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Last Intermission

1.


 隼人が理佐と行動を共にしている。その情報はさまざまなチャンネルを駆け巡った。

 当然それは、隼人の行動を無人偵察機でフォローしている企業を通じて琴音にも伝わっている。彼女の下した指示は、『手出しせずフォロー継続』であった。

 細々とした指示を各所に出し終えて教室に戻ると、ゼミの仲間が待っていてくれた。

「社長さんは相変わらず忙しいね」

「まあね。トラブルがあるとバタバタしちゃって。まだまだ修行が足りないわ」

 そう答えながら学部棟へ足を運びつつ、現下の事態を咀嚼しようとする。

 理佐がなんらかのアクションを起こすだろう。それは、コンサルタント会社が提出したプラン――沙耶と隼人が結婚し、つつがなく生活を送る上で障害となるヒト・カネ・モノに対処するための――にも記されていた。加えて、鈴香からも警告を受けていた。

 不幸な事故が起こらないよう、祝言を挙げるまでは有人監視体制を構築すべき。提言に基づいたそれが今のところは機能している。

(どうするつもりなのかしら?)

 どこかへ連れ去ろうというのか。あるいは、死出の旅路へ。

(まさかね、って言えないのが……)

 サイコちゃんの由縁なのよね。

「琴音、なんか言った?」

「ううん。ごめん、考え事」

「じゃ、こっちの話も聞こえてなかった?」

「ごめん」

 女子たちは意味ありげな笑いをした。

「なによ?」

「あそこに立ってる男子がさ、琴音のことチラチラ見てたから」

「なんかヤラシイ目つきだったし」

 チラ見したが、知らない男子学生だ。琴音は混ぜ返すことにした。

「あなたのお胸じゃないの? お目当ては」

「おーイツキちゃんならいつでもオッケーだぜ、って言ってこようか?」

「あたしにも選ぶ権利があるし!」

 きゃあきゃあ騒がしさに紛れて、琴音は先ほどの思考から対処を一つ思いついた。誰に理佐を止めてもらうかを。

 このあいだ参加できなくて悔しがってたし。

 琴音は講義室の席に落ち着く暇もなく、友人たちに断って電話をかけに外へ出た。


2.


 理佐と二人きりで電車に乗る。久しぶりの行動だ。違うのは、理佐が何も話しかけてこないこと。ずっと真っ直ぐ前を見て、横に座る隼人には目もくれない。

 だから考える。彼女がこれから取る行動を。

 イ、隼人を殺す。無くはないな。男一人殺すのに、大げさな凶器は要らない。いざという時の動きも彼女のほうが素早いし。

 ロ、誰かの助けを借りて隼人を拘束、誘拐する。拘束だけなら理佐でもできる――白水晶による強化で、理佐のほうが腕力は強い――が、誘拐までは無理だろう。だがこれは、鷹取家の監視網に引っかかって失敗に終わる確率が高い。

 ハ、隼人と無理心中する。これが一番確率が高いだろう。彼女が一言も発しないのは覚悟が揺らぐのを防ぐため。そして緊張しているため。

 その横顔を横目で見ると、バッチリメイクできめている。

(ハ、かな……)

 こんなことならヒゲをちゃんと剃っとくんだった……というのは冗談として、いずれにせよ隼人の取るべき行動は一つ。

 隙を見せない。襲ってきたらとにかく逃げて、鷹取家が彼の周りに構築している警護陣に飛び込む。これしかない。

 そんな空想に浸る――隼人にとっては不本意ながら、理佐を蹴り飛ばす空想までした――こと20分間ほどで、電車は目的の駅に到着した。

 降り立って、正直なところ意表を突かれた。ここは隼人の夏を象徴する場所。1年生のときから監視員のバイトでお世話になっている海水浴場の最寄り駅だったのだ。

 そして今になって、駅に向かってくる人々の姿に気が付いた。海水浴客と思しき荷物や格好の人々が混ざっていたのだ。

「こっちよ」

 理佐が久しぶりに口をきいて、引っ張られていく。その手の冷たさも本当に久しぶりだ。

(沙耶は温かいな、そういえば)

