第10章 開戦前夜
1.
翌朝、真紀と美紀がゼミの学生控室に入ると、委員長があいさつもそこそこに声をかけてきた。
「隼人君からなんか聞いてない?」
「「なんにも。もしかして、来てへんの?」」
どうやら誰も彼の欠席理由を知らないらしい。電話は『電波の届かないところか、電源が切られている』ようだ。
念のためかけてみたが、やはりつながらない。
(まさか……チョビヒゲめ……)
先日の凌たちとの相談の結果、琴音に暗殺計画を通報したのだ。凌を不問に付す代わりに、彼女の実家を陥れようとする実行犯たちはこちらでなんとかする。そういう条件で。
琴音は冷静な表情を取り繕っているようにしか見えない燃える瞳で、『隼人さんの警護はこちらにお任せください』と請け合ったが、それが失敗したのだろうか。
仕方がない。美紀はさりげなく窓辺に寄って学生たちから背を向けた。
10秒後、背中が真紀の声をキャッチする。
『もしもーし、おはよう隼人君――うん――ああそうなんや。分かった先生に伝えとくわ』
隼人からの電話で、夏風邪で熱があるから欠席すると連絡があったというのだ。
ほっとした雰囲気から抜けて、教官控室に向かう姉の背中を見ず、携帯の通話を切る。姉の携帯に空電話をしたのだ。
「あいつもいい加減スマホにして、SNSやれよな」
「ほんとだよね。連絡しにくくって」
仲間の愚痴に内心苦笑する。確かに連絡しにくいが、今回はそれが不幸中の幸いだった。
(うちらは黄色い端末で事足りてるしな)
それはそうと、琴音に確認してみるか。
だが彼女からも返事が返ってこないままゼミの時間となってしまい、モヤモヤしたまま講義室に向かうことになってしまった。
会社の会議か何かだろう。仕方がない。講義の合間にでもまた連絡してみよう。
2.
袴田は、望外に転がり込んできたチャンスに興奮を隠すのが精一杯だった。
生きていた栗本に沙耶が襲われ、ボーイフレンドが身代わりで捕らわれた。その救出策を検討する会議が緊急開催され、今は中断を挟んで第3回である。
その冒頭、服屋の女店長が発言を求めた。許可された彼女は、彼のあからさまな舌打ちも意に介せず腹案を提示したのだが、それはこんな内容だったのだ。
『在日米軍の協力を仰いで、目標地点にバンカーバスターとサーモバリック爆弾を投下。栗本を隼人もろとも圧殺する』
栗本が潜伏している地点は、隼人の携帯からの信号を解析して判明していた。
そこは、自衛隊が管理する演習場の区域内。すぐに無人偵察機が投入され、山の麓に穿たれた穴に隼人が連れ込まれる場面にギリギリ間に合った。
関係各所への照会で、そこには地下洞窟が存在すること、出入り口の穴はおそらく栗本が開けたものであることが判明した。これは、信号が途絶えてしまったことからも裏付けられる。
そこで、拉致された隼人をどうやって救出するかを検討することになったのだが、女店長の腹案はその点をまったく考慮していない。
バンカーバスターとは航空機から投下されて、地中深くまで突き刺さったのち爆発する代物で、敵が地下に構築している拠点を無力化するための爆弾である。
サーモバリック爆弾はバンカーバスターとは違いソフトターゲット――硬い装甲や防壁を持たないという意味の――を攻撃するための爆弾で、着弾すると広範囲に飛散した気体状の爆薬が爆発し、広範囲に衝撃波と爆風、一酸化炭素を多量に含むガスを発生させる。これにより、生物は呼吸困難となり窒息死してしまう。つまり、バンカーバスターで圧殺しきれなかった敵に追い討ちをかけるために投入しようと言うのだ。
人質の生命など無視して。
(チャンスだ! これであの女を排除できる!)
