5.迷子の日の出
昨日のアレって喧嘩のうちに入るの?
夜には髪の中からいつもの能面顔を出して宙を漂い始めた王さま。
いつもと違うといえば、いつも見張るように私を見ていた顔がそっぽ向いてることぐらいか。
王さまの横顔なんて珍しくてついつい目で追ってしまう。
鼻は高いしまつ毛も長い、マツエク要らずの美形である。
悩ましいまでの造形美だけど頭皮には触手のごとくうねる髪、そして生首。
神は二物を与えないってこういうことかぁ。
それとも王さまには元々体があった?
生首と迷子 5
「…体があって、切り離されて、生首オバケになった?」
要するに斬首された落ち武者のオバケにみたいなものか。
イギリスのファンタジー文学で言うところのほとんど首なしの誰々さんとかみたいな。
すると王さまは元々本物の王さまだった可能性もある?
こんな美人なんだし、頭に王冠載せてるし、威厳もあるし。
まあ王冠なんていってもだいぶ年季の入った鋼鉄か何かっぽいくすみ方をしたやつだけど。
「ねえ、王さま。こっち来て」
伸ばした手に王さまが近付いてきた。
犬猫にするように顔を両手で挟んで頬を揉んだ。
お、眉間にシワを寄せてるけどあんまり嫌がらなくなっている。
「王さま、また断面触らせてね」
『ーーーーー』
抵抗があるっちゃあるんだけど、気になって仕方がなくて王さまの首の断面に手を伸ばした。
やっぱり滑らかでツルツルしている。
昨日は磨いた石みたいだと思ったけど、違う気がしてきた。
隠しているというか、そう、蓋みたいだ。
血止めとかそういう意図というよりは、もっと何か別のものを封じ込めるみたいな。
何故か分からないままに蓋という言葉を頭の中で繰り返した。
蓋。
それを開くとどうなるんだろう。
『ーーーーー』
手の中で王さまが何かをほろほろと呟く。
呼吸ですらないその言葉のようなものが、いつか理解できたらいい。
いつか、王さまのことをもっとちゃんとたくさん理解できたらいい。
「う、わ!え、あれ!動いた…?」
何度も触っていたからだろう、首の断面に張り付いた滑らかな何かがかすかに動いた気がした。
「王さまごめんやっちゃっ……た…?」
突然王さまの髪が、私の体と腕にがっちりと絡みついた。
辺りに散らばっていた王さまの髪、全部。
わずかも動かないほどの力で固定されて驚いた私に王さまは近寄り頬をすり寄せた。
ほんの少し温かいようなすべすべの肌の感触。
初めて私の手に王さまが頬をすり寄せた時と同じようなシチュエーションだというのに、全然嬉しさがなかった。
王さまの仕草がまるでお別れのように感じられたから。
「王さま…死んじゃうの…?」
『ーーーーー』
「ここにいてよ。ねえ、一緒にいようよ…!」
『ーーーーー』
「何言ってんのか分かんないよ!!!」
固定された手の上を王さまの首の断面が滑る。
力なんて入れてない、むしろ軽く撫でられているような感覚だというのに、首の断面の何かがズレていくのが分かる。
見えてもいないのに、理解してしまう。
その先は想像だが、断面から王さまの血が滴る姿、死にゆく姿が見えた気がした。
「やだ…!」
手に何かが垂れて流れ落ちる感覚があった。
悲鳴を上げた私を王さまはいつものようにじっと見つめた。
そして。
何でも宙に浮かぶこの空間に、ゴトリ、と重たい物が落ちて叩きつけられる音が響いた。
それが王さまの首の断面についていた何かだと察すると同時に、周りを覆っていたあの半透明の幕が消え去った。
まるでシャボン玉が破れて消えてしまったように、あれほど叩いても蹴りつけてもびくともしなかった球体が、呆気なく。
視界に暴力的なまでの色彩が飛び込んでくる。
紺、青、水色、橙、黄色、僅かな緑。
目を刺すように強烈な朝陽が真横から差し込むその瞬間に、私と王さまは解放された。