7.迷子と花の化精
起きたら視界いっぱいに作り物っぽい顔があった。
白目のない黒目だけの瞳、わずかなシワもホクロも色味の違いすらない一色に塗られたような肌、整いすぎたバランス。
呼吸による微かな表情筋の微動すら読み取れない作り物めいたもの。
首や耳となだらかに繋がった皮膚が仮面などではないと証明している。
それがさらに不気味であるはずなのに、返って美しいとしか評価できないほどの。
「目覚められたか」
目の前で発せられているはずなのに何故か遠くで反響しているように聞こえる声。
聞こえる声から性別を割り出そうとするも、どちらかに決定するにしてもどこか腑に落ちない。
頭がきちんと回らないのは、寝起きでぼんやりしているせい?
「……だれ…」
人離れしすぎていて間近にあっても何も感じなかった顔がすっと遠のいた。
視界が広くなり、ここが緑に囲まれた場所だと初めて知った。
目の前の彼が薄ぼんやりと光っているということに気付く。
ああ、やっぱり人間じゃないんだ。
プロジェクションマッピングのようなものだろうか。
「私は花の化精だ。お前が髪の王をお守りしたのだな。良くやった」
「………王さま!王さまは!?いっ、痛…!」
何を言っているのか分からないが、あの数ヶ月共に過ごした生首のことだとは理解できた。
そして自分の腕の中にあったはずの生首がなくなっていると気付き飛び起きるも、脇腹に激痛が走り地面に倒れてしまった。
「大事ない。この森の座で体を作られているところだ」
「?よく分かんないんだけど…無事なんだよね」
「ああ」
「よかった…」
安心したからか体中から力が抜ける。
激痛の走った脇腹を手で押さえたまま周りを見るも生首はいない。
森の…くら?という場所は別の所なのだろうか。
「で、あなた、だれ?」
「…お前、聞いていなかったのか」
「聞いてたけど、なんかよく分かんなかったんで…。花の何って?」
生首と同じようにほぼ無表情の顔がわずかに呆れたように動いた。
「化精だ。精霊と妖精の間にある森の民だ」
「けしょう?妖精…?」
「かつては妖精であった。今は化精と呼ばれるほど力を蓄えたのだ」
「人間じゃ…ないんだ…?」
「見目は人間に近しくなるが人間ではない。長年細々と魔力を蓄えていたが髪の王の復活により化精へ成れたのだ」
言っていることが、分からない。
何か現実離れしたことを言っているとは分かるのだが、その意味が理解できないのだ。
「……何かやってみせて」
「ではもう少し光を呼ぼうか」
長い指がすいっと空をなぞった。
すると振り落ちる光がみるみるうちに大きくなる。
何が起きているのかと目を細めながら空を見上げ、風もないのに木々が自分から身を寄せあって空からの光を降らせている事実に言葉を失った。
魔法みたいに、木が動いた。
現れた紺碧の空を見つめると、小鳥が迷いもなく飛び込んできた。
そして地面に降りて、ためらいもなく顔や腕に小さな体を押し付けてきた。
ふと見れば森に住んでいるのだろう鹿やウサギ、熊までが自分を取り囲んでいる。
敵意もなく、とてもくつろいだ様子で。
奇跡だと思った。
野生の動物たちに囲まれて、植物にまで居心地の良い空間を与えられて。
まだ、夢の中にいるみたいだと。
目を閉じた。
生首と迷子 7