袴田の興奮は無理もない。『あの女』の発言を聞いた鷹取家の出席者が瞬時に青ざめ、あるいは憤激したからだ。
『あの女』はダブルミーニングでもある。すなわち、沙耶が椅子を蹴立てて立ち上がったのだ。
「仙道さん……本気で言ってるの?」
それでも抑えた沙耶の声は、袴田には福音にすら聞こえる。逆に小癪なくらい落ち着いた女店長の声も。
「はい。もっとも合理的なプランだと評価します」
「許さない! そんなこと、絶対に!」
ここで総領が介入した。その厳しい顔は沙耶に向けられている。
「落ち着きなさい。感情をコントロールできないなら、退席してもらう」
不承不承といった態でゆっくりと引き下がった沙耶を待たず、総領は一同に向かって口を開こうとした。
だがその時、予想だにしなかった連絡が入った。執事の一人が会議室に飛び込んできたのだ。
「申し上げます! 栗本めから、通信回線を開けとの要請がございました!」
『やあ、皆さんおそろいで』
液晶ディスプレイに映し出された画像はやや荒いものだった。音質も悪い。だが、例の地下洞窟に放送機材まで持ち込んでいるのは確かだった。背景がいかにも岩だらけな暗褐色だったのだ。
「用件は? 手短かに願いたいわ」
総領はカメラに視線を向けることもなく、いたって平静な声で応じている。他の出席者も同様だ。娘は対照的に、視線で彼方の栗本を射殺せんばかりににらみつけている。
『ビジネスライクで、結構なことだ』
と栗本は笑い、虚仮脅しにしか見えないマントの裾を芝居っ気たっぷりに払ってから、用件に入った。
『私と配下を、鷹取家の分家として遇していただきたい。もちろん、財閥系企業はいくつか委譲していただく。私はこれでも貿易商として財を成した男だ。有用と自薦しよう』
「断る」
密かに息を飲む声が会議室を満たす。娘のだけでなく年若い一族のそれも加わっているのは、導き出される答えを恐れているからだろう。
栗本は静かに笑うと、予想どおりの反応を示した。
『人質の命が惜しくない。そうおっしゃる』
「ズレてるわね」
『ズレてるとは?』
総領は顔色一つ変えずに言った。
「人質は赤の他人よ? あなたたちが鷹取家に入ることとは無関係だわ」
栗本は下手な口笛を吹くと、少し前に乗り出してきた。
『そこにいるお嬢さんの大事な人でも?』
「無関係ね」
袴田がこっそり視線を回すと、沙耶の眼は総領を見つめていた。今度は総領を射殺することに決めたようだ。
しかし総領は小揺るぎもせず、会話を進める。改めて、統率者としての威風を再確認した思いである。
「沙耶を人質に取って要求を通すつもりだったんでしょ? だからズレてるのよ。それに――」
総領は腕組みをした。
「成功した貿易商とやらが、交渉材料を1つしか持ってないなんてありえない。次はなに?」
栗本はまた下手な口笛を吹くと、姿勢を立て直した。
『では、提案しよう。私はあなたたちの知らない呪式をいくつか知っている。そのことは、ご理解いただけるかな?』
総領がうなずくのを待って、栗本は続けた。
『私は、かのサカイコがかけた呪いを解くことができる。これでどうですかな?』
さあっと、室内に波紋が広がる音がした。かくいう袴田も驚愕した一人だ。
結婚に関する呪い。これが解ければ、一族の憂鬱は晴れる。もう求婚へのためらいや求婚相手が抱く恐怖が無くなる、とまでは言わないが、かなり減じられると言えるだろう。
