何故殺したか
「犬の餌を食べて生きていたのです」
女はぽつりぽつりと呟いた。
この四角い空間に入れられて、初めて呟いた言葉が”それ”だった。
「どう言うこった」
これは面倒な案件だ。俺の感がそう告げる。
この手の女ってのは、この切り口の奴ってのは、決まって回りくどくて物事がはっきりしやがらねえ。
立場上、その理由を聞いたが本心では聞きたいとも何とも思ってねえ。もしも誰かが付いていたのなら職務怠慢と呼ばれようが上の空だといわれようが言い返すことなんて出来ねえんだろうさ。
「ドッグフード、では御座いませんのよ」
まるで言い訳をするように口を濁す
「見た目は普通の、ありきたりな食事でした」
「見た目は、
じゃあ、なんだ。そこに薬剤でも、毒でも入ってたってことか」
「いいえ、人体に危険なものは入っていなかったかと思います」
迷いながらも、けれど確りとそう答える。気は違ってねえ、見ている感じはその女に異常は無いように思える。会話は成立する、瞳孔は確りしている、手足も不自然な動きをする事がない
ならば、何故
一体、何が原因だった
「味がするのに、味がしなかったのです」
「――はあ?」
些か間抜けな声が漏れたが、これは不可抗力だ。素っ頓狂な言動にも関わらず、女は顔を伏せて此方の事等見てはいなければ、此方の反応を窺っていない。
「普通の味がしました、けれどそれ以外は何も、何も、私は感じなかった」
「おい――意味が、」
「わからないと」
「そ、そうだ」
いよいよ意味がわからない。カレーならカレーの味がするだろう。シチューならシチューの味がするだろう。それ以外何の味がするってんだ、異物を噛むというのならわかる、変な痺れがあっただとか、そういうものならわかるが、何も感じなかった――これは意味がわからない。
「食事とは、幸せになるものでしょう
満腹になって、満たされて、その過程で、ああ美味しいだとか、今日の味付けは少し濃いだとか、何かしら感じるものでしょう」
「それが、無かったのか」
「はい。
食べても、食べても、味はするのに、美味しくも不味くもない、とても普通の、言い換えてみれば只の料理でした。あれは」
女は一呼吸置いて
「あれは、とても殺意の沸く。作った人を思わず殺してしまう、そんな味をしていたのです」
女は少し、口角を上げて。
「だから、殺しました」
そう、自白した。