 理佐に連れてこられたのは、海水浴場ではなく、それや水平線を望む展望台だった。灯台風の建物の中に、平日だからか、大学生っぽいカップルが3組ほどいる。

 なるほど、夕方の日差しを避けたかったのか。隼人は海沿いのフェンスに寄ろうとする理佐に従わず、腕組みをして白い壁に背を預けた。

「用件を聞こう」

 超A級スナイパーの定番台詞をつい使ってしまったが、理佐はその手の知識が無い。夕焼けの朱に染まった床をつかつかと近づいてきて開口一番、

「どうして嘘をついたの?」

 心当たりはないが、言いがかりになりそうな言葉は星の数ほどある。隼人が黙って首をかしげると、理佐はギアを一段上げた。

「あの女に、結婚しようなんて。どうしてそんな嘘つくの? かわいそうだと思わないの?」

「嘘じゃない。本心からだよ」

 ノーコメントでさっさと帰るのが賢い選択なのだろう。それくらい、隼人にも分かる。でも、沈黙は同意と同じである。あえて受けて立つことを選んだ。

「もうお芝居なんて止めて。なにを握られてるの? 命? 家族? なに?」

 どうやら居合わせたカップルたちはさほど賢くないらしい。こんなシチュエーションで立ち去らずに聞き耳を立てているのだ。

 そんなカップルの一組に、理佐はいきなり語りかけた。

「あなたたちもそう思うでしょ? 絶対にあの女が仕組んでるのよ!」

 あーあ。『君子 危うきに近寄らず』って至言だな。『三十六計 逃げるに如かず』も。男子は理佐がさらに話しかける女子を守ろうともせず、オロオロするだけ。終わったな、お前。

 ほかの二組はまさに掻き消すようにいなくなっていた。今ごろSNSに投稿されてるんだろうな。『ヤベー女現る』って。

 仕方がない。隼人は声をかけた。

「その子は関係ないだろ。こっちに話せよ」

「待って。こいつら怪しいわ」

 うん、進化したね今。

「あの女の一味ね! だからここに残ってわたしたちを監視してるのよ!」

 仕方がない(本日1分ぶり2回目)。

「用がないなら、帰る」

 スタスタと展望台を出ると、モノスゴイ形相で追いかけてきた。

「どこへ帰るの? わたしがここにいるのに」

「自分の部屋だよ」

 速度を緩めず駅へ向かうが、理佐のほうがやっぱり速い。腕を取られてしまった。

「どうして帰るの? あなたを騙してるのよあの女!」

 筋書き変更っすか。道往く人々などお構い無しに、理佐は語気を強めた。

「気付きなさいよ! 騙されてるって!」

「どんなふうに?」

 言葉に詰まる理佐の握力が緩んだのを逃さず離脱して、駅への歩みを再開する。

「い、いま調べてるところよ! 必ず突き止めてみせるわ!」

 陰謀論全開である。ここまで香ばしいキャラになっているとは、めまいがするほどの予想外だった。

(無理心中は無いな……いや、逆上して……)

 どこまでこのチキンレースをするべきか。隼人は理佐の金切り声に逐一ツッコミを入れながら考え続けた。


3.


 仕事の区切りがついて退社しようとした弓子が理恵に呼び止められたのは、長針が6時をもうすぐ指す時間帯だった。

「社長が呼んでるわよ」

 男の一人と呑みに行くつもりだったが、しようがない。社長室に入ると、そこには琴音もいた。弓子と入れ替わりのようにすぐ出て行ったが。

「何かご用ですか社長」

 ちょっと棒読み気味に訊いてみると、

「例の計画なんだけど、やっぱり美鈴ちゃん1人では試験が進まないから、庭師も何人か参加させることにするわ」

 庭師が使用する護身装具を対妖魔戦闘用に改修する計画、『タイラント・プロジェクト』。その進捗状況がはかばかしくないことは弓子も承知していた。

 理由は技術的なものと人的なものとに大別される。今沙耶が言ったのは、人的なものだ。プロジェクトの試験要員である海原美鈴は小学生。もちろん平日日中は学校があるし、学校が終われば習い事もある。友達とだって遊びたい。そこを疎かにさせる気は、鷹取家には無い。

