19.迷子と聖堂
そういえば、とやけにうるさい周りを見ると驚くほどたくさんの人たちが周りを囲って凝視していた。
目視でクラス2つ分ぐらいの人数だから…5、60人以上…?
しかも意味のわからない言葉の羅列を大人数でわーわー言ってる。
うわっ、怖っ!
生首と迷子 19
もしかして王さまは何かの宗教施設に入り込んじゃったんじゃなかろうか。
いや、きっとそうに違いない。
そんな反語が頭の中にポンと浮かんだ瞬間、逃げねば、としか答えが弾き出せなかった。
だってめちゃくちゃ怖いよ、ここ!
「王さま、」
逃げよう、と言葉が通じていないことも忘れて言い出そうとしたのを、人の群れを割って現れた人に遮られた。
「君は人間だね?」
まさか人間かどうかから問われるとは思いもしなかった。
え、私、そんなに人間に見えない?
「……はいぃ?そりゃもちろん人間ですけど?」
「可哀想に、髪の王に捕まったんだね。でも大丈夫、すぐに戻れるよ」
「戻る…?」
戻るって何?どこに?家に?
私は迷子なんだから家に帰れるのはいいことだ。
でも髪の王に捕まったってのは違う。
「捕まったって、それじゃまるで王さまが悪者みたい」
「…え?」
「どこかに落ちてた私を王さまが養ってくれてるの。だから王さまは悪い人じゃないよ」
そう、どこかに落ちてた私を拾ってくれたのは王さま。
食べ物をくれて、構ってくれて。
いつでもずっと、そばにいてくれる。
私にとっての真実を告げたというのに、私と同い年ぐらいの男の子は驚いたような顔をして、次にはものすごい顔になった。
なんていうんだろう…ああ、そうだ、憎悪だ。
群がるゴキブリでも見たかのような目だ。
まさかそんな目で見られる日が来るなんて思ってもみなかったから、結構ショックが大きい。
「ーーあぁあああああっ!!!気味が悪い…気味が悪いッ!これだから魔神ってやつは嫌なんだ!オーガストもシースも誰もかれも気がおかしくなる!『ウデマ ケルレ ディジェム』!」
わぁん、わぁん、と一体化して響く奇妙な言葉に、彼が言った言葉が奇妙に混ざり、わわん、わわん、と響いた。
例えるなら、水面に正しく浮かび上がっていた波紋に、別方向から来た波紋がぶつかって、大きく水が跳ねたような。
そう、跳ねたのだ。
目視のできない『空間』そのものが、うわあん、と歪んで私と王さまを襲ってきた。
体が浮きそうなほどの突風のような、海で大きな波に体勢崩されたような、衝撃波としかいいようのない暴力的な力だった。
「お、さま…」
こんなの、首と手と髪だけの王さまなんて簡単に吹き飛んでしまう。
右腕は見つからなかったから、手に持ったいた王さまの首だけでもとしっかり抱え込んで守ろうとした。
『ーーーーー』
私の胸元で、王さまが何かを囁いたようだった。
すると途端に、体に叩きつけられていた衝撃波がスッと消えてしまった。
ボサボサになっていた私の髪の毛も、少し遅れて下へと垂れて戻ってきた。
「……え……っと?」
衝撃波を食らってもまだその場に居続けられたのは足に巻きつく王さまの髪のおかげなんだろう。
けれど周りの人たちも無事で、一見すると私の服と髪がぐっちゃぐちゃに乱れただけみたいに見える。
まさか夢でも見ていたんだろうか。
あまりにありえない不可解現象から目をそらしたかったのに、事実なのだと言わんばかりに、衝撃波をぶつけてきた男の子が悔しげに顔を歪めて叫んだ。
「このっ…バケモノめ!なぜ耐えられる!?」
同い年ぐらいの子が半狂乱に喚く姿なんて、見るに耐えない。
この子とは関わりたくないなぁ。
「え…なんか怖…。王さま、早く行こうよ」
『ーーーーー』