同時に、袴田にとっては危機の到来である。沙耶もまた、思い悩む必要がなくなるのだ。なんとなれば、お年頃の財閥令嬢である。性格にやや難があるとはいえ、引く手あまたになることは容易に想像できるではないか。
滲み出る脂汗を拭って辺りを油断なく見回した袴田は、一部に異質な雰囲気を見つけた。それは誰あろう、総領母子だった。
母親が落ち着き払った表情で口を開いた。
「あなた、ご自分で試してみたの?」
『もちろん』
栗本は胸を張ったが、
「では、次回の接触は1年後ということで」
『ちょ、ちょっと待ちたまえ!』
意外な宣告に、栗本は初めて慌てた。だが、総領は先ほどからと全く同じ調子で続けた。
「呪いのことを知らない女性と結婚して、子を作りなさい。その子のDNA鑑定をして、間違いなくあなたと妻の子であると判断したら、信じて差し上げてもいいわ」
ああ、そうか。思い至らなかった袴田は、唇をかむと同時になぜか愉快になった。
証拠が無いのだ。呪いが解けても外見が変わったようには見えない以上、結婚と子作り――未婚の子に対して呪いが発動し惨殺した実例が過去に散見される――をしてみせることがなによりの実証であろう。
荒い画像で判然としないが、栗本の尊大な態度は消えうせてしまったように見える。しきりに顔の傷を撫で始めた。
その仏頂面に向かって、総領は畳み掛けた。
「近日中に神谷君を引き取りに行かせるわ。もし五体満足で帰ってこなかったら……分かるわね?」
なにか言い返そうとした栗本の顔は、ディスプレイから失せた。総領がまるで蝿を払うように手を振って、通信を終了させたのだった。
3.
いったん休憩を入れて、そのあいだに戦術をまとめた袴田は攻勢に出た。常識的な洞窟の攻略作戦を提示したあと、こう付け加えたのだ。
「仙道主任参謀の立案したプランは、あまりに非人道的であります。あのような愚策を本職はとても看過できません。後日で結構ですが、しかるべき処置を下されるよう進言いたします」
なるほどと承った総領は、なぜか問い返してきた。
「あんなプランを立てたことを罰しろと言うのね?」
「おっしゃるとおりです」
頭を下げて同意の意を示す。横目で見た女店長はむっつりと押し黙っている。その横の副参謀長も同様だ。
役に立たないお飾りめ。待っていろ、すぐに取って代わってやるからな。
決意を新たにした袴田が姿勢を直した時、視界の端に琴音が立ち上がるのを見とめた。するすると末席から総領の下まで来た彼女が、手に持っていたなにか小さな機械のボタンを押す。
室内のスピーカーを通じて流れてきたのは、袴田自身の声だった。
『これはチャンスですぞ! 地下洞窟に立て籠もっているのなら、バンカーバスターで押し潰してしまえばいいのです! 生き残りは、そうですな、サーモバリックでも使わせますか。確か使用期限が近いのがあると、空軍の知り合いが申しておりましたので。やつらは実弾訓練で弾薬の始末ができる。あの小僧も始末できる。一挙両得ですな』
袴田の耳朶は、頭部から血の気が引く轟音を確かに聞いた。続いて、憎きライバルの揶揄が聞こえてくる。
「わたし、あなたの考えたプランをそのまま提案しただけですけど?」
盗聴。その熟語が頭の中をグルグルと回り、総領の言葉でやっと止まった。それは同時に、袴田の野望が停止を余儀なくされたことも意味していた。
「この際だから、大掃除をしましょうか」
総領が確認を求めた一族が全て同志の妻たちであることに気付き、袴田は逃亡を図った。が、庭師たちにあえなく取り押さえられて叫ぶ。こうなれば道連れだ!