「ま、仕方がないね。美鈴ちゃんを外すわけじゃないんでしょ?」

「そうね。それから例のシステムの件だけど」

 アレか。弓子は思いきり顔をしかめて見せた。

「ちょっと酔狂が過ぎるんじゃない? 他人の擬似人格アプリなんて」

 さまざまなアプリを戦闘システムにインストールして、戦闘の補助をさせる。そこまではいい。

 だがそのアプリに搭載するAIに一般人から採取したデータを学習させて擬似人格を作るというのは……

 率直に苦言を呈した結果は、沙耶の笑い顔だった。

「いいのよ。だって面白いじゃない」

 肩をすくめて、社長のデスクに近寄る。沙耶が凝視しているモニターを眺めるために。

 そこには、隼人と理佐を空から撮影している映像が映っていた。理佐が何かを指差し、隼人が首を振っている。

「なにやってるんだろうね?」

「ショッピングモールに入ろうとして、拒否されてるみたいね」

 と理恵。彼女の手にはタブレットがあり、地図が表示されていた。湾岸地区にオープンしたての施設だ。

「そういう意味じゃなくてさ」

 弓子は腕組みをした。

「さっさと別れて帰ればいいのに」

「どうやってもついてくるのよ」

 そうぼやく沙耶の顔は、しかし笑っている。いや、嗤ってるというべきか。

 もしものことがあったら。そう尋ねようとした気持ちは急速に萎んだ。沙耶の表情は明らかに不穏で、決定的かつ不幸な判断をあっさりと下しそうに見えてならないのだ。

 いや、さっき出て行った琴音の顔が険しかったのは、その判断を沙耶が下したからなのか。

(やっぱり、前の沙耶ちゃんとは違う……)

 こんな獰猛な顔をする子じゃなかった。まるで、鬼のような。そう形容せざるをえない。

 社長秘書の顔を盗み見れば、弓子と同じ感想なのだろう。戸惑いと職業意識がせめぎ合っているような表情になっていた。

 表情を整えて退社することを告げ、弓子は足早にならぬよう注意して部屋を出た。

「隼人君、頼んだよ。マジで……」

 そう心の中でつぶやきながら。


4.


 ショッピングと夕食を断って、たどり着いたもの。それは、

「あれに乗ろ」

 観覧車だった。これも同じく断ろうとして、ふと気が付く。

「いいよ。でも、これで終わりだよ。バイトがあるし」

 終わりという言葉に震えて、でも理佐は浮かれ始めた。

「横浜で乗った時のこと、覚えてる? すっごい夜景がきれいだったし。あのあとずっと2人きりで――」

 うん、覚えてるよ。だから《・・・》観覧車なんだ。

 5組ほどが並ぶ列は、すぐに順番が来た。係員の誘導で目の前の箱に乗り込む。

「隼人君こっちこっち! 夕陽がきれい……」

 理佐の声は已んだ。隼人はあえて、反対側の席に座ったのだ。

 眼はそむけない。これは俺の責任だから。

 理佐はこちらに移ってこようとして、みるみる眼に涙を溜め、自分の席にへたり込んだ。

 自分が厳しい顔をしていることを、隼人は自覚した。腕組みまでして。

 ごめんな、島崎さん。

 窓の外に顔をそむける理佐の細い背中が、小刻みに震えていた。

 そのままお互いに声を掛けることもなく観覧車を降りて――理佐の泣き顔を見て、係員の営業スマイルと声が引きつっていたが――帰り道を急ぐ。夕陽が沈んで街灯が照らす海沿いの岸壁まできたところで、隼人は右手を挙げた。

「じゃ、俺バイトに直接行くから」

「いやよ」

 理佐の眼は血走っていた。仁王立ちして、満身で隼人の退却を拒否する姿勢だ。

「お願い! もう少しだけ、もう少しだけ一緒にいて。そうすれば――」

 彼女の哀訴に掛け声が被さったのは、その時だった。

 彼女の頭上を前転しながら飛び越えて、こちらに来る、影2つ。丸まった姿勢から伸び上がって、ああこれ跳び蹴り――っておい!

「ダブルライバー! キィィィックゥ!!」

 エンデュミオール・プロテスとゼフテロスが放つノッリノリの掛け声とともに、隼人の身体は吹き飛んだ。2メートルくらいだけど。

 受身を取って、なんとか後頭部を強打するのは避けたけど、背中が痛い!

「なにすんだよ!」

 へっ、と笑って、2人は声を揃えた。

「婚約おめでとう!」

「蹴んな! つかお前ら、その笑みはあれか! キックがそろったのが嬉しいんだろ!」

「うん!」

 くそっ、満面の笑みになりやがった。

 その笑顔の背後が白く光った。大きな雪の結晶が空中から回りながら降りてくるのが、2人の頭越しに見える。

 理佐――エンデュミオール・ブランシュは眼を怒らせて、吐き捨てるように言った。

「わたしたちの邪魔をする奴は、排除」

「ふふん、いいんじゃない? いっぺんやってみたかったんだ」

 プロテスがそう言い放つ一方で、ゼフテロスはこちらを向いたままだった。

「さ、行きな、隼人。あとは任せろ」

「……分かった。怪我するなよ、3人とも」

「その優しさが余計だっちゅーの」

 背中の痛みをこらえながら、隼人は駅に向かって歩き始めた。ブランシュの金切り声と、冷静に応じる2人の掛け合いを遠くにして。



 それから3分と持たずして、プロテスとゼフテロスは劣勢に立たされていた。

 当初立てていた戦闘プランはただ一つ、氷槍を作らせないことだった。投射系スキルを持たない質量操作系である彼女たちにとって、投射系スキルを全て氷槍を介して発動するブランシュと戦うにはそれが最善と考えたのだ。