王さまの髪が私の前方を指した。
じっと見つめていることからも、王さまは向こうに行きたいんだな、と分かった。
けど周りの人たちが邪魔してるから行けないと。
「ん?向こうに行きたいの?んじゃ、すみませーん、向こうに行かせてもらってもいいですか?」
「『マルラ ィシュナ ヘルベル』」
「『マルラ ィシュナ ヘルベル』」
声は届いているはずなのに、返されるのは同じ言葉ばかりだ。
みなさん顔の彫りが深いからもしかして言語が違うのかな、なんて思ったけど、今も地団駄踏んでるあの男の子とは会話できたよね。
まともに会話は成立しなかったけどさ。
険しい顔ばかりで明らかに歓迎はされてなさそうだし、こっちだって早く出て行きたいのになぁ。
「んー…いいや。王さま、行っちゃおう」
『ーーーーー』
「えーと、ホラ、この人たちを跨いで行こう」
髪で固定されている足で歩くように筋肉に力を入れてアピールすると、王さまは理解してくれたらしく髪でカバーした私の足を動かし、のしのしと歩き始めた。
周囲の視線も気にせず歩くその堂々とした動きたるや、まさに王さまだった。
「『マルラ ィシュ』、ひいっ!」
「ぎゃあ!く、来るなあ!」
「ユーリス様、ユーリス様どうかお助けくださいっ!」
奇妙な言葉しか言わなかった人たちの口から悲鳴と人語が出てきた。
なんだ、喋れるじゃん。
あからさまに無視されてたんだな、と分かるとなおさらムカムカしたけど、どうせもう関わることなんてない人たちなんだろうしいいや、と思えた。
結局のところ、私には王さまがいればいいんだから。
悲鳴を上げながらもさっと道を開けてもらえたので王さまとさっさと行くことにした。
だというのに、後ろからまた衝撃波みたいなものが来て、危うくつんのめりかけた。
「うっわ…!?え、何!?」
「行かせるか!このバケモノどもめ!」
肩越しに振り返ると、さっきまで全力で怒ってますアピールしていた男の子が、眦を吊り上げて睨んできてた。
あの子またあの変な衝撃波みたいなのを出したのか。
どこにそんな装置があるんだろう。
もしかしてあの長い袖の中にリモコンでも隠し持ってる?
「もー。すぐ出て行くんで放っといてくださいよー。ねえ?王さま」
王さまの冷たいほっぺたを親指で揉みながら言ったけど、王さまは無表情の無反応だった。
え、もしかしてすぐ出て行かない感じ?
やだなぁ。
『ーーーーー』
しかし王さまの足は動き出すと一度も止まらない。
男の子がプリプリしながら罵言を吐いてても、言葉の通じない王さまにはノーダメージだ。
代わりに私がなんかムカムカしてきたけど。
「もうっ!しつこいなあ!王さまが飽きたらすぐ出て行くってのー!」
イライラがピークに達して、振り返りもせずワッと叫びかえしてやったら、喚き声も悲鳴もわんわんした変な言葉も全部が一度にかき消えた。
まるであの場の人たちが一斉に消えたかのように、突然耳が痛くなるような静寂に包まれた。
「えっ何!?何!?」
あれだけうるさかった音が突然消えてしまうと、それはそれで不安を掻き立てられる。
ギョッとして振り返ろうとしたけど、なぜか王さまの右腕がどこからか現れて、私の顔の上半分を覆い隠してしまった。
「やだもう、王さまってば!ビックリしたじゃんか!」
『ーーーーー』
心臓に悪い、と文句を言ったのに、腕の中の王さまの生首にするりと擦り寄られて私の文句は消し飛んでしまった。
だって!王さまが!甘えてきてる!
「っもー!王さまってば…あざといー!好き!」
頭が動かせないから王さまの生首を持ち上げて頬ずりした。
雰囲気を読んで甘えてくるだなんて!
この生首、侮れない。