「参謀長殿! 参謀長殿! あなたも同罪ですぞ!」
引き据えられて見上げた老参謀長は、泰然自若としていた。そのしわがれ声が室内に響く。
「鷹取たるこの私が、沙耶ちゃんの幸せを邪魔するなどありえると思うのかね?」
「裏切ったなこの老いぼれ!」
引き立てようとする庭師に抵抗しながら、なおも袴田は叫んだ。もはや喉も枯れて絶叫に近い。
「あなたたちにご主人への愛は無いのですか! ご主人は、お家のためを思って……」
それを聞いて顔を見合わせる一群のなかから一人、女性が立ち上がって進み出た。胸に手を当てて、微笑む。
「旦那様との思い出は、この胸に生きています。今までありがとうございました。これからは新天地でがんばって。そう伝言することにしますわ」
目の前が真っ暗になった袴田は、自分が何を叫んでいるかも分からなくなりながら室外へと連行されていった。
扉が閉まると同時に、総領がただ一人になった主任参謀を促す。
「では仙道さん、プランAを」
「失礼ながら、先ほど提案しましたが」
ざわついていた室内が、また静まり返る。まるで引きつったように。
「たずなさん、あなた……!」
殺してやる。その意志を視線に籠めて、しかし主任参謀はまるで意外そうに首を振った。
「申し上げたはずです。『もっとも合理的なプランだと評価します』と。かの人は主義主張はともかく、作戦立案者としては有能でしたわ」
沙耶は唇を噛みしめた。
「でも、でも……」
「神谷さん以外の、当方の人的損害を考慮する必要がありません。在日米軍及びアメリゴ政府への借りができてしまいますけど、先のメリットに比べれば何ほどのこともないと考えます」
だが、たずなは妥協した。掴みかかろうとして琴音たちに押さえられている沙耶を一瞬だけ悲しげな目で見て、副参謀長に視線を移したのだ。
その意味を悟った副参謀長は立ち上がると、一礼して声を張った。
「あとは、総領様のご判断です。本職は、いえ、参謀部は総領様のご意志のままに動きます」
総領は目を閉じたが、すぐに元に直って判断を下した。少しだけ身じろぎをして。
「プランAはBが失敗に終わった時の保険とします。参謀長さん、パターソン司令官に会いに行っていただけますかしら」
参謀長がうなずくのを待って、主任参謀はプランBの説明を始めた。副参謀長以下参謀たちと検討したと前置きして。
しかしそれも、ほどなく修正を余儀なくされる。斥候として派遣された巫女たちが、緊急情報として知らせてきたのだ。
鬼の血力を無力化する呪式陣が、地下洞窟の入り口を中心に広域で展開されていると。
4.
お手洗いを済ませて隼人が戻ってくると、幽閉スペースには案内されず、ただついてくるように監視役から指示されただけだった。
あの公園で気を失って、気がついたらここにいた。いかにも洞窟っぽいが、人工物のようにも見受けられる。壁に明らかな掘削の跡があるのだ。
逃げようにも、逃げ道が分からない。だから大人しくしてるしかない。そういう判断をしちゃう点で、自分には英雄の素質がないなと自嘲する隼人である。
「なにがおかしい」
自嘲が顔だけでなく声も出て、後ろを歩く女性に声をかけられた。ありのままに説明すると、彼女も声を上げて笑う。
「おい、馴れ合うな」
前を歩く女性が警棒を振って威嚇してきた。刈り上げがまぶしい男っぽい人だ。
後ろの女性――こちらも短髪の、美人というより男前な――が黙ったので、歩みが再開された。いくつかの緩やかな角を曲がって、
(結構広いな。どこまで行くんだろう?)