 だが、彼女たちは大切なことを忘れていた。敵に関する情報収集である。西東京支部の誰かに確認するべきだったのだ。

 本当に、氷槍を介さないとスキルが発動できないのかを。

 結果、プロテスは動かない右腕をぶら下げて防戦一方となり、左足を引きずるゼフテロスは十文字槍の穂先で危うく頚動脈を切られるところまで追い詰められていた。

 フロスト・フラッシュ。敵の身体の一部を氷結させる霧状の氷。ブランシュはそれを、素手でも出せるように改良していたのだ。

 ブランシュはいったん追い討ちを止めて、高笑いを始めた。

「さあ、粉雪にしてあげる。この暑さだもの、回復前に溶けちゃうわね」

 プロテスはすっと居直ると、大きな声をあえて出した。

 それが合図なのだから。

「負けました。ごめんなさい」

「死ね」

「そこまでです」

 建物の影から、琴音とエンデュミオール・イエローが歩み出て来た。

「理佐さん、お疲れ様でした。もうお引取りいただいて結構ですよ」

「……バカにしてるの?」

「はい」

 イエローに治癒を施してもらいながら、琴音も言うなあと呆れるついでに変身を解除する。

「どや? 右腕動く?」

「うん。ありがと」

「ほな、下がっとき」

 千早は首を振ると、イエローと一緒にゼフテロスのところへ向かった。そのあいだも、琴音の落ち着いた声が説得を続けている。

「もう十分でしょう。隼人さんは、あなたが何をしたってもう戻ってはきません」

「そんなことない! いつか、いつか分かってくれる! 自分が騙されてるんだって! 利用されてるんだって! わたしのこと、理佐って呼んでくれるんだもん! 優しく笑ってくれるんだもん!」

 もはや血を吐かんばかりの絶叫は、ゼフテロスがへたり込んでいる場所にもよく聞こえてきた。治癒の後変身を解除して、圭が溜息をつく。

「あれ……もうダメじゃね?」

「そんなこと言わんといて。うちの仲間やで? あれでも」

 イエローはそう言って、でも溜息をついた。

「隼人君のことさえなきゃ、おもろいねーやんなんだけどな」

「おもろい優先なの?」

「ほかに何があんの?」

 掛け合いに苦笑する圭に手を貸して立ち上がらせ、建物のほうへ3人で向かう。そこへ、ブランシュの決意表明が風に乗って流れてきた。

「隼人君を、返してもらうわ」

「返しません。返せません。交渉決裂ですね」

 そう静かに言った琴音は、千早たちの意表を突く行動に出た。氷槍を構えて挑みかかろうとしたブランシュに背を向けると、岸壁の縁に向かってすたすたと歩き出したのだ。

 そして、かけ声もかわいく海に向かって飛び降りた!

「ええええ?! ちょ、なにしてんのあの子?!」

「大丈夫だよ、圭ちゃん」

 建物の影には庭師たちがいた。どうやら圭の顔なじみらしい。彼らの顔には琴音の飛び降りに対する驚きはまったく見られない。

 いや、驚かざるをえないのはこっちのほうだ。だって、飛び込みの水音は聞こえず、海の上にたたずむ琴音が見えたのだから。海のうねりに従って上下までしている。気持ち悪くならないんだろうかと余計な心配までしてしまった。

 呆然としているのはブランシュも同じ。動きの止まった彼女に、琴音が語りかけた。

「我が一族は、かつてこうやって海を渡り、この国に来ました。やがて時が流れ、この術は忘れられかけていましたが、上皇様が島に流罪となった時警護に付き従った分家がこの術を復活させたのです。万が一、上皇様に害を為さんと企む輩が攻めて来た時、海上で迎え撃つために。それが海原家の起こりなのです」

 そこから一転して、いたずらっぽい笑みに変わる。

「半分は、沙良様からの受け売りですけどね」

「便利ね。負け犬が尻尾を巻いて逃げるにはちょうどいいじゃない」

「迎え撃つ、って言ったじゃないですか」

 琴音は煽りを意に介さず、手をだらんと下げた。

「だから、こういうこともできるんです」

 そして手を横に持ち上げる。すると、海水が柱状に持ち上がった!

