4.迷子と不思議な模様
王さまが夜中に時々食べろと与えてくれるベリー系の果物。
やっぱり生首オバケの王さまからしたら食事時ってのは夜中なのかな、なんて思いながら今日もムシャムシャ果物を食べる。
さすがにちょっと飽きてきたけれど、それでも美味しい。
生首と迷子 4
「王さま、あーん」
『ーーーーー』
酸っぱいものが苦手らしい王さまはいつも私にばっかり食べさせて自分はなかなか食べようとしない。
また顔を背けて遠くに逃げてしまった。
この球体に閉じ込められて今日で何日目だろう…生理的欲求もない、爪も伸びない、こんな場所で永遠のような時間を生きている気すらする。
王さまがいてくれて本当によかった。
そうじゃないと私、気が狂っていただろうから。
最後の一粒まで完食して、また暇になってしまった。
王さまの髪を掴みながら意味もなくぐるぐる回転して遊んでいると、王さまがするりと近寄ってきた。
「おわ!な、何王さま」
『ーーーーー』
匂いを嗅ぐように私の顔に近付いてくる。
最近王さまとの距離が急激に近くなった。
超絶美形はさすがにもう見慣れたからいいんだけど。
多少ドキドキするのが美人だからか生首だからか髪の毛オバケだからか分からない状態だし。
でも仕草とかは人間から若干動物寄りなのかな?
手を差し出すと擦り寄るように顔を寄せて目を伏せる仕草とか、犬猫そっくりだ。
そう、王さまってば私に直に触れることに抵抗がなくなったらしい。
両手で頬を包み込んでモミモミするとさすがに眉間にシワを寄せて抗議してくるけれど、耳朶をモミモミしたり瞼を親指で撫でたりするぐらいでは嫌がることはなくなってきた。
数日間顔も見せない髪の毛の塊状だった頃を考えるとこれってめちゃくちゃ大進歩だ。
「よーしよしよし。よーしよしよし。王さま、ここ気持ちいい?ここ気持ちいい?」
眦をマッサージしたり、耳の下をマッサージしたり、色々楽しんでいる。
『ーーーーー』
「はいはいその辺ですねー」
髪がここ、ともみあげ付近を指してきたので念入りにマッサージ。
顔色は相変わらず白いままだけど、気持ちよさそうに目を細めている。
…本当に犬や猫みたいだ。
後で頭皮マッサージもやってあげよう。
そんなことを思いながら王さまとの触れ合い(一方は髪で)をしていた最中だ。
長い日数を一緒に過ごして、とうとう王さまの気が緩んだのだろう。
唐突に、するりとある部分の髪が脱力した。
王さまの首の断面を隠していた髪が。
あっ、と思った時にはもう、切り口が見えていた。
「これ……いれずみ?」
断面から墨を吸い上げたような奇妙な黒い染みがあった。
おかげで骨やら血管やらのグロテスクな断面は見えないけれど、王さまがだんだん腐ってきているような危機感、恐怖が沸き起こる。
冷や汗を流しながらも王さまの首の黒色に触れると、驚くことに黒色の何かが触るたび剥がれてきた。
本当に墨か何かだったのかもしれない。
ただ、触った私の指に色が移っていないことが不思議だったけれど。
「王さま、痛くないの?」
『ーーーーー』
王さまは伏せ目がちに何かを言っていたけれど、音も聞こえなければ言葉も通じなくて理解ができない。
けれど痛がる様子もないからと黒色の何かを黙々と剥がす作業を続けた。
皮膚がすっかり綺麗な色白肌になって、あとは断面だけ。
とはいえ、断面というとさすがに抵抗がある。
触って血が付いたらどうしよう、骨とか肉に触ったらどうしよう。
グロテスクなのは苦手だ。
それでも王さまが急かすから、とためらいがちに断面に触れて驚いた。
私が驚くほどに断面が滑らかだったからだ。
つるりと磨き上げた石でも触っているような硬さと冷たさ、そして滑らかさ。
驚いて王さまを見ると私をじっと見つめていた。
まるで私を観察しているような目にどきりとする。
「お、王さま…?」
動きを止めた私の手から王さまは抜け出した。
『ーーーーー』
何かを呟いて、私を見つめて。
諦めたように髪の中に隠れてしまった。
「王さま……?」
朝が来て、再び夜が来るまで、王さまは髪の中に隠れたままだった。
言葉を理解したいと、こんなにも切望したのは初めてだった。