その疑問を前行く女性にぶつけてみたが答えは無く、しばらくして大学の講堂がすっぽり入るような広いスペースに出た。さすがに床はまっ平らではないが、それなりに整地されている。
そこには、派手な椅子に座る栗本がいた。近くまで連れてこられて、じっと見つめられる。
「ふむ」
なにかを一人でうなずくその姿は、どこかで見たような。
(誰だったかな)
「君はなぜあの娘と付き合う気になったのかね?」
「彼女のことが好きだからですが」
いきなりの質問にマジレスしたら、後ろで休めの姿勢を取っている女性たちが吹き出した。
「それだけかね?」
「それだけとは、どういう意味ですか?」
問い返しを聞いた栗本の顔は、小馬鹿にしたような表情になった。
「呪いを発動されて、殺される。そうは考えないのかね?」
「それ、結婚したあとですよね? まだ婚約すらしてませんよ」
そう答えたが、納得がいかないようだ。椅子にふんぞり返ると、失礼なことを言い出した。
「カネだろ? ずばり言いたまえ」
少し考えて、正直に答えることにした。
「それを考えなかったといえば、嘘になりますね。貧乏人ですから」
でも、とつなぐ。どうせ理解はしてもらえないだろうけど。
「好きになった女の子が振られて落ち込んでるから、慰めてあげたら付き合うことができた。それだけですよ」
栗本は鼻で笑っただけだった。後ろの女性たちとともに。
「ところで、持ち物はいつ返してもらえるんですか?」
これも鼻で笑われて、ますますふんぞり返らせる結果になった。
「悪いが、預からせてもらうよ。肝心な物がなかったがね」
「肝心な物?」
「白水晶だよ。全身くまなく探したんだがね」
ああ、それで服が乱れてたのか。
そして、こいつらが白水晶のことを把握していて、でも隼人の特殊事情――白水晶が体内に取り込まれていること――は把握していないことが分かった。
日中は持ち歩かない習慣だと嘘の説明をすると、あっさり納得された。見透かされているような気もするが、少なくとも嘘じゃない。持ち歩いているわけじゃないんだから。
会見はこれで終わって、幽閉場所に連れ戻される。なにげなく目を走らせた掛け時計の針は、午後2時を指していた。
(そういえば、時計が多いなここ)
随所に設置してあるのだ。先ほどの大広間にも、2つはあった。
やはりここは地下の洞窟なのだろう。陽が差さないから、時間の感覚を失わないように各所に設置してあるのだと推測する。
(確か今日の日没は19時より少し前だったから、あと5時間弱か)
エンデュミオールは、日の入りから日の出まで、つまり夜間しか変身できない。妖魔との――バルディオールと戦っていた時も――戦闘はほとんど屋外だから問題ないが、日没未満のいわゆる『往魔が時』に現場に到着することもあり、変身可能時刻を調べておくことはフロントスタッフの基本である。夏至を過ぎて、これから日没時刻は少しずつ早まっていく。19時を目安にしておけば問題ないだろう。
問題は、どのタイミングで変身するかだ。ここから出口まで何メートル、へたをすれば何キロメートルあるか分からないのだから、外からの救出作戦と連携して変身するしかないのだが。
そこまで思考した時、いつもの癖が出た。
なにかが引っかかる。違和感がある。
ぐうたら昼寝でもしようかと思ったが、予定変更だ。できる限りの情報を収集しよう。
いつかフラッシュバックが来る時のために、情報を溜めるんだ。
「間に合えばいいけど……」
思わず出たつぶやきは、幸い監視役には聞こえなかったようだ。
5.
午後3時過ぎ。西東京支部に集まったフロントスタッフは、生存していた栗本からの挑戦状を見せられていた。
ビデオレターで届けられたそれは、簡潔に言うと、
『日付が変わるまでに神谷隼人を取り返しに来い。日付を越えたら、彼を殺す。それが嫌なら、こちらの条件を飲め』
るいは笑った。眉をひそめる仲間たちなんか知ったことじゃない。面白いんだもん。
「で、るいたちの出番と」
「日没までまだ時間がありますけどね」
そう受けた琴音も顔をしかめている。その眼は、やおら立ち上がった理佐を不思議そうに見据えた。
「どうかしましたか?」
「謝りなさいよ」
「お前は何を言ってるんだ」
