し、こちらに戻ってきた。


「ありがとう」

「こういう場合は、俺が行った方が話が早いから」


 確かに、ルイほど上手くできるとは少しも思えなかった。


「……どうやったら、僕もちゃんとできるかな」

「強そうな外見になるとか」

「え? 僕、弱そうに見える?」

「見えないと思ってたのか?」


 ちゃんと鍛えているのに、弱そうに見えるというのはショックだった。


(でも確かに、ルイの方が強そうに見える)


 だがその差がどうすれば埋まるのか分からずに悩んでいると、ルイに「その性格じゃ難しい」と一蹴されてしまった。

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