 琴音が腕を前に振ると、水柱がまるで撃ち出されたように勢いよく飛び、ブランシュを襲う! とっさにかわしたブランシュは、せせら笑った。

「下手くそ! 血力切れまでそれやるつもり?」

 琴音は答えず、ただにこりとしただけで、両腕で水柱を放ち始めた。

 次々と襲い来る水柱を避けながら、ブランシュは高笑いすると、

「凍れ! 凍れ! お前を凍らせて、次はあの女だ!」

 ブランシュの最大威力スキル、ゼロ・スクリームを発動した!

 だが。

「あかん……」

 イエローがつぶやいたのを問いただす間もなく、正解が目の前で繰り広げられてしまった。

 海上の琴音がひょいと片手を挙げて形作った水柱に、白球は衝突した。そして絶対零度に凍らせてしまったのだ。水柱だけを。

 バランスを失って倒れ、海上を漂い始める水柱を眺めながら、イエローの声には残念そうな響きさえ籠っている。

「ブランシュの投射系スキルは、対象を凍らせるんや。逆に言えば、凍らせるだけ。激突の衝撃も、突き抜ける勢いも、なんにもあらへんのよ……」

 仲間の解説が聞こえたのか、顔を歪める白いエンデュミオール。その儚げな姿目がけて、海原の巫女は水柱の投擲を再開した。

 そして5分後。ブランシュは進退窮まってうめいていた。彼女の周囲には大量の海水が流れ去らず、まるでジェルのように盛り上がり、堆積していた。

 もちろんブランシュが自由なわけがない。足に水柱を絡められて飛び退くこともできず、いまや顔だけを残して海水の山に埋まってしまったのだ。

 それでも無理やり抜け出そうともがく白いエンデュミオールに、琴音は語りかけた。静かに、聞かん坊を諭すように。

「もうあきらめてください。あなたの負けです」

「嫌よ! 隼人君! 隼人君! そこにいるでしょ! 助けて!」

 バイトに行くから帰ると言う彼の言葉を聞いていなかったのだろうか。いや、

「だから隼人にフラれたのに……」

 千早は独りごちた。

 自分の都合しか考えない。自分のことしか見ていない。

 圭が何かを言いかけたのでにらんだら口をつぐんだ。ブランシュにとどめが刺されたのだ。

 琴音の放った水柱がブランシュの顔を直撃し、そのまままとわりついた。しばらくもがき、不意に力が抜ける。ブランシュの身体が淡く発光し始めたその瞬間、琴音の空間を払う仕草で海水は液体に戻り、倒れ伏した理佐の周囲に音を立てて広がっていった。


5.


 自宅に戻ってシャワーを浴びながら、琴音は今日一日の出来事を振り返っていた。特に、千早と交わした会話の一部始終を。

 失神している理佐は当然ながらびしょ濡れで、とりあえず毛布で体をぐるぐる巻き――もし眼を覚ましても暴れだせないようにという措置も兼ねて――にした。

 それを彼女の自宅まで搬送する車に同乗した時、千早が理佐をあごで示しながら言ったのだ。

『ま、しょせん理佐ちゃんもオジョウチャンってことだね』

『……どゆこと?』

 と首をかしげる美紀にならって、琴音も同じ角度を取った。

『琴音ちゃんも分からない?』

『はい。教えてください。オジョウチャンですから』

 千早が説明しだしたのは、今日理佐はどうすればよかったのか、ということだった。

『海を見に行ったり、隼人に金切り声で迫ったり、いい思い出だったのかもしれないけど観覧車に乗ったり。そんなんじゃダメだね。まるでなってない』

『じゃあ、どうすればよかったんですか?』

『まず、理佐の部屋に隼人を連れて行く』

『はい』

 でな、と千早はにっこりした。

『玄関の鍵を閉めたら、素っ裸になって隼人に抱きつけばよかったのさ』

『また極端やな……』

 唸る美紀に笑いかけて、千早の舌は回転した。もしかして、高校時代に隼人とよりを戻す時に使った手なのだろうか。それとも、今の彼氏と二股かける時?

 それが訊けないからオジョウチャンなんだな、わたしは。

『だって、隼人は男だぜ? しかも勝手知ったる元彼氏、どうすればヨクジョーするかなんて分かってんじゃん? ましてそこらのへちゃむくれじゃない。理佐ちゃんなんだから』

 頭からシャワーを浴び、流れ落ちる泡と自分の肢体を見つめながら、琴音は口の端を上げた。

 人の話は聞いてみるものだ。今度、試してみることにしよう……

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