優菜の常套句は理佐には通じないようだ。こめかみに青筋を立てて、わぉ怖~い。
「隼人君を巻き込んだのよ? あなたたちの内輪揉めに! 沙耶さんが隼人君をたぶらかしたのよ! 謝りなさいよ!」
「で、作戦はもう立ててあるんでしょ?」
無視無視。アフォにかまってる時間はないし。
みんながるいの言葉に乗って、半ば無理やり琴音の説明に耳を傾けた。
もっとも、雑音もすぐに消えた。金切り声を上げ始めた理佐は、真紀が素早く腕を捻りあげて室外へ連れ出してくれたのだ。
「美紀、あとよろしく」
「あい」
るいの横に座る瞳魅が顔を寄せてくる。
「なにをどうよろしくなんでしょうか?」
「アホ毛が揺れてるから、会議の内容を中継でもするんじゃないの?」
「中継て……」
「いやぁん唐沢ツインズべんり~」
雑談に流れ始めた瞳魅と優羽を眼で黙らせて、琴音は立ち上がるとホワイトボードの前で説明を始めた。
現在、例の呪式陣の境界に、巫女と庭師が5箇所に別れて潜伏場所を包囲するべく向かっている。それ以外に遊撃隊が3隊。どこに出入り口が隠されているか分からないためだ。
「今のところ別の出入り口は見つかっていませんけど」
次に、敵戦力。急遽行われた地元民への聞き込みによると、余所者と思しき男女一組を2ヶ月ほど前からちらほら見かけるようになった。2週間前にはその男女に率いられた6人ほどの女性がタクシーに分譲してやってきて、すぐに山のほうに消えたそうだ。
「そっちは演習場だよって親切に教えても、笑って取り合わずに立ち去ったそうです」
男の人相は、今朝の通信の録画からプリントした写真を地元民に面通しさせ、栗本とほぼ確定。行動を共にしていた女性は40代と思われるが氏名不詳で、現在警察に照会中である。
なお、先日の鷹取屋敷襲撃犯でただ1人生き残った女性はいまだ完全黙秘を続けていたが、栗本生存を教えると、気が触れたように笑いだして止まらなくなり、緊急搬送する破目になったという。
「女性全員が鬼の血力を使えると仮定して、敵戦力は7名でしょう」
「それプラス妖魔、だね?」
るいの推測は当然参謀部もしていた。襲撃犯が行った妖魔召喚を、立て籠もり犯たちもして来るだろうと。
「そうなると、会長の力が必要だね」
甚大なる災厄を引き起こして全体攻撃。それが会長である鷹取沙良ことエンデュミオール・カラミティのスキル、カラミティなのだから。
しかし、琴音は忌々しげに首を振った。その口が開く前に、支部長が溜息をつく。
「台風だわ……」
なんと会長は沖縄にいるのだ。大学の友人と。そこを台風が直撃しており、風が収まるまで4時間はかかるのだという。
「こんな時に間が悪い……」
「仕方がないのよ。ほんとは今週一杯滞在の予定だったんだから」
「ま、その点については対処済みです」
瞳魅があっさりと言い、手を打った。今から約1時間後に離陸予定の米軍機に乗せてもらって帰ってくるそうだ。
「さすが軍隊、飛ぶんだこんな時に」
「んで、あといないのは……」
祐希、万梨亜、京子、凌、陽子の5人である。全員早めの夏休みが始まって――京子はフリーターだが――東北地方に旅行に行っている。現地の海原家が接触済みで、最短経路で現場に行けるよう手配していると支部長に連絡があったそうだ。
「万梨亜ちゃんの全体攻撃もないのか……ちょっときついな」
優菜がジリジリし始めた。横浜支部と北関東支部の援軍をあてにするしかないが、それも大した数じゃない。西東京支部とは別方面から進撃して、敵を分散させる役目しかできないだろう。
「つか横浜支部、3人しか来ないじゃん! チハヤっちと圭ちゃんは――「「お熱で休みやで、多分」」
隼人の妹へのお見舞いを熱発回避していたと聞かされて、
「ほんとにどいつもこいつも間が悪い……」
「優菜、落ち着いて。あんたのカレシじゃないんだから」
「かんけーねぇ!」
「あ、じゃあ隼人さんを助けた人がカノジョ認定――「優羽黙れ」
にらみ合いは、優羽の一言と瞳魅の鉄拳制裁で中断された。
「では、今から1時間後にこの支部に集合とします。飲食物等全て当家で用意しますので、個人的なアイテムだけ持って集合ということで」
るいは勢いをつけて立ち上がった。
さあ、戦争だ!




