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黄昏色の魔導士  作者: 雨森 千佳
第一章 魔法魔術研究所
10/133

10 雨の日(1)

 セタンはレツの故郷であるサイベンに比べると、からっとした気候だ。だが、雨の日ばかりはじめじめと湿っぽい。窓に打ち付ける雨の音が一人きりの室内に響いていた。

 昼食後は師匠達が来るはずだったが、この雨では外で練習するわけにもいかない。中止になって時間が空いたレツは、自室で本をめくっていた。

 歴史を勉強するのに薦められた本の一冊目が、もうすぐ終わりそうだった。セイが薦めてくれたのは伝記物で、とても読みやすかったのだ。レツは物語にはあまり馴染みがなかったが、他の本以上に面白いと思った。

 セイは本を読むのが好きな少年で、最近はレツに勉強以外の本も色々薦めてくれていた。繊細な絵が豊富な図鑑や、地域ごとの伝統や食文化をまとめたものも面白かった。勉強で手一杯で中々手がつけられないが、セイが特に好きな冒険物もそのうち読んでみたいとレツは考えていた。


 明日の授業では、エンチュリ帝国の崩壊に関する歴史が扱われる。

 伝記物の方をそのままに、レツはもう一冊の本を開いた。年代表には、起こった出来事がつらつらと並べられていた。


 エンチュリ帝国は、スタシエル王国ができる以前にこの大陸を統一していた国だ。その国の崩壊とスタシエル王国の建国を分けて考えることはできない。なぜなら、スタシエル王国のエリク王は、元はエンチュリ帝国の第二皇子だったからだ。

 大陸歴1614年の現在から遡ること、約600年前。大陸歴1027年にエンチュリ帝国は崩壊した。

 当時のエンチュリ帝国には、エリク皇子の他にもう一人、第一皇子のエンゼントがいた。魔術師であったエンゼント皇子と魔導士であったエリク皇子は、ある災害をきっかけに対立し、エリク皇子はスタシエルと呼ばれる鳥の姿をした神獣と共に帝国を去った。

 エンチュリ帝国は多数の民族と多数の神獣がゆるく結び付いてできていた国だったので、それを合図に帝国はバラバラになってしまった。これが歴史上、エンチュリ帝国の崩壊と、民族大移動と呼ばれている。


 エリク皇子は、当時荒れ地だったこの地を神獣の名から「スタシエル王国」とし、エンチュリ帝国に留まったエンゼント皇子は、同じくそこに留まった龍の姿をした神獣ガーデザルグの名から、己を王とした「ガーデザルグ王国」を新たに建国した。他にも、現在の大陸一の大国「グラネア帝国」をはじめ、大小様々な国がこの時にできたのだという。

 スタシエル王国とガーデザルグ王国は、現在国交がない。エリク王を殺した日没の矢を放ったのが、ガーデザルグ王国が送り込んだ間者だからだ。歴史に刻まれているその矢が自分に関係あるというのは、どこか不思議な気分だった。


 伝記物の方は、エンチュリ帝国時代の二人の皇子の様子が描かれていた。

 どこまで事実なのかは分からないが、伝記の中では、皇子達はとても仲が良かった。穏やかで聡明なエンゼント皇子と、快活で人望のあるエリク皇子。異母兄弟である彼らの周りには、大人達のたくさんの思惑がうごめいていたようだ。

 エンゼント皇子自身が、エリク皇子の殺害を命じたのかどうか。それははっきり記されていなかった。


(仲良しだったのに、どうしてそうなってしまったんだろう)


 兄弟のいない自分には分からない感情だろうか、とレツは思う。

 瞼が重くなる。レツは慌てて目を擦った。

 折角時間ができたのだから、今の内にもっと勉強しておきたかった。しかし、研究所に来てから十数日。中々緊張が途切れないままだったのが、この雨で気が緩んでしまったのだろう。活字を追っているはずの目は閉じられ、雨の音を子守唄に、レツは夢の中へと入っていった。


 夢の中でも雨だった。よく見る、あの雨の日の夢だ。


『母がその名前を付けた理由を、よく考えて。劣っているのだから、目立たないように、人に迷惑をかけないように。分かっているわね』


 聞き慣れたその言葉に、レツは眉根を寄せた。

 母の言うことに、いつの間にか不満を感じているのだった。


(嫌だな)


 レツはそう思った。

 初めてできた友達と話をするのは楽しいし、本を読むのも面白かった。それに、劣っているからと何もしないのでは、パートナーであるルイに迷惑になると思った。折角教えてくれる師匠達にも申し訳ない。


 母の声が遠くなる。それを申し訳なく思いながらも、彼は安堵した。

 故郷にいた頃のようにひたすら膝を抱えて座っている自分に戻るのは、もう嫌なのだ。


 顔を上げる。


 すると、そこはどこかの浜辺だった。入り江に、穏やかな波の音が単調に響いている。

 そこは色のない世界だった。青いはずの空も海も、くすんだ灰色に染まっている。

 波打ち際に、一人の男が立っていた。レツに気付かず、背中を向けたまま、微動だにせず海の向こうを見つめている。

 その姿が、なんだかとても悲しそうに見えた。

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