15.迷子の甘え
王さまは休むことなく一日中移動し続けている。
そんなに動き続けてて疲れないんだろうか。
乗ってる私でも気疲れしちゃうのに。
「ふぁあぁ……んむっ」
大きなあくびで滲んだ涙を王さまの親指が拭った。
そのままついでのように口の中に実を入れられた。
ぎゅっと噛むと甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。
王さまの腕は髪に飲まれていなくなっちゃって、私はまた暇になった。
生首と迷子 15
「ひーまーひーまー。王さま、退屈だよー。構ってよー」
両手足を伸ばしてバタバタ動いてても、王さまの髪のコルセットで脇腹も痛くなんてないし、むしろ傷なんてあったっけ、ぐらいだし。
せめてこうやって拘束されてなければ、もうちょっとは暇つぶしできたかもしれないのに。
『ーーーーー』
前方から王さまの頭が伸びてきて、暴れる私を咎めるように間近からじっと見つめてきた。
相変わらず王さまの顔はとても綺麗で、とんでもない美人だ。
両頬を手で挟み込んでこねるように揉んで造形が崩れたって容赦なく美人だ。
『ーーーーー』
話しかけるように動く口からは微かに吐息のようなものが聞こえなくもないが、やはり意思疎通は無理だ。
生首相手なのだし、呼べば来てくれるというだけでいい方なのかもしれない。
頬を揉んでいると、ふと耳に手が当たった。
そういえば、と王さまの髪を掻き分けてみれば、形のいい丸みのある耳が見つかった。
耳朶が細めでちょっと倒れ気味、耳が正面からなかなか見えないのは髪のせいでもあるけど、頭部に沿うように耳があったからなのだろう。
頬から手を動かして耳全体をやんわり揉んでみると、くすぐったいのか目を細めて顔を逸らそうとしてきた。
嫌がっているというより、王さまは意外とくすぐったがりなのかも。
前は耳朶だけだったから大丈夫だったのかもしれない。
「ふふふ。よいではないかー、よいではないかー!」
『ーーーーー』
「あっ!もー、王さまの右腕!邪魔しないのー」
『ーーーーー』
髪製の大蛇から飛び出てきた右腕が、私の両腕を拘束しようとしてきた。
でも残念なことに王さまは右腕しかない。
つまり、もう片方の手は拘束されない!
「よし、このまま……あっ!王さま、逃げないでよ」
私が片手だけになるとさすがに王さまの生首に逃げられてしまった。
警戒するように距離をとって青空にふよふよ浮いてる生首に文句を言ったけど、やっぱり降りてきてくれない。
こうなるとしばらくは逃げられるなあ、と諦めて王さまの右腕を確保した。
生首と違って右腕は割とおとなしいし、捕まえている限りは逃げていかない。
同じ王さまの体だというのに、この差はなんなのか。
指を絡めたり折り曲げたり引っ張ったり、綺麗な形だけど少し伸び気味な爪を一本ずつ撫でてみたり。
曲げた肘を撫で回してみたり、筋肉の動きを観察したり。
どれも綺麗としか言いようがないから楽しいけど、やっぱりどうしたって暇なのだ。
「やっぱり王さまがいいや。王さま、もう耳揉まないから来てよー」
宙に浮かびながら前方を見ていた王さまに声をかけてみた。
でも聞こえていないように無視された。
ちゃんと聞こえてるって私知ってるんだからね。
「ねえ、王さまったらー」
しつこく呼んでいると、仕方がないなと言わんばかりの目で見下ろしてきた王さまがゆるりと近付いてきた。
能面のような無表情だけど、王さまはなんだかんだと優しいのだ。
「ふへへ。王さまー」
片手で右腕を抱きしめて、もう片手を伸ばして王さまを引き込もうとしているのに、なかなか手の届く場所まで来てくれない。
根に持っているのだろう。
『ーーーーー』
「ごめんね、もう耳揉まないよ。王さまの頭を抱っこしたいだけだよ」
『ーーーーー』
なおも近付こうとしない王さまに焦れて上半身を無理に起こそうとしたけど、やっぱり王さまの髪は頑丈でぴくりとも動けなかった。
垂れ下がる髪を指に巻いて引っ張ってみたけど、髪で浮いてるはずの王さまの生首はその場からピクリともしない。
「王さまが来てくれないと触れないよ…」
『ーーーーー』
ちょっと甘えたように言ってみると、王さまはすごくすごくゆっくりとだけどお腹の上に降りて来てくれた。
言葉はもしかして通じてるのかな。
動物みたいに雰囲気を読んでくれているのかも。
「王さま、大好き」
『ーーーーー』
王さまの頭を撫でると、なんだか幸せな気持ちになる。
たとえ王さまが無表情のままでも、もういいや。
王さまの右腕が言葉の代わりに私の頭を撫で返してきてくれるし。
だけどやっぱり。
「いつか、王さまとお話がしてみたいなぁ」
どんな声だろう、きっとイケメンに似合う美声なんだろうな。
どんな身長だろう、きっと八頭身なんて目じゃないくらい背が高いイケメンになるんだろうな。
バラバラになる前の王さまって、どんなのだったんだろう。
今日も今日とて、そんな想像ぐらいしか、